coward
はサウザーの提案どおりナイフを研ぎに出した。
呼び寄せられたという職人は、
のナイフを見て笑った。
「結構な業物ですなあ」
その業物は人の脂を吸って切れ味を鈍らせている。
ためつすがめつ、職人はひとしきり眺めてから鞘に戻した。
柄は
の手でも握りやすいように少し細い。
多少の装飾が施されており、それもじろじろと眺めている。
彼の言葉がどういう気持ちを表しているのか、
にはよく分からなかった。
こんなものに頼っているのですかと言われているような気もしたし、
こんな業物を人殺しに使っているのですかという意味にも思えた。
こんな業物見たことが無いという意味かとも考えたが、
そうであれば脂にまみれた刃をあれほど眺めることも無いだろう。
は「よろしくお願いします」と言うのが精一杯だった。
研ぎ終わり、
の手許に戻るまでは数日かかるとのことだった。
ナイフを手放した後、
は自分の家に帰った。
人を殺した後は妙に神経が高ぶっていて眠れない。
鏡を覗いてみると、クマの酷い不安げな女の顔が映っていた。
自分でも驚くほどの疲労困憊ぶりである。
これはサウザーでなくとも休養の必要性を感じるだろう。
部屋着に着替えて、ベッドに入った。
シーツに包まって柔らかなベッドに横になっていると、
自分が生きているのだという実感が湧いてくる。
それと同時に、いつ自分の寝首を誰かが掻きに来るのだろうかとも思う。
酷く苦しい。
サウザーに相談すれば、時間を取ってくれるだろう。
そして、優しい言葉をかけてくれる。
その言葉で一人きりで居るわけではないのだと確認する。
彼だけは
を軽蔑しない。
彼だけは
を嫌悪しない。
ただ一人サウザーだけが
の全てを受け入れてくれる。
何と言って時間をとってもらおうか。
そんなことを思いながら、眠るために目を瞑った。
眠りきってしまいたかったが、
浅い眠りを断続的に繰り返すことしかできなかった。
目が覚めて時計を確認してみたが、日付は変わっていなかった。
窓の外は朝焼けではなく夕暮れを迎えている気配である。
顔を洗い、しばらくぼんやりして、シュウに会いに行こうと思い立つ。
適当な服に着替え、
彼には見えないかもしれないが薄っすら化粧をして、
明るい気分を演出してから部屋を出る。
最近家を部屋から出る目的は仕事をするためのことが圧倒的に多く、
こんなに軽い気持ちで玄関を出たのは久しぶりのことだった。
シュウの部屋の扉をノックすると、
副官がすぐに中へ通してくれた。
シュウは自分の席で、笑みを作ってくれた。
「よく来てくれた。
お茶で良いな?」
この問いに「いいえ」と答えるわけにもいかず、一瞬返答が遅れた。
「おかまいなく」と口に出した頃には副官が急須に茶葉を入れたところで、
そこで止めさせるのも忍びなく、
おとなしく茶を頂くことにした。
「声が弾んでいるが、何か良いことでもあったのか?」
シュウが湯のみを両手で包み込むように持ちながら言う。
少し冷えるので、
も同じようにして湯のみを持った。
「今日は仕事が無いので」
と言うと「それは羨ましいな」とため息をついた。
話を聞くと、どうやらこれから会議だという。
白鷺拳に連なる流派の伝承者が集まるもので、
今までと同じくサウザーと行動をともにしつつ、
行き過ぎた行為には歯止めをかけていくという方針を説明する会らしい。
それとは別に、
飛び出していったシンを除いた残りの六聖拳の伝承者の会議もあるという。
そちらは暫く先のことだという話だが、
どちらも気が重そうな場であることには違い無い。
「シュウ様もお忙しいのですね」
「ああ、
ほどではないが」
と、シュウは笑った。
すぐに出る時間になったので、
は早々にシュウの部屋から撤退した。
それだけでも鬱々とした気分が晴れた。
数日後、戻ってきたナイフを持って
は仕事に復帰した。
職人は
にナイフを手渡すときに、
「いやあ、職人冥利につきます。
こんな切れ味のナイフ、最近はお目にかかれませんから」
と笑っていた。
考えすぎだったのかもしれない。
の対応が妙だったので、ごまかしているのかもしれない。
よく分からないので、「そうですか」と適当な返事でごまかした。
それから、何件かの仕事をこなした。
シュウは相変わらずケ温かく迎えてくれる。
もともとの
の性格に配慮してか、
血腥い話は一切出てこなかった。
穏やかで、温かいシュウがいてくれる。
は彼の負担を減らすべく働いているのだと思うことにした。
シュウはいまだに迷っていた。
上手く隠す術を身につけたので、
その迷いを
には悟られていないようである。
彼女の両親がカサンドラに居る。
その事実は今の
に伝える事実としては重過ぎる。
彼女を傷つけてしまうだろうと思う。
自分が
を傷つける役にはなりたくない。
しかし、それを伝えないこともまた、卑怯者であると思う。
はぼつぼつとシュウの部屋を訪ねてくれる。
そのたび、当たり障りのない話をする。
部屋に入ってくるときは今にも泣きそうな雰囲気なのに、
それが次第に明るい気配に変わるのが嬉しい。
しかし、
は未だに仕事の中身を一欠けらも明かそうとはしない。
シュウに完全に気を許している訳では無いのだろう。
もどかしく、辛い現実である。
シュウの方でも隠し事をしている訳で、
とやかく言える筋合いではないのだが。
「仕事が辛そうだが、私では力にはなれないか?」
と、シュウはある日思い切って聞いてみた。
相談してくれたならば、
そうして心を開いてくれたならば、
彼女が辛くない程度に仕事を手伝ってやりたかったし、
そうして負担を減らすことができれば、
カサンドラのことも話せるのではないかと思った。
「大丈夫ですよ、本当に。
私がどんくさいだけですから」
と、
は言った。
まるでシャッターが下りるかのように、
仕事の話は一言で終わらされる。
シュウはそれ以上言葉をかけることが出来なかった。
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