風の嫁取
風魔は氏康から調べるよう言われた家に部下を何人かずつ配置し、
それぞれ情報を集めてくるよう命じた。
別に自ら出張る必要のある案件ではない。
出張る必要があるのは、主に戦や暗殺などである。
氏康が調べるよう命じたのは、
が嫁ぐのに不自然でない年頃の若者が居り、
なおかつ姻戚関係を結ぶことで関係強化を図れるような家ばかりである。
も阿呆ではないので、そういった家から選んだのだろう。
厳選したらしく三軒に絞られている。
家格に差があるのは急いで選んだからだろう。
氏康の本気度が伺える。
風魔は報告を待ちながら、これからどうすべきか考えていた。
群れからはぐれた子羊を攫う予定だったのに、
群れの方が子羊を迎えに来てしまった。
これではこっそりと事を運ぶことができない。
皆あまり気がついていないが、
の身体能力は非常に高い。
もし勇敢であれば、甲斐姫と勝るとも劣らない将になっただろう。
ただ、戦場に立つ覚悟が弱いだけである。
鍛錬の場であれば鋭い攻撃もする。
一応の学もあり、風魔に対して一定の恐怖と慣れがある。
次の風魔小太郎を成すのに丁度良い相手だと思っていたのだが。
(嫁がれた後では遅い)
自ら北条を離れてくれれば、あとは風魔が囲えば良い話だった。
それなのに北条に戻ってしまったので、
さすがに主家の人間を断りなしに孕ませるのは問題だろう。
かといって嫁いだ後に子を成せばそちらの家とも争わねばならないし、
が不義密通でひどい目に遭いかねない。
(嫁に寄越せと言ってみるか?)
おそらく氏康は断固拒否だろう。
を可愛がっている早川殿や甲斐姫も反対することが予想される。
運が悪ければ獅子と熊に同時に攻撃されかねない。
どうしたものかと思案しているうちに、
ぽつりぽつりと報告が上がり始めた。
三軒とも北条との繋がりをより強くしたいと考えているようである。
年頃の若者は各家に2、3人いるが、
ある家の一人は花街に入れあげている女が居るようだ。
「報告を急がせますか」
部下に問われて、風魔は少し考えた。
急いで決められてしまっては困る。
氏康の慮外に居る自分が一番優位に立つにはもう少し時間が必要だ。
「いや、誤りの無いよう調べる方が良い」
「御意」
氏康が考えた婿候補を蹴落として風魔が
を手に入れるには、
が氏康の婿候補ではなく風魔を選んでもらわねばならない。
一族を挙げての妨害が予想されるので、
の意思をできる限り強固なものにしておかねばならない。
(難題だな)
風魔はつい微笑んだ。
難題ではあるが、何とかしなければ
は手に入らない。
そういう意味で、
は風魔が配偶者に求める条件に合わない。
別の誰かを探せば良いのだが、
あと一歩で逃してしまったせいなのか執着している。
珍しいことだ。
風はひとところに留まることなど無いはずなのに。
とりあえず
を手に入れるために手を尽くしつつ、
以外に手に入りそうな条件に見合う女を捜すしかない。
風魔はおおまかにそう決めた。
氏康が得た感触によると、
は話をする以前とあまり変わらない生活を送ってはいるものの、
兄弟に対する態度は一応軟化したようだった。
家臣が集まる席でも北条家の人間として席についているし、
その場自体を避けて逃げることは無くなった。
「お母様が新しい衣を誂えましょうって
を誘ってくれたの。
最近は逃げられていたけれど、
甲斐と二人で可愛いのをいくつか絶対に作らせようって話てるの」
早川殿もにこにこと笑いながら言っていたが、目が本気だった。
暫く逃げられていた分を取り戻すつもりなのだろう。
それは
自身で尻拭いしてもらうしかない。
早川殿も過保護である。
氏康は話を聞いたりすることはできるが、
具体的に家族らしいことはあまり何もできない。
やはり嫁には頭が上がらない。
風魔に出した調査の依頼はまだ結果が来ない。
急がせようかとも思ったが、
可愛い娘を出すにあたってそれなりにきっちり調べたい。
親として過保護であるし、先方に対して失礼千万ではあるものの、
確かな相手に預けたいと思うのが人情だろう。
なので、間違いの無いよう入念に調べ、
進捗状況だけ伝えるよう命じている。
こちらの判断は氏康自身がしたものであるが、
どことなく風魔にそうするよう仕向けられたような気もする。
簡単に調べるつもりだったのに、
結果としてはかなり入念な調査になっている。
ただ、後悔することを思えばという程度の期間である。
(何を考えてんだ、あのオバケさんは……?)
もし調査が不自然に長引けば、途中で打ち切るしかない。
そうしないと氏康が
に嫌われてしまう。
どうにかすると言ったのだから、どうにかしなければならない。
男に二言は無いのだ。
早川殿らの計画はうまくいったようで、
針子が忙しそうにしている姿が後日確認された。
報酬に色をつけておいたから、それで許してもらいたい。
同時期に、
がげっそりしている姿も確認された。
こちらの方は今までのツケが回ってきただけであるから何とも言えない。
一気に新調した衣がそろそろ出来上がろうかという頃、
氏康は
が兵士達に槍を教えているのを遠くから眺めていた。
最初はへっぴり腰だった兵士達が見違えるようになっている。
次の戦は楽ができそうだ。
「……うん?」
の動きも遠目に分かるくらい違う。
肩の荷が下りたからなのだろうか?
否、それくらいで突然成長したりはしない。
天才ならまだしも、
はコツコツと積み上げる方である。
もし武勇で名を馳せてしまったら、
嫁がせるのも一苦労になりかねない。
これは早々に決着させるのが良いかもしれない。
風魔には定期的に報告をさせているが、情報も出尽くした感もある。
娘が手を離れるのが名残惜しくてずるずる延ばしていたが、
ここいらで打ち切るべきだろう。
そう思った矢先である。
甲斐の虎武田信玄が、
性懲りもなく小田原攻めの準備を始めたという情報が入ったのだった。
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