coward


シュウが何かに感づいたかもしれない。
その不安がの集中を妨げ、
途中でいらぬ命をいくつか奪った。

仕事に出かける前にシュウの部屋を訪れる。
一日の仕事を終えて、少し疲れているらしいシュウと話をする。
彼の副官も明るい人だ。
その会話だけがの楽しい時間である。
楽しすぎて、何かいらぬことを口走ったのだろうか。

人殺しをしていることを知られたくない。
シュウの部屋から締め出されたくない。

そんな不安がずっとの頭から離れなかったが、
それ以来シュウはに仕事の中身を聞いてこなかった。
仕事のことは聞いてこないが、体調を心配してくれる。
どうやらシュウはの疲労を単純に心配しているだけのようだった。

は安堵した。
シュウの部屋での雑談は心の支えであったし、
シュウ本人に対する思いは憧れと形容するには強すぎる自覚があった。
しかし、彼の傍に近寄ることはできない。
なぜならば、は血まみれだからである。

殺して、洗い流して、サウザーに報告する。
それがの仕事である。

「……あまりに情報が出てこんようだから、
 もっと調べるよう言っているのだが」

サウザーは常日頃から深い眉間の皺を増やして、
不機嫌そうにため息をついてそう言った。
「ありがとうございます」と、は礼を言った。

「それからもう一つ。
 暗殺の部隊を編成することを会議で仄めかしてみたが、反応が悪い。
 お前が一人手を汚していることはまだ隠してある。
 大局を見る目の無い奴らに説明してやる理由も無いが、
 にはまだしばらく苦労をかけることになる」

以前言っていた六聖拳の会議だろうか。
皆薄暗がりを生きる人間など嫌っているに違いない。

「そんなことはありません。
 私にはこれくらいしかできませんし……
 恩返しと思っていただければ」

「悪いな。
 俺もお前がいてくれて随分助かっている」

基本的にサウザーは他人を良く言わない。
それなのにには優しく、労をねぎらってくれる。
南斗最強の男が。
そこに優越感を感じている自分がいることも、は自覚している。

は「ありがとうございます」と言った。
サウザーは満足げに頷いた。






シュウは数日間迷った末、
の仕事量についてサウザーに一言抗議することに決めた。

「サウザー、話がある」

わざわざ部屋に出向いて改まった態度で言うと、
サウザーは探るような間をとった。

「……何だ」

のことだ」

がどうした」

名前を出すと、サウザーの声から馬鹿にする様子が少し消えた。

の仕事の負担を減らしてやってはくれないか?
 随分、辛そうだ」

がお前にそう言ったのか」

「いいや、彼女は一言も文句は言っていない。
 ただ、傍目に仕事が多すぎやしないかと思うだけだ」

そう言うと、サウザーはくつくつと笑った。

「何があった?」

「何が、とは」

は良い身体をしているから――……
 おっと、お前には見えんのか」

「……不愉快だ」

怒りが腹の底からわきあがってくる。
できるだけその怒りを押し殺したつもりだったが、上手くいかなかった。
それを聞いたからかサウザーは笑いだした。

「どうせの両親の事だろう。
 なにやらかぎまわっていたようだな?
 心配はいらん。
 俺の口から伝えてやろう。
 心優しいお前の手は煩わせん」

「……やはりもう知っていたのか。
 いたずらに先延ばしして、良い結果が得られるとは思えん」

サウザーは鼻で笑うだけで、返事をしなかった。
自分の口から伝えたくないばかりにサウザーに言っているので、
シュウからこれ以上何も言うべきことは無い。
この件に関しては、これ以上のやり取りは無駄だろうと思われた。

「……もう一つ聞きたいことがある。
 に何をさせているんだ」

「知らんのか?
 ならば俺の口からは言えんな。
 何せ、本人が隠しているのだから」

サウザーはにやにやと笑っているに違いない。
昔からそうだ。

「言えんようなことをさせているのか」

「俺は隠す必要など無いと思うがな」

妙な沈黙が流れた。
サウザーは無言であるが、話を中断させる気配は無い。
からかっているのだ。
それが腹立たしく、シュウから冷静さを奪う。

「失礼します」

音も無く扉を開けて、が入ってきた。
シュウを見つけたのか、足音が止まる。

「何かありましたか?」

声が強張っている。

、サウザーに何を言われている」

シュウが詰め寄ると、は「雑用ですよ」と言った。
が、顔はシュウには向けられていないようだった。

「ちょっと出かけて、お使いをしてくるだけなんです。
 この時間の方が見つかりにくいから安全なんですよ。
 シュウ様に心配してもらうほどのことじゃないです」

「そういうことだ、シュウ。
 あまり詰め寄ってやるな。
 が可哀相だろう」

そう。
はシュウに対して防御の姿勢をとっている。
打ち解けた態度ではない。
触れてくれるなとその気配から伝わってくる。

「……すまなかったな」

シュウはおとなしくから少し離れた。
「いいえ」とはか細い声でつぶやいた。

「分かったらシュウ、外せ」

サウザーの命令に従わない理由は無かった。
はシュウを拒絶している。
そのにシュウがしてやれることは何も無い。

シュウはおとなしく部屋を出た。
部屋を出てすぐ副官を呼んだ。

を尾けてくれ。
 彼女を守ってやるために」

そう言うと、嬉しそうな「はい」という返事が返ってきた。
がはぐらかし続けていた“仕事”を知る必要がある。

サウザーの人を馬鹿にしたような声を思い出す。
奴は何かを企んでいる。
それも知らねばならなかった。

自分にはどうにも出来ないのだから、と諦めていた。
しかし、諦めるわけにはいかなくなった。
を守るために。
それが知りたくない事実であったとしても。

幸いなことに、もサウザーもシュウに対して警戒を怠っている。
今の内に手を打たねばなるまい。
得意ではないが、やるしかない。
とにかくそう自分に言い聞かせた。