不忠


友人と会う前に買い物を済ませておこうと、
審神者は蜻蛉切を伴って万屋に入った。
細々としたものを買い物籠に入れて回っていると、
いつもは静かに後をついてくる蜻蛉切が途中で姿を消した。
すわ迷子かと棚の上に飛び出している頭を探して近づくと、
蜻蛉柄の風呂敷を見ていたのだった。

「気に入りました?」

声をかけると蜻蛉切は驚いたようで「いや、その」と口ごもった。

「買いましょうか、いつも荷物持ちをお願いしていますし。
 蜻蛉切さんが蜻蛉柄とかちょっと面白い感じになりますけど」

「今の物が使えぬようになってからでも」

「予備があっても良いなと思ってたんです」

審神者はそう言うと「では」と蜻蛉切も頷いた。
白地に青い蜻蛉が沢山飛んでいる、
涼しげな柄の風呂敷も購入した。

茶屋に入り、
蜻蛉切には別の席で待機してもらうようにして部屋で待つ。
他の人に聞かれると困るので、個室にしてもらった。
別の席で待つのは前と同じだったので、
蜻蛉切は別に何も不審に思われることなく納得してくれた。

しばらくして友人が部屋に通された。

「ごめん、遅れたかな」

「私がちょっと早くついただけ。
 もう、ほんと疲れたから早く誰かに愚痴りたくて」

「何それ気になる」

あはは、と友人は向かいの席についた。
ひとまずお茶とお菓子を注文して見合いの話をする。
注文したものが運ばれてきて一旦中断したが、
適当に話を盛りながら話した。
こちらはどうでも良いのだ。

「それはお母さん怖いね、しばらくこっちに引きこもらないと」

あはは、と友人が笑った。

「うん、それでちょっと聞きたかったの」

「何?」

「『びっくりするくらい心動かないから楽しみにしておいて』って何?」

審神者が問うと、
友人は「その通りだったんでしょ?」と笑って流した。
「誰が良いのよ」とも。

「確かに私はこっちの一人が気になって断ったんだけど。
 じゃあ、あなたが断った理由って何?
 あんなに好きだった歌仙さんの話、最近全然聞かないから」

友人は口元に笑みを浮かべていたが、目から光が消えた。

「詰りたいとかそういう訳じゃないの。
 ただ、私は知りたいの。
 神様相手に恋愛してるのをどうやって乗り越えたのかって。
 できることなら私も早く忘れたいから」

友人は口元ばかり笑みを貼り付けていたが、
眉間に皺を寄せて審神者をにらみつけた。

「どうせ神様相手に浮かれて馬鹿みたいと思ったんでしょう?」

「言ったでしょ、私も同類だから」

「誰よ」

「……蜻蛉切さん」

「……え、嘘、てっきり目印にするために連れてるんだと」

「うるさい。
 最初はそれもあったけど、今は違う。
 私もかなり馬鹿みたいなことになってるって分かった?」

失礼な口ぶりも、親しい故のものである。
だからお互い様なのだが、
友人は暫く呆けたような顔をして審神者の顔を眺めていた。

「蜻蛉切さんのことばっかり考えて私も見合いを蹴ったの。
 もうこれ以上現実に戻れないとヤバイのよ。
 審神者をしながらどうやって吹っ切ったの?」

ダメ押しに聞くと、友人は両手で顔を覆ってしまった。
こちらを睨みつけていたのが別人かと思えるほど弱々しく首を横に振る。

「悪いけど全然参考にならない」

「何で」

「全然乗り越えてないし、忘れても無いから」

「でも」

「しかも折れちゃった」

「え?」

「私が好きだった歌仙は折れていなくなっちゃったから」

そこから友人はぽつりぽつりと彼女の身に起こったことを話してくれた。

初期刀剣に彼女が選んだのが歌仙だった。
二年前のちょうど審神者がはじめたのと同じ頃に審神者の一人となり、
なんとなく選んだのが歌仙だった。
そして最初の一言が「なんて格好で出歩いているのさ」だったそうだ。
チューブトップがお気に召さなかったらしい。

歌仙は頼もしかったそうだ。
家事全般に精通し、人数の少ない本丸を切り盛りし、
友人を助け、出陣しては手柄を上げる。
買い物も一緒に反物を選んでくれるなど、
それはもう甲斐甲斐しかったそうだ。
友人とて人間で、特別扱いされることで悪い気はしなかった。

審神者が話に聞いていたのはこの頃だったようで、
擬似彼氏にしていた様子である。
その程度には好意を抱いていたそうだ。

あるとき、歌仙から告白された。
なんと言われたのかは友人は頑なに教えてくれなかったが、
とにかく愛の告白だったらしい。
友人はそれを断った。

「だって、相手は神様だよ?
 しかも底抜けに優しいんだよ?
 私が好きだから、そう言ってくれたと思うじゃない」

そのように伝えたそうだ。
歌仙は「優しいからじゃない」と珍しく怒りを露にしたそうだ。

その頃既に本丸には沢山の刀剣男士がいたが、
それまでずっと歌仙が近侍だった。
さすがに気まずくて近侍を変えた。

「それで、出陣して、重傷とか聞いてなかったのに」

折れた、とは友人はもう言わなかった。

「すぐにまた来てくれたの。
 よかった戻ってきたと思ったんだけど、どうも違うのよ。
 確かに一つの刀を複数顕現させたら、
 それぞれちょっとずつ違うんだけどね。
 その歌仙は私が好きだった歌仙とは、全然違ったの。
 他にも歌仙が出るたび戻ってきてくれたのかなって思うんだけど、
 違うのよ」

ぽろぽろと友人の目から涙がこぼれた。

「『普通そんなに甘やかさないよ』って言われたの。
 『僕にとっては可愛い妹みたいだし』ってどの歌仙も言うの。
 じゃあ、あの歌仙は何だったの?
 あの告白って、本当に告白だったの?
 神様が人間みたいに?
 私はすごく尽くしてくれた相手にすごく酷い言葉で断った」

陸奥守もそう言っていた。
妹だと。
他の男士に聞いたことはないが、
友人の口ぶりだと初期刀剣の歌仙が特別で、
その他が正常なのだろう。

「私はあの歌仙がまた来てくれるんじゃないかって、
 全然諦められてない。
 だから忘れるならすっぱり辞めた方が良いと思う。
 ほら、ここって現実逃避には最適な場所だから」

友人はティッシュで鼻水をぬぐった。

「ありがとう。
 思い出したくないこと思い出させてごめんね」

「ううん、同じ穴の狢にしてごめん」

「自分ではまりに行ったんだから、自業自得ではあるんだけどね。
 あと、化粧崩れすごくてなんかごめん」

「本当に先に言ってよ、もっと大丈夫なメイクにしたのに」

友人が怒ったような顔をして、そして笑った。

「審神者、辞めるの?」

聞かれて、審神者は言葉に詰まった。

「……考え中」

「まず転職活動からだしね」

「そう、それ」

審神者の待遇良すぎでしょ、
と二人して普通の愚痴に戻っていった。
どうやってこの崩れたメイクを直すのかとか、
蜻蛉切とお買い物デートなんかしちゃってこのやろうとかである。

「物が残るのは辛いからお勧めしない。
 このポーチ、選んでもらったのなんだよね。
 壊れそうになっても修理して使っちゃってるし」

友人の言葉に審神者はぎくりとした。
先程蜻蛉切に選んでもらって買ったばかりの風呂敷が、
蜻蛉切が持つ荷物の中に入っていたからである。