lost


リュウケンは旅の予定を早めに切り上げて戻ってきた。

よ、お前の嫁ぎ先を考えていたのだが」

戻ってきて早々にそう言ったので、
は開いた口がふさがらなかった。

「何を言ってるの?」

「いつまでもここに居るつもりでもあるまい」

「出て行く時期くらい自分で考えてるわ」

リュウケンの荷解きを手伝う。
出て行くときには無かった包みがあったので開くと、
中から薬の束が出てきた。

「その話をするために出かけていたのだ」

「私の了解も無しに?」

「そうだ。
 代を譲るにあたって、面倒を減らしてやりたい」

自分は面倒なのだ、と思うと辛い。

「まだ恩返しできてもないのに」

「十分だ」

「私はそうは思わない」



伝手を辿って医者にかかり、
の始末をつけるために手を回し、
それらがひと段落したから戻ったのだろう。
道理で外出の目的が隠されている訳だ。

もしここで強固に反対したら、と考えてみる。
伝承者が決まるのを見届けて、
ラオウに適当な場所に連れ出してもらう。
の願いはすべて叶うが、
リュウケンの顔を潰すことになるだろう。
態々出かけてまでまとめてきた縁談である。
そう思うとため息しか出ない。

「……お相手はどんな人なの?」

「あまり有名ではないが拳士だ。
 お前を守る程度の腕はあろう。
 気持ちの良い若者だ」

本気で探しているではないか。

「伝承者が誰か分かるまでここに居たいよ」

「……そうか、配慮はしよう」

「うん」

その話はそれきり終わった。
それから数日は何事も無かったかのように穏やかだったが、
なんとなくは上の空のままで時間が過ぎていった。

「師父が戻ったのに、浮かない顔だな?」

トキに指摘されて、自分がそんな顔をしているのだと初めて自覚した。

「ああ、うん、ちょっとね」

「何かあったのか?」

笑って見せたが、
トキが労わるような顔のままなので失敗したのかもしれない。
縁談が決まった話をリュウケンがするとは思えない。
昔からたち孤児と、
トキたち伝承者候補の弟子とは明確に区別されていた。
だからといって、その話をしたくは無かった。

「リュウケン様の体調がね……」

なので、それらしい別の話を出すことにした。
トキ相手にこの話題は隠す意味が無いし、
実際に心配しているからあながち嘘という訳でもない。
トキ自身も心配してくれていたのか、表情を曇らせた。

「きちんと病院が機能していればよかったのだが」

「ほんとに」

そうやって会話を終わらせた。

それから暫くして、再びユリアがケンシロウに会いに来た。
街に出かけるというトキについて三人で出かけていった。
ラオウとジャギは居ない。
リュウケンは自分の部屋に篭っているので、
はとれかけたボタンを付け直していた。

そろそろ食事の支度かな、と時計を見上げたときである。
ばたばたと足音が近付いてきてノックも無しにドアが開かれた。

、来なさい」

珍しくリュウケンが慌てている。

「え、何?」

「そんなものは放っておいて良いから、来なさい」

の腕を掴んで、文字通り引きずるようにして走ってゆく。
途中で小脇に抱えられた。
病を抱え、老境に差し掛かろうというのに、
まだまだ衰えを感じさせない。
比べる対象がというのが間違っているのかもしれないが。

を抱えたリュウケンが向かった先は、
道場の地下に設置されているシェルターの入り口だった。
ここに至って漸くは事態を理解した。
シェルターに向かうエレベータには道場に通う人々が続々と集まり、
人数がそろったことを確認してドアが閉められた。

シェルターには暫く過ごせるだけの水や食料の備蓄がある上に、
想定内の人数での退避でもあり、
皆パニックになることなく落ち着いて時がすぎるのを待った。
中にリュウケンが居たことも影響していたのかもしれない。

政府からの公式発表のアナウンスは入らず、
外に出るタイミングはリュウケンの独断で決められた。
道場の建物は山奥にあったので被害はほとんど無かったが、
遠くに見える街は壊滅状態であった。

トキは。
ケンシロウとユリアは!!

「街に出ることは許さんぞ、

立ち尽くしていたの背中に向かって、
リュウケンは昔と同じように外出を禁じたのだった。

道場のシェルターで助かった人々の行動は様々だった。
街に居る家族を探しに行くものが大半だったが、
多少は道場に残ることになった。

伝承者候補の中で、最初に戻ったのはラオウだった。
街のシェルターに退避して難を逃れたらしく、
戻るのに骨が折れた、などと顔を顰めただけだった。
街は無法地帯になりつつあるという不穏な報告も得られ、
リュウケンも表情を険しくしていた。

この大惨事のおかげで、縁談は消し飛んでくれたらしかった。
とりあえずリュウケンはを道場内に留め置き、
外の情報を得ようと人を出したり、自分も出かけている。
道場の留守番に自身かラオウのどちらか一人残すあたり、
随分警戒している様子である。

あとはトキが無事に戻ってくれれば良い。
ケンシロウとユリアもジャギも。
ラオウと同じように。

そんなことを考えながら備蓄食料の残数を数えていると、

「トキ様が戻ったぞ!!」

と誰かが叫んだ。