coward
「シュウ様に何か言ったんですか?」
が尋ねると、サウザーは頭を横に振った。
「俺からは何も。
が言わぬことを、何故俺が言う必要がある?」
確かにそうである。
まさかそんなことをするはずがない。
「それよりも朗報だ。
どうやら居場所が分かりそうだ。
おそらく、この仕事が終わった頃には情報が届いているだろう。
信頼できる筋からだと聞いている」
「本当ですか……!」
がつい笑みを浮かべると、
サウザーもにやりと口の端を持ち上げた。
「だから、早く帰って来い」
「はい!」
やっと。
やっと両親の居場所が分かる!
これが最後の人殺しになる!
このサウザーから贈られたナイフも、これで使い納めである。
毎回見る血の噴水も、これで最後。
城から脱出して、緊張から解放されると同時に感じる吐き気も最後。
は急に心が軽くなった気がした。
「……暗殺、か」
シュウは報告を聞き終え、ため息をついた。
「無音拳ですから、使い道といえばやはり」
「毎回都合よく敵が内部抗争を起しているわけだ」
サウザーが言う“俺もお前もしていること”という表現は、
おそらく人を殺すという部分にあてられたのだろう。
シュウにも結果的に人を殺してしまったことがある。
しかし、
はもともと相手を傷つけることを厭うていた。
そして、知られることを恐れたのだろう。
どれほどのストレスを感じていることだろうか。
彼女自身が恥ずべきことではないのに。
また
が出かけ、殺してきたことを考えると、
まだサウザーは彼女に両親の居場所を明かしていない。
早く終わらせてやらねばなるまい。
「
は今どうしている?」
「部屋に戻って休んでおられます。
どうも、基本的に夜間に活動していたようですね」
「では、出てきたらここへ呼んできてくれ」
副官にそう指示を出して、シュウはまたため息をついた。
彼女が夕方にシュウを訪ねてきたのは、
仕事に出る前だったのだ。
残っているのではなく、これから取り組む仕事があったのだ。
彼女にとっては隠したいほど嫌な役目を。
いち早くこの苦役から解放してやるには、
サウザーが彼女に真実を告げるのを待ち続ける訳にはいかない。
シュウは覚悟を決めた。
は目覚まし時計を止めて、ベッドから這い出た。
疲れきって眠ってしまった。
早くサウザーに報告に行かないと。
そうして、両親の居場所を聞くのだ。
顔を洗って、適当な物を胃の中に流し込み、
身なりを整えて玄関を出た。
出たところで、シュウの副官が悲しそうな顔で立っていた。
「シュウ様がお呼びです。
お時間をいただけませんか?」
はその表情から、“仕事”の内容がバレたのだと悟った。
言われなくてもわかる。
それ以外の用件で、シュウが
を呼び出す理由が考え付かない。
先ほどまでの幸せな気分が、一瞬で吹き飛んだ。
「……少しでしたら大丈夫です」
もう二度とシュウに会うことも無いだろう。
きっと、彼は
を軽蔑する。
そんな顔など何度も見たくない。
できればこのまま逃げてしまいたいくらいだ。
の思いをよそに、副官はまっすぐシュウの部屋へと向かった。
言葉は無い。
彼もまた、
を軽蔑していることだろう。
拳士の風上にも置けぬやつ、と。
部屋に入ると、シュウが悲しげな顔で座っていた。
ここまで一緒に来た副官は、部屋には入ってこなかった。
胸が痛む。
憧れていたシュウから軽蔑されてしまう。
しかし、もうどうすることもできないのだ。
「何かありました?」
が努めて明るく言うと、
「とりあえず座りなさい」
とシュウは言った。
ギロチン台に向かう人々というのは、
今の
と同じ気持ちだったに違いない。
は言われた通りにソファに座った。
シュウがその目の前に移動し、
の手を取った。
温かい手だった。
「どうしたんですか?」
笑みを貼り付けてみた。
シュウには見えないが、それでも仮面が必要だった。
悪あがきをしているという自覚はある。
「話は三つある。
一つ目は、
サウザーが
に依頼する仕事の内容を私は知っているということだ」
はシュウの目を覗きこんだ。
シュウが己で光を手放してからというもの、
彼の瞳がこちらを見つめたことは無い。
「……そう、ですか。
触ると汚いので、手を離してくれても良いんですよ?」
ぽたり、と頬を滑り落ちた涙が服の上に落ちて染みを作った。
あわてて上を向く。
逃げてしまいたかった。
一番知られたくない秘密を知られてしまった。
先ほどと同じ笑みを貼り付けて、前を向く。
「汚くなど無い。
私の手も汚れている」
「だってシュウ様は試合をしているでしょう?
私とは違う」
「私が直接手を下したものもあるし、そうでないのもある。
と再会した日を覚えているか?
あの日、私は私が臆病であるが故にあたら命を失わせた者を埋葬したのだ」
の手を握るシュウの手に力が入る。
「防ぐことが出来た災厄を自分の勝手で防がなかった。
それを卑怯と呼ばずに何と呼ぼうか」
は混乱していた。
シュウが卑怯?
そんな馬鹿なことがあるか。
そんな
の混乱をよそに、シュウは話を続けた。
「二つ目は、
の両親についてだ。
実は、少し前から把握していた」
「え?」
は笑みを貼り付けたまま、硬直した。
どういうことか。
「二人はカサンドラに居る」
カサンドラ。
そんな馬鹿な。
「……嘘?」
「嘘ではない。
カサンドラへと連行されていく姿を見たという情報を最後に、
消息が途絶えている。
それ以後のことは分からない」
カサンドラ。
「そんな……」
生きて出た者がない牢獄である。
酷い生活どころか、
命があるかどうかも怪しいことくらい
にも分かる。
「次で最後なのだが、
の両親の所在をサウザーが随分前に掴んでいた可能性がある」
シュウはそう断言した。
嘘だと思ったが、
まだ微かに残っていた冷静な自分がその判断を押しとどめる。
サウザーは随分前から
の両親の行方を調べてくれていた。
それを途中で聞いたシュウはすぐに見つけてきたのだ。
サウザーの情報網が広く、早く、正確であることは、
暗殺の仕事の依頼で確認済みである。
たった一人の味方だと思っていたのに。
顔に仮面を貼り付ける気力など無くなってしまった。
呆然とシュウの顔を眺めていると、涙がぼろぼろと溢れてきた。
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