将星と思い出と


が庭に出ると、冷たい風がびゅうと吹いた。
もう少し厚手の上着に変えようか、
と逡巡してやめた。
体を動かせばあったかくなるに違いない。

が外に出てきた理由はというと、
庭掃除をするためであった。
サウザーは別にしなくて良いと言うけれども、
いつもパーフェクトな給仕をしてくださる人々のために、
多少なりとも恩返しするつもりでほうきを借りた。
これくらいならば誰の助けも借りなくても、
誰の迷惑にもならない程度に手伝うことができる。

黙々と落ち葉をかき集めて、山をつくった。
庭の樹木は決して多くは無いが、
面積が広いので集めると随分な量になった。
最近雨も無いせいで、
落ち葉を掃き集めるとかさかさと乾いた音がする。

これは絶好の焼き芋日和である。

は厨房でタイマーを借り、
サツマイモをいくつか分けてもらった。
それをアルミホイルでくるみ、落ち葉の山へと戻った。
食材以外に用意するのは、軍手と火箸、ライターである。

まず、落ち葉の山で焚き火をする。
その炎が落ち着いてからその灰の中に芋をねじ込んだ。
このまましばらく置いておけば美味しい焼き芋の完成である。

燃え盛る炎の中に放り込むと、
表面が炭化して中身が生という悲惨な事態に遭遇することになる。
昔、初めて焼き芋にチャレンジしたときは、
それをやらかしてフドウに指摘された。

タイマーを一時間後にセットして、ポケットにねじ込む。
待っている間に軽いジョギングをして体を温め、
ストレッチをしてから軽く型を稽古する。
頭の中で、シュウが最近見せてくれた動きを再現する。
にはシュウのような力強さは無いが、
目指すのは自由だろう。


 掃除など別にせんで良いと言っただろう」

サウザーがそういいながら庭に出てきた。
夕食前には帰る、と不機嫌そうに出かけていたが、
用件は予定よりも早く終わったようだ。

「働かざるもの食うべからずだから」

が断言すると、サウザーは苦笑した。
そこから暫くサウザーが相手をしてくれることになった。
好きに打って来いと言われたので試してみたが、
サウザーは全ての攻撃を軽くはじいた。
攻撃をしたが逆によろめくほどである。

「やはり、攻撃が単調だな」

眉間に皺を寄せて、サウザーが言う。

「う……」

「連続して同じ場所に攻撃を仕掛けているんだから、
 反対にだな……」

サウザーは懇切丁寧に解説し、そしてそれを試させてくれた。
「随分かわしにくくなった」と褒めてもくれる。

ピピピ、と電子音が鳴った。
サウザーは「何だ」と音源を捜している。
はタイマーを取り出して、音を止めた。

「焼き芋を焼いてたの」

用意しておいた火箸で灰をかきわけ、
銀色の塊を掘り返した。
まだ素手で触るには熱いので、
軍手をはめてアルミホイルを剥ぐ。

「サウザーも食べる?」

が尋ねると、サウザーは微妙な顔で「貰おう」と言った。
嫌なら食べなければ良いのに、と思う。
それでも、が作ると気を使って食べてくれているらしい。
焼き芋くらい別に良いのにと思いつつも、
分かりやすい優しさの数少ない現われでもあるので、
おとなしく半分に割った大きいほうを差し出した。

面白いものが見れるかとそのまま熱い芋を手渡したが、
顔をしかめただけでサウザーは普通に芋を掴んだ。

「熱くないの?」

「熱い」

やせ我慢だったらしい。

が半分まで食べ進んだ頃には、
サウザーは渡された分を食べ終わってしまった。
先ほど運ばれてきた温かいお茶を飲んでいる。
口の中の水分がなくなってしまうことは分かっていたのに、
準備を忘れていた。

そのサウザーは難しい顔をして、
焚き火のあとを眺めていた。
「何かあった?」と尋ねると、サウザーは薄く笑った。

「昔、お師さんと焼き芋をしたな、と思い出してな」

サウザーの師匠。
サウザーが敬愛する、唯一無二の人である。
あまり話をしてくれないので、
はその“お師さん”がどんな人なのか知らない。

「今みたいに焚き火をして、芋を入れて、
 待っている間に稽古をしていた。
 割った芋の大きい方をくれたりしてな。
 厳しいが優しくて、温かい人だった」

「昔から今みたいな手の込んだ料理を食べてたんだと思ってた」

「お師さんは贅沢を好まんかったからな」

「……へえ」

その贅沢を好まない人が、
どうやって贅沢を極めようとするような人を育てるのだろうか。
その疑念が顔に出ていたのか、
はたまた声に出ていたのか、

「俺は俺のしたいようにするが」

と、サウザーは付け足して鼻で笑った。
は芋をもくもくと食べながら、
今はどこか別の場所にいるフドウのことを、
同じ街に住んでいるシュウのことを、
死んでしまった父のことを思った。

「生きてる間に孝行しておかないとね」

生きている二人にどうやって感謝の気持ちを伝えようか、
と考えていると、
サウザーが言葉を付け足した。

「後悔する前にな。
 まあ、フドウには顔を見せてやるくらいで十分だろう」

「うーん、それだけじゃ悪いと思うんだけど……
 あと、シュウにも何か」

「なんでそこにシュウが入るんだ」

「私のお師さんだから」

サウザーは先ほどまでの穏やかな顔がみるみるしかめっ面になった。

「いらんだろう。
 普段から顔も合わせているし、
 シバの子守までしてやっている」

「それは別の話でしょう!」

「違わん」

サウザーは舌打ちして黙ってしまった。

サウザーは優しいと先ほど思ったところだが、
やっぱりあまり優しく無いのかもしれない。
それでも隣に座ってが食べ終わるのを待っていてくれているので、
うっかり笑ってしまった。