将星と障害物と


「う……わぁ……」

がぽかんと口を開けている。
無理も無い。
曰く食事に困る人間すら居るというご時勢に、
きらびやかに着飾ってパーティーなど開くとち狂った人種が集まる場所など、
彼女にとっては理解しがたい場所に違いない。

「ついて歩いて、適当に笑って会釈しているだけで良いからな」

ため息と共にそう言うと、
はこくこくと首を縦に振った。
その一挙手一投足は普段のままで、
この場に似合うよう着飾っている見た目とそぐわない。

南斗聖拳は北斗神拳とは違い流派も多く、
格闘の専門家として人材を派遣しているところもある。
そういった所からは金が落ちてくるし、
有益な情報なんかがもたらされることも少なく無い。
そのため集まりがあれば一応顔を出してみたりもするのだが、
今日のパーティーの主催者はどこで聞きつけたのか、
をつれてきて欲しいと言っていた。

彼が今一番サウザーが欲している情報を握る男でなければ、
断れば済む話であった。
不本意極まりない。
急遽にドレスを着せて、宝石の類なんかを付けさせて、
化粧だなんだと一切合財の用意をさせた。

「変じゃないかな?」

そう言いながら現れたを見たときには、
若干顔が緩んでしまったように思う。
何故普段から女らしい格好をしてくれないのか。

女性らしい格好をしたは見たいが、
そのを人に紹介などしたくない。
人目につくところに連れ出して変な虫がついては困るし、
ふらふらとまた事件に巻き込まれえても困るし、
とにかく隠しておきたい。

場慣れしていないは、
おっかなびっくりサウザーの腕に寄り添ってついてくる。
テーブルの上には立食で食べやすいような小さな料理が並んでいる。
がそれらを見ているのが分かったので、
「ここの料理は不味いから食事は後だ」と言ってやった。
は少し笑った。

サウザーが居ると知って挨拶に来る人間も居る。
そういう輩に対して話をする時間も勿体無いが、
無視するわけにもいかないので適当に相手をして切り上げる。
その合間にサウザーの方から声をかけておきたい人種にも複数声をかけた。
お目当ての主催者に声をかける頃には、
は多少疲れているようだった。

「そちらが噂の女性ですか」

主催者の両隣には、
体のラインがくっきりと分かるドレスを纏った美女が座っている。
彼女らのようなものをに着せてみたいが、
拒否されるだろうという未来が簡単に予想される。

「いや、お美しい。
 出し渋るのも頷けますな」

を頭の先からつま先まで値踏みするように眺め回すので、
今すぐこの男の首を跳ね飛ばしてやりたいという衝動に駆られる。
そんな心が透けて見えたのか、
男は笑ってごまかしながらから視線を引き剥がした。

「以前から伺っていた件について、ちょうど情報が手に入りましてな。
 ここでは何ですから少し中でお話がしたい。
 折角お連れいただいて悪いが、
 お嬢さんにはこの辺りでお待ちいただきたい」

サウザーはの顔を見下ろした。
「良いか?」と聞くと「待ってるくらいできるよ」と言ったので、
目立たないように隠れていろと釘を刺した。

「心配されずとも、
 この席に無用に近付く者はそれほどおりませんよ。
 あまり見えぬこちらの方に席を用意させましょう」

と男は笑った。

必要な会話を終えて部屋を出ようとすると、
「よほど彼女に御執心なようですな」と言われた。
用が済んだら絶対にこの男を殺してやる、と思った。

が待つ席まで戻ってくると、
その手を取ろうとしている不届きな男が目に入った。
は逃げるように立ちあがり、
退路を確保するようにじわりと移動している。
それでも男はに向かってしつこく言っているようだ。

だからこんな場所に連れ出したくなど無かったのだ!

苛々しながら近付くと、
サウザーの足音が聞こえたのか、
が振り返って心底安堵したような顔になった。
こちらに歩いて来たので、抱き寄せて、
件の不届き者以外の姿が無いことを確認してから口付けた。

濃く、長い口付けをしてから顔を上げる。
が何か言いそうに口を開いたので、
彼女が何か言うまでにこちらから言う。

「続きは帰ってからだ」

更に物言いたげな顔をしたが、
サウザーは自分の唇についた口紅を手の甲で拭って顔を上げた。
件の男はまだ突っ立っている。

「暇つぶしに付き合わせたようだな」

「い、いや、その……」

「どこの誰か知らんが、死にたいならばそのままそこに立っていろ。
 心配するな、すぐに終わる」

「殺すほどのことはされてないから!」

慌てたらしいが窘めるように言う。
冗談ではなく殺されることを理解したのか、
男は慌てふためきながら逃げていった。
それを見送って、サウザーは深いため息をついた。

「何だ、あいつは」

「ナンパかなあ?
 アイリって本当に苦労してるんだね。
 あんまりしつこいから蹴倒そうかと思ってたんだけど」

「……その格好でか」

「脚払いくらいならできるかなって」

ドレスの裾をつまみあげて、華麗に脚払いを決めるを想像した。
それはそれでいつも通りなのだが、
著しく色々な物が勿体無い状況である。

「まあ、二度と来んだろう」

「そりゃ、あんなの見たらね!」

思い出したのか、の顔が真っ赤になる。
一応あたりをはばかってか、小声ではある。

「見せるためにしたのだ。
 帰るぞ」

「……文句は帰ってから言う」

機嫌を損ねたようで、は難しい顔をしている。
折角の化粧が台無しである。
しかし、文句を言うよりも帰りたい程に居心地が悪かったのだろう。

やっとが普段の顔になった。
こんな所に何があっても二度と連れて来るものか、とサウザーは決意した。