coward
は拳法など習いたくなかった。
は闇の中を歩きたくなかった。
は人を殺したりなどしたくなかった。
がどれほど厭うても、闇の方は
を歓迎してくれている。
いつでも。
どこでも。
体に染み付いた動きは
から気配を奪い取り、
闇が
の存在を覆い隠してくれる。
しっくりと手に馴染むようになってしまったナイフは、
切れ味の鋭い特注の品である。
が誂えた物ではない。
灯りを消し、
気配を殺して通り過ぎる。
それを繰り返すことで、簡単に敵の首領の部屋にたどりつける。
気配を消すこと以外の特技を持たない
にとって、
ここまでは難易度の低い課題である。
ベッドには女と共に眠る首領が居た。
腰のホルダーからナイフを抜き取り、首領の首を思い切り良く裂く。
悲鳴を上げられる前に、女の首も裂く。
血の雨が
に降りそそぐ前に部屋の隅へ逃げて、
辺りの物音に耳を澄ます。
大丈夫。
誰も気づいた様子は無い。
ただ、血が降り注いでいる音だけが聞こえる。
血の噴水が勢いをなくし、止まった頃、
漸く
は動き出した。
ナイフに付いた血を拭って、ホルダーに戻す。
後は逃げるだけである。
グライダーなんかがあれば窓から飛び立てるのだが、
そんな勇気も無いので、
もと来た道を同じように灯りを消し、
気配を消し、黙々と歩いてかえる。
城から出たら、報告に向かわねばならない。
を拾い、使う、サウザーの元へ。
シュウは遺体の埋葬に立ち会っていた。
サウザーは己に従う者以外に容赦しない。
目の前で葬られている者たちはサウザーに異議を申し立て、
そして殺された者たちである。
サウザーに逆らいさえしなければ、
生きて立ち去ることも出来ただろうに。
そう思うと、胸が痛む。
自分がサウザーに異を唱えられれば。
素直にそう思う。
そう思ったところで、行動に移すことが出来ないで居る。
そのせいで彼らのような被害者が増え、
その弔いをシュウがする羽目になる。
異を唱えたところで、
サウザーはシュウの意見などに耳を貸さないだろうとも思う。
罵倒される為だけに口をはさむ意味はあるだろうか。
そう思うと、シュウはやりきれない気持ちのまま口をつぐむことを選ぶ。
シバは他人に預けている。
今の自分を見習ってもらいたいとはお世辞にも思えないし、
父として恥ずべき醜態を晒しているとも思えた。
そうやって遠ざけているだけなのではないかとも思い、
そうしてまた自分が嫌になる。
埋葬を終えた部下を労い、一息つく頃には随分日が傾いていたらしい。
「最近日が落ちると冷えますね」という言葉からの推測であり、
シュウの体内時計ともあまり変わらないので、
日暮れの頃合であることを理解する。
「そうだな、風邪をひいてしまいそうだ」などと返して分かれた。
少し冷える廊下を歩いていると、
向かいから女性が歩く足音が聞こえた。
とはいえ、有るか無きかの微かな気配である。
不審に思って立ち止まって様子をうかがっていると、
相手の方でシュウに気が付いたらしい。
成人女性程度の体重を感じさせる足音を立てて歩き始めた。
「シュウ様、ご無沙汰してます」
近寄ったその女性が声を出してくれたので、
やっとそれが誰なのかシュウにも理解できた。
「
か。
腕を上げたな。
うっかり気づかず通り過ぎるところだった」
そう言うと、
はくすくすと笑った。
「私はてっきり、シュウ様に殺されるかと思いました」
には昔、拳の手ほどきをしたことがある。
彼女は気配を断つことを得意としていたが、
それ以外はあまり得意ではなかった。
彼女の師父は彼女に実践で使える攻撃の技術を仕込むためか、
一時期方々に武者修行としてつれまわしていた。
しばらくして、彼女の師父は別の人間を仕込み始めたらしかった。
自由になった彼女は、
シュウの元に時折現れていた。
一番優しいから、というのは褒め言葉なのか判断しかねるが。
彼女は回避の能力は高く、鍛錬の相手としては申し分なかった。
だからこそ来ることを拒んだりはしなかったが、
拳を相手にぶつけることを嫌っていたようだった。
避けて、避けて、そして背後をとって細い指で触れる。
正面から蹴散らされるよりも、戦意をそぐ行為である。
力の差があればそうしていたし、
無ければすぐに降参していたように記憶している。
それが彼女が師父に見限られた原因である。
その後シュウに伝承者としての印可が降りてからは疎遠になっていたが、
拳の道を捨てずに南斗に残ってくれていたことが、
関わりのあった者としては少なからず嬉しく感じた。
「そう簡単に殺しはすまいよ」
「そうですね、シュウ様ですから」
はそういって、ため息をついた。
師父に見限られてからも明るく振舞っていたような娘であったのに、
随分暗い印象を受ける。
「随分疲れているようだな?」
「……シュウ様には何でもお見通しですね。
働きすぎでしょうか」
そう言ってまたため息をつく。
自分もため息が増えたと感じていたところだったので、
互いに苦労が絶えないのだと思うと苦笑してしまった。
「今も拳を?」
「私程度の腕前じゃ、戦闘員には向きませんよ。
雑用に雇ってもらっています。
昔の武者修行のおかげで、顔だけは広くって助かりました」
語尾に笑いがついてくる。
昔の頃の
が少しだけ見えた気がした。
「私から休みをあげることはできないが、
休憩くらいは提供できるんじゃないかと思う。
機会があれば寄っていくと良い。
お茶ぐらいは出そう。
何なら、拳の稽古のお相手もしよう」
「それはちょっと。
昔以上にどうしようも無いですから」
互いに笑って、そうして分かれた。
の笑みを思い出す。
矢鱈に人を殺していくサウザーを間近に見ていると、
彼女のような人間と話をしていたかった。
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