[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。



coward


ケイカの父は南斗との関わりのある別な流派の師範で、
シュウのあまり広くない情報網にもすぐに名前がひっかかった。
入手した情報を丹念に拾っていくと、
どうやら核戦争を生き延びたらしいということが分かった。

そして、拳王軍に捕えられたということが。

拳法家はカサンドラへ送られる。
カサンドラから生きて出たものは居ない。
ケイカの両親は。

「……そんなことが言えるか」

シュウは一人ごちた。
ケイカは時折顔を出し、そして暫く雑談をして去っていく。
話をしている間、彼女は随分と明るい。
が、少し無理をしているようにも思う。

そんな状態のケイカに、カサンドラの話など。

更にこの調査で、
もとからあったサウザーへの不信が押さえきれなくなった。
シュウの情報網にひっかかってくるくらいだから、
サウザーは当然このことを知っている。
知っていて伝えていないとはどういうことなのか。

ケイカはサウザーの事を信用しきっているようである。
適当な情報を小出しにしているのかもしれないし、
教えないほうが優しいという場合もある。
しかし、ケイカの忙しさを考えるとそれも信じられない。

サウザーを信じてはいけないとケイカに言ってみたが、
「何かあったの?」と返されてしまった。
何かあるから言っているのだ。
それなのに、その理由が言えずに居る。

他人を傷つける意図が感じられないケイカの言葉を聞くたび、
シュウは癒される。
そんなケイカが愛しいとさえ思う。

彼女に辛い事を言いたくない。
真実を告げ、目を覚まさせたい。
結局悲しい思いをさせる役目を背負いたくないという思いが勝ち、
シュウはケイカに伝えるべき言葉を胸の内にしまいこんでいる。

「最近はシュウ様の方が疲れているみたい」

ケイカが言った。
疲れている訳ではない。
悩んでいるのだ。

「そう見えるか?」

「はい。
 何か難しい案件でも?」

真実を言えるわけが無い。

ケイカの両親について知って居そうな人物が居るらしいのだが……
 詳しい話がまだ届いていなくてな。
 思いの外苦戦している」

嘘をついた。

「そう……ですか。
 でも、そんな人が居るだけでも嬉しいです」

声音からは落胆と喜びが同時に感じられる。

「待たせて、すまない」

シュウがそう言うと、ケイカは「いいえ」と返した。

「遠慮せず、がっつり文句言ったら良いんですよ」

と、居残るようになった副官が横から口を挟んだ。
光を失った自分では何の給仕もできないのでそれで良いのだが、
最近は少し疎ましくも感じる。

「このあと食事にでも行かないか?
 急ぎの仕事でなければ、明日へ回せば良いだろう」

もう少し話していたい。
それを明確に言う勇気は無い。

「ありがとうございます。
 でも、少し急ぐのもあるので……」

「前から思っていたのだが、ケイカは何を任されているんだ?」

シュウが尋ねると、空気が変わった。
拒絶されていることがはっきりと分かる。

「……雑用ですよ。
 シュウ様に心配していただくようなことではなく、
 私の要領が悪いだけで」

それ以上取り付く島もなく、ケイカは部屋を出て行った。
彼女の忙しさはシュウを上回っているようにも思われる。
サウザーとケイカの待遇について話をせねばなるまいと思った。





「顔色が優れんな」

報告に現れたケイカの顔を、サウザーがじろじろと見る。

「いえ、そんなことは」

そんなことは、ある。
ケイカはその案件で、うっかり返り血を浴びた。
生暖かい、今までは殺した相手の生命維持活動を支えていた液体である。

その場で吐いた。

胃の中身を全部ぶちまけてから、逃げた。
そんな状態だったので、途中で見つかって、その見張りも殺した。
必要以上に手にかけてしまった。
戻ってからもずっと気分が悪い。

「疲れが溜まっているのだろう。
 俺も無理を言いすぎたな。
 少し休め」

「しかし」

「何か分かったら、呼ぶ。
 このところ碌な休みも無かったろうからな。
 休養をしっかり取ってくれ」

いつもであればそのまま部屋を退出するところであるが、
その日はめずらしくサウザーが席を立ってケイカの前まで歩いてきた。

「何か」

「今にも泣きそうだったからな。
 違ったか」

「……お気遣いありがとうございます」

「不安があれば言え。
 お前が他に頼れる相手が居らんことも、
 全てを知っているのも俺だけであることくらい承知している」

その通りなのだ。
ケイカと同門のカーネルが離脱した。
そのせいで、というだけではないが、
ケイカに対して冷たい態度を取る人間も多い。

シュウは頼れない。

人を殺すことを生業とし、
それに嫌気が差しているなどとは口が裂けても言えない。
軽蔑されることが心底恐ろしかった。
彼と会うことだけを楽しみにしているのに。

どんなにやり口を嫌っていても、
ケイカに人殺しを強いていても、
全てを知って手を伸べてくれるのはサウザーだけ。

「腕の良い砥師を招いてある。
 ナイフは暫く預けておくと良いだろう」

「……ありがとうございます」

ケイカは深々と頭を下げた。