coward
久しぶりにシュウに会った。
昔から優しく、強く、温かい、憧れの人に。
に気づいてくれたことも嬉しかったし、
またおいで、と言ってくれたことも嬉しかった。
しかし、舞い上がってはいけない。
は昔と違い、血にまみれている。
彼が歩く日向の道とは違い、
相手が力を十分に発揮できない局面で襲い、殺す。
それが
の仕事である。
それが仕事であると言えなかった。
軽蔑されるのが怖かった。
彼の前では、相手を殴ることもできない臆病者でありたかった。
そんな淡い夢を見ながら、サウザーが下々を見下ろしている部屋に入る。
派手な装飾の椅子に座る彼の後ろから近付いて、
殺してみたいと少し思う。
のナイフが彼の首に刺さるのが先か、
彼がその殺気に気が付いて反撃に出るのが先か。
おそらく、後者が先だろう。
その程度の腕前でしかない。
そう思うと手が出ない。
わざと足音を立てて、「戻りました」と声をかける。
「
か。
うまくいったか」
「はい」
「よくやった。
次も期待している」
くるりと椅子を回転させて、サウザーがこちらを向いた。
不遜な笑みを貼り付けて、「何か褒美が欲しいか?」と言う。
は「いいえ」と短く返事をした。
「お前の両親の消息については今も調べさせている。
時間がかかっているが、もう暫く待て」
がこれほど嫌う暗殺を続けているのは、
ひとえに消息が分からない両親の捜索を依頼しているからであった。
そろそろ道場を出ようとしていた頃に、核の炎が世界を焼いた。
道場から実家までの道のりは随分遠く、
の力では到底たどりつけそうに無い程の治安の悪化が加わり、
どうしようもなくなった所に手を伸べてくれたのがサウザーである。
「ありがとうございます」
「暗殺などという汚れ仕事を任せているのは、
俺も心苦しく感じている。
だが、もう少し待ってくれ」
「はい。
……失礼します」
礼をして、部屋を出る。
シュウに会ったときのような、気分の高揚は無い。
それはサウザーが光の中に居るわけではなく、
闇の気配を持つ人間だからである。
最初に敵の要人を消しておいて、混乱に陥れた後で攻め滅ぼす。
そのやり方が好きな訳ではない。
増えた領土の中や、そこを足がかりに攻める地域を調査するついでに、
の両親の消息も調べてくれている。
が両親のために出来るのは暗殺だけである。
一度シャワーを浴びて血を洗い流したつもりだったが、
気分が悪くなってもう一度湯を沸かすことにした。
サウザーについていれば、暗殺さえ続けていれば、
水に困ることも、食料に困ることもない。
は風呂場で自分の体を必要以上に洗いながら、
人殺しを正当化する理由を並べて、
吐き気を忘れようと躍起になっていた。
と再会してから数日後、
シュウがそろそろ自分の家に帰ろうかと思った頃合のことである。
「シュウ様、居る?」
と、音も無く扉を開けて
が言った。
声を聞くまで存在に気が付かなかったので、
油断している自分を戒めつつ「どうぞ」と声をかける。
「茶か、コーヒーか。
ジュースなんてものもあるが」
「おかまいなく。
もうすぐ夜だし、帰るだけですから」
立ち上がって用意してくれようとした副官が、
「では、私はこれで」と妙に明るい声で去っていく。
「……何か勘違いをされているようだな」
シュウがため息をつくと、
は笑った。
「シュウ様に私じゃ釣り合いません」
「男寡を捕まえてそんなことを言う物ではない」
そんなことないですよ、と
は言ったが、
笑いが隠しきれていなかった。
先日の暗い気配が少し和らいでいた。
そこから、暫く近況を話した。
はサウザーの雑用を任されているらしい。
身の回りの世話というよりはお使いのようなものが多く、
城を離れていることも多いという。
「今、両親を探してるんですけど……見つからなくて。
サウザー様が色んなついでに探してくれてるみたいなんですけど」
という言葉を口にしていて耳を疑った。
「サウザーが?」
「ええ、それもあるので雑用で残ってるんですが」
がうーん、と唸る。
「シュウ様の方でも何か分かったら、教えていただけるとありがたいです」
「わかった、約束しよう」
そう言うと、「ありがとうございます」と心底嬉しそうな声が返ってきた。
シュウとて何もせずサウザーの命令を待っているだけではない。
それくらいはしてやりたいと思った。
シュウは自分の近況で話すことなど殆ど無かったが、
シバは人に預けているとだけ言った。
「たしか、まだ随分小さかったような…」
「ああ、まだ可愛い盛りなのだが。
妻が死んで、私一人では育てることができないからな。
合間に顔を見に行くのだが、見るたびに大きくなっている。
傍で見守れないのが辛い」
思い切り甘えてほしいとか、
我がままを言ってほしいとか、
シュウの方ではシバに対して思うところがある。
詰ってくれたほうが気が楽だとも思う。
しかし、シバは良い子に育ってくれている。
育ててくれている友人に対しても頭が上がらないし、
彼を育てられない自分に対する苛立ちもある。
「きっとシバ君にもその思いは通じているんでしょうね。
シュウ様、きっと良いお父さんでしょうから」
の言葉が耳に痛い。
良い父とは何なのだろうか。
良い伝承者とは何なのだろうか。
あまり考えたくない問題である。
その後、適当な話をして部屋を出ることになった。
「食事でも一緒にどうだろうか」
と声をかけたが、
「もう少し仕事が残っているので戻ります」
と
は言った。
サウザーのことだから辛く当たっているのだろうと思う。
「いつでも来ると良い」
「ありがとうございます。
では、また」
そう言って、
が去っていく。
彼女のためにも、早いうちに部下に通達を出さねばな、と思った。
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