幽霊と将星と


「……絶対何か居るんだって」

は拳を握り締めた。
目の前のサウザーは仏頂面である。

「居るわけが無い」

以前一度だけ不穏な雰囲気を感じた廃ビルに、
たまに何かが居る。
しかし、その姿を見つけた者は誰も居ない。

『幽霊だ、幽霊だよ!』

と、子どもの一人が言った。
話を総合した結果、そうなった。
それをサウザーに伝えたのだが、
「そんな物は存在しない」と取り合う様子は無い。

「レイがよく来るのだろう。
 あいつは見たのか」

と、疑い始める始末である。

「……レイが来るときは出たこと無い」

事実なのだから、仕方が無い。
気にするなとでも言われて放置されるのかと思いきや、
サウザーは何か考えてから、にやりと笑った。

「……しかし、気にはなるな。
 見てやろうではないか。
 その“幽霊”とやらを」

不穏な笑みと口調である。
心当たりがある様子だが、
問いただす勇気は無く、
は一応の感謝を述べただけに留めた。

短い時間ではあるが、
次の日から広場にサウザーも通うことになった。
アイリのシートで一人ふんぞり返る姿は、
なんとなく滑稽である。
子ども達は遠巻きに、
しかし興味津々な様子でその様子を眺めている。

「何か見せてくれるかなあ」

と子どもらしい期待を述べる者もいれば、

さんの浮気を疑ってるんだよ」

と、こまっしゃくれた意見を口にする者も居る。
頭をはたいてやった。

人であれば気づけそうなものなので、
幽霊という可能性もあながち捨てきれない。
サウザーが早々に幽霊に出くわして、
お祓いの手配をしてくれることを祈りつつ、
はいつもと同じように子ども達と遊んでいた。





サウザーはビルをにらみつけていた。
心当たりが正解かどうか確認するためである。

曰く、件の幽霊は頻繁に現れるわけではないという。
気が付く時間帯もまちまちで、
来ても空振りに終わる可能性が高い、と。

サウザーの予想が正しければ、
今日は現れないはずである。
そして、日時を指定して現れるように仕向けることは可能である。

そういった意味では、
今の時間は全くの無意味ではない。
計画を練る時間に充てれば良いのだから。
頭の中で状況を整理しつつ、
“幽霊”をおびき寄せる計画を組み立てた。

その日のうちに、
“幽霊”が廃ビルに現れるような罠をしかけた。

「サウザーがお祓いをするの?」

に尋ねられた。
詳細は秘密である。
秘密であることがお気に召さない様子だが、
それもまた面白いので放っておいた。

Xデーは明後日である。

明日は広場に行く必要が無くなったが、
勘違いの可能性もあるので、
念のためついていく予定にしている。

次の日は残念ながらというか、予定通りというか、
幽霊は現れなかった。
子ども達は「サウザー様が怖いんだよ」と言っている。
サウザーが想定する“幽霊”は、
サウザーを恐れていないからこんなことになっているはずだった。

そして、罠が発動する日になった。
子ども達はいつもどおり遊んでいる。
暫くして“幽霊”が現れる気配がしたので、
サウザーはそっと広場を抜けて廃ビルの中へ入った。





不愉快である。
何か、酷い目に遭わせてやりたい。
窓から広場を覗き込みながら、爪を噛む。

他の人間に姿を見られるのは得策ではない。
が一人になるところを狙っているのだが、
そのタイミングが一向掴めない。
その歯がゆさがまた、一層腹立たしい。

今日も子ども達には囲まれている。
楽しそうに笑っている。
酷く不愉快である。

広場をにらみ付けていると、
背後の扉が蹴破られた。
気づかれるとは予想していなかったので、
背後をとられぬように壁に背を預けるので精一杯だった。

「貴様、良い度胸だな。
 また何か企んでおるのか」

サウザーが、
獲物を前にした捕食者さながらの嗜虐的な笑みを浮かべている。
ユダは驚いたような表情を作った。

「――…企むとは人聞きが悪い」

「ちょくちょく来ているそうだな」

何故監視している。
どんな目的があって。
また面倒事を持ち込むつもりではあるまいな?

声と顔が物語っている。
答えなければ殺す、と。

ユダは舌打ちしたいのをこらえ、
普段の薄ら笑いを浮かべた。
今は、己の保身を図る以外に道は無い。
こんなところで死ぬわけにはいかない。

「まあ待て。
 また誘拐されでもしたら困るだろう?」

「出来るものならな。
 それよりも、
 貴様はここで一生を終えたいのか?」

張り詰めた沈黙が暫く続く。
サウザーは手首を軽く回している。
屠るつもりであれば、一撃である。
それをしないのは、ユダを殺すつもりが無いからである。
まだ、生き残る道は残されている。

「――……そう睨むな。
 俺はお前と戦うためにここに居たのではない」

ユダは、あっさりと折れた。






サウザーが廃ビルから出てくるのを、は見つけた。
いつ消えたのか、分からなかった。
不機嫌な様子ではあるが、
致命的なほどではなさそうである。
やれやれ、といった様子で元の場所に座る。

幽霊のことが気がかりだったので、
は子ども達の輪を抜けてサウザーの隣に座った。

「幽霊、居た?」

尋ねると、サウザーはちらりとを見た。
そして鼻で笑った。

「追い払っておいたぞ」

「え、居たの」

祓ったという事も驚きであるが、
祓ったということは、祓うべき対象が居たということである。

「ああ、居たな。
 性質の悪いのが」

冗談を言うような性格でもないし、
小馬鹿にしたような笑みを浮かべるでもない。
は「ありがとう」と礼を言っておくことにした。

「いいか、
 身の危険が感じたら、躊躇うことは無い。
 一撃で仕留めろ。
 敵わん相手なら、逃げろ」

サウザーは酷く真剣な顔で言う。
まるで相手が人間のような口ぶりだが、
彼は幽霊を祓ってきた直後である。

「え、幽霊相手でも?」

そう聞き返すと、
不快そうな顔で「そんな物は存在しない」と言った。
祓ってきたと言ったばかりなのに、意味が分からない。

次の日から、サウザーは広場に来なくなった。
はまた現れるのではないかと思ったが、
以後ぱったりと廃ビルの幽霊は現れなくなった。

サウザーがお祓いしてくれたという噂が子ども達に広がり、
お祓いの依頼がサウザーの所にいくつか寄せられ、
彼の機嫌を著しく悪化させるのはもう少し先のことである。