lost


はリストを放り出して門まで走った。
到着する頃には人だかりができており、
それを掻き分けて前に進んだ。

「……か」

確かにトキは戻ってきた。
しかし、今はケンシロウに肩をかりてようやく立っているという風で、
髪は真っ白に色素が抜け切っている。

、トキを部屋へ連れて行く」

ケンシロウが苦しそうに言う。

「そうね、うん、すぐ使えるよ」

「……師父を呼んでこよう」

ラオウが外へ出て行った。
は人だかりを割って道を作らせ、
とりあえず三人を迎え入れる準備を大急ぎで整えた。
トキだけでなくケンシロウもユリアも埃まみれだったので、
湯船の用意は出来ないが湯とタオルを用意する。
それと同時にユリアがよく使っている客室を使えるようにして、
三人分の食事を用意する。

三人をそれぞれの部屋に入れて、はトキの額に触れた。
非常に熱い。
汗もかいている。
病気をしているところを見た事が無いだけに、
苦しげに目を閉じている様子に胸が苦しくなる。

着替えさせてやりたいが、
彼の巨体を動かす力はには無い。
ケンシロウが埃を落として食事を取る間、
はトキの汗を拭ってやり、
額に乗せるタオルを代えてやることしかできなかった。

そうこうしているうちにリュウケンが戻った。
寝込んでいるトキを見て驚いたようだったが、
元から変化に乏しい顔をしているのでいまいち心情を推し量れない。

それから数日でトキは起き上がれるようにはなったものの、
白髪になるほどの病を跳ね除けられるはずもなく、
小康状態まで持ち直した、という表現するしかない状態であった。

「もう少し休めば、もう少し動けそうな気はするのだが」

ベッドの上でトキはそう言ったが、
以前に比べ青白い顔でいくらそう言われても信じられなかった。

これでトキが伝承者になる可能性は潰えた。
現在の最有力はラオウだろう。
そのラオウは不気味なくらい大人しくしている。

「トキ、入るよ?」

はトキの食事を持ってドアをノックした。
すると、中から「ちょっと待って」とバタバタと音が聞こえた。
が少しも待たずにドアを開けると、
トキがシャツを慌てて着ながらベッドに登るところだった。
筋トレかなにかをしていたようで、薄っすら汗までかいている。

「……トキ?」

「……寝てばかりいると体が鈍るから」

「自分が病人だって、分かってる?」

「一応は」

は食事を乗せたトレイを机の上において、
新しいタオルを出してきてトキに渡した。

「冷えるから」

「すまないな」

トキは苦笑しながら汗を拭ってから新しいシャツに着替えた。

「明後日にはケンシロウが戻るって」

は机の上で皿のラップをはがした。
トキがベッドで食事する必要が無いからで、
彼も大人しく席についた。

「そうか、ユリアは無事南斗の里に戻れたのだな」

ふ、とトキの顔に優しげな笑みが浮かぶ。
彼は優しすぎるのだ。
ケンシロウとユリアの口から事の顛末は聞いた。
口止めされていたようだったが、頼み込んで聞いた。

「ジャギは生きてるみたい。
 様子を見に来てくれたよ」

「元気そうだったか?」

「うん、変わりなかった。
 リュウケン様はやっと伝承者を決めたみたいで、
 ケンシロウが戻ったら発表だって」

「……そうか」

スプーンを持つ手が止まった。

「……なんて顔をしてるんだ、

「私はてっきりトキが伝承者になるものだと思ってたから。
 でも、恨む相手が居ないのは分かってる。
 トキは、トキが思う最善のことをしたんでしょう?」

「やれやれ、聞いたのか。
 ――…後悔はしていない。
 それに、師父は今まで一度も誰を伝承者にするとは言っていない。
 私がなれたとは限らないよ」

そういう問題じゃない。
そういう問題じゃないが、トキには伝わらないだろう。

「ああ、でも候補から外れたとなると好きに生きていけるな。
 人を生かすために北斗神拳を使うことができるよう、
 お願いしないといけなくはなるが。
 伝承者の発表が純粋に楽しみだ」

「そうなの?」

「ああ、誰が選ばれるだろうな」

「ラオウじゃないの?」

「さあ、師父の考えは私にも分からない」

トキはスープをすくって飲んだ。
食欲が衰えて居るようだったが、
体力を落さないためなのか時間をかけてでもすべて平らげる。

「トキは誰が選ばれると思う?」

「さあ、どうだろうな」

「教えてよ」

「それは出来ない相談だ」

そう言ってトキは笑っていた。
ただの意地悪である。

外の世界は荒廃しているというのに、
ケンシロウの帰りを待つ間は本当に穏やかで、
静かな時間が流れていた。
それが嵐の前の静けさであることは明らかであったが、
誰もそれを指摘する人間は居なかった。

そうして、予定通りケンシロウは戻った。
リュウケンはジャギを呼び出したいようだったが、
一度顔を見せた後の所在がはっきりしなかったため、
ジャギ不在のままで次期伝承者が発表された。

「次の伝承者はケンシロウとする」

そう、リュウケンははっきりと言った。
ラオウではなく、ケンシロウと。

トキは彼を祝福し、ケンシロウは申し訳なさそうにしていた。
ラオウは無言だった。
はラオウが怒り出すのではないかと思っていたので、
その無言の様子が逆に恐ろしかった。