lost
リュウケンが一月ほど出かけるという。
旅支度を手伝って、当分の食料になりそうな保存食を持たせた。
保存食となると彼の健康に良さそうとはお世辞にも言えないが、
だからと言って持たせないわけにもいかない。
不服そうな
を見て、リュウケンはため息をついていた。
数日間滞在していたユリアも南斗の里に戻り、
ケンシロウは真面目に修行を積む生活に戻った。
トキは相変わらずケンシロウの相手をしてやり、
街に出ては体の不調を訴える人々を診てやっているらしい。
まだ完全とはいかないものの、手ごたえを感じているようだ。
「……
姉、一人か?」
庭掃除をしていると、珍しくジャギが帰ってきたらしかった。
「リュウケン様は一月ほど戻らないし、トキは街に出てる。
ケンシロウは滝の方に行ったんじゃないかなぁ」
手を止めてそう答えると、ジャギは少し安堵したような顔をしていた。
「ちゃんと食べてる?」
「ったり前だろ。
ここに居るよか外の方が良い物食ってるよ」
「なら良かった。
お茶入れるね」
箒とちりとりを端に置いて、
は母屋に入る。
ジャギはもごもごと何か言っていたが、
の後に続いて母屋に入った。
ジャギも昔は
と同じく孤児の一人だった。
彼が修行をはじめるまでは、
は彼の世話もしていた。
やんちゃで、負けん気の強い、活発な子どもだった。
グレてしまったものの、
リュウケンが居なければ昔とあまり変わらない。
「元気そうで良かった。
心配してたのよ?」
そう言うとジャギは顔を顰める。
「いらねぇよ」
ジャギは強い。
普通の人間ならばまず間違いなくジャギを殺すどころか、
傷をつけることすら難しいだろう。
だから、心配なのは彼が道を踏み外している状態についてである。
どういう生活をしているの、と水を向けると、
ジャギは仲間達との生活を語ってくれた。
楽しい部分だけを語ってくれていることは分かっている。
彼らが真面目に労働したり、生産していないことは明白である。
しかし、それを問い詰めるとジャギを繋ぎとめられなくなる。
リュウケンは
と同じように、ジャギのことを気にしている。
彼に関しては、師父というよりかは父に近い心持のようでもある。
北斗神拳の伝承者と、養父の間をさ迷っているようにも思う。
そんなリュウケンを知っているから、
はジャギを繋ぎとめるために気づかない振りをする。
そうして喋っていると、トキが戻ってきたらしかった。
ジャギは顔を合わせたくないようで「もう行く」と席を立ったので、
は見送るために一緒に部屋を出た。
「ジャギ、戻っていたのか」
玄関の方からトキの声が聞こえる。
運悪くトキと鉢合わせしてしまったらしかった。
「悪いかよ」
「いや、心配していたのだ。
きちんと食べているか?」
「おう。
じゃあな」
ジャギはトキの脇をすり抜けた。
「稽古の相手をしてくれないか?」
トキがジャギの背中に声をかけた。
「次期伝承者に一番近い男の相手なんかやってられっかよ」
と、ジャギは片手をひらひらと振ってバイクに乗って去ってしまった。
最近、彼がもし北斗神拳の修行を始めなければ、
葛藤を抱えることなくもっとまともな生活を送れたのではないか、
と思ってしまうことがある。
「本当に、しょうがないんだから」
がため息をつくと、トキは苦笑した。
「まだ師父は一言も私を次の伝承者にするとは言っていないのにな」
「そりゃそうかもしれないけど」
そういう問題ではないのだ。
「このところラオウも戻らないし、寂しいものだな」
トキは今しがたジャギが出て行った門の方を眺めている。
「外で何してるんだろうね」
「さあな……。
まあ、心配はしていないが」
「そりゃあね」
ジャギに輪をかけて強いラオウのことである。
彼に傷をつけようと思ったら、
戦車か何かを用意しなければならないだろう。
もしかすると戦車ですら不可能ではないかとも思う。
「
は出て行く予定はあるのか?」
無い。
病身のリュウケンを放っておけないし、
トキが伝承者に決まるところが見たいし、
ケンシロウとユリアの幸せな姿が見たい。
「うーん、今の所は無いかなぁ」
「それは良かった、と言ったら悪いのだろうか」
がトキを見上げると、目が合った。
「無理矢理放り出されない限り、
まだ暫くは居座るつもりだから安心してよ」
「そうか、それは安心だな」
「でも、なーんか雲行きが怪しいのよね」
「何かあったのか?」
「リュウケン様が私を放り出そうとしている気配がする」
トキが笑い出す。
「その言い方は無いだろう。
は育ててきた孤児の最後の一人だ。
最近は顔色が優れないときもあるから、
片付けてしまいたいのかもしれないな」
「気づいてたの?」
「そんな気がする、という程度だが。
そうか、本当にお加減が優れないのか」
墓穴を掘った。
が言葉に詰まったせいで、妙な間が流れた。
「……私もお茶を貰おうかな」
「あ、うん、入れるね」
何事もなかったように振舞ってくれるトキの優しさが有り難い反面、
自爆した事実を突きつけられているような気がして、
は非常に居心地悪く感じたのだった。
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