義星と妹と
はアイリの家で女子会を開いていた。
話題は、レイの女性問題である。
複数いるから問題にしているわけではない。
影が無いから問題なのである。
「お前を守る男を見つけてからだ」
アイリがレイの物まねをした。
似ている。
似せられる程度に耳タコなのかもしれない。
「似てる!」
「でしょう」とアイリは満足げに笑った。
そんな顔でも可憐だ。
「あーあ、シバも誘えばよかったね」
「でも、シバの前じゃ兄さんのモノマネはできないわ」
「……それもそうね」
この女子会は、
元はといえばアイリに毎日のお礼を言う会だったのだが、
別に改まるような間柄でもなく、
普通の女子会へと変貌したのだった。
「うーん、でも、ちょっと、
多かったかな」
アイリはお菓子を作って待っていてくれた。
更に、
は複数の菓子折りを持っていた。
いくつかはサウザーが食べない菓子折りから拝借したのだが、
サウザーが新たに購入して持たせてくれたため、
二人の間には食べきれないほどの菓子が山積みになっている。
「残ったら明日、広場にもって行きますね」
「ごめんね、荷物増やしちゃった」
「いいえ」
アイリがつくってくれたロールケーキは甘く、
持ってきた菓子折りも甘く、
サウザーが持たせてくれた焼き菓子はビターな味わいで、
良いアクセントになった。
紅茶を飲みながら、
アイリが片思い中の人の話を聞く。
どうやら、とても優しい人のようだ。
聞いていてとても羨ましい。
「でも、兄さんがもし、
俺より強い男でないとだめだぞ、
って言ったらどうしようかと思って」
アイリの悩みは尽きない。
まあ、相手の気持ちは問題無さそうであるし、
アイリもそれは心配していない。
「レイより強いって、
もうそれ六聖拳伝承者くらいよね」
「そうそう、さすがにそれは……」
シュウは妻子持ちなので除外するとして、
残るはサウザー、ユダ、シンである。
サウザーは
を好いてくれているようだし、
シンはユリアを好きなことは周知の事実である。
残るはユダ。
でも、それはちょっと。
それが二人の統一見解だった。
はユダに直接会ったことは無いが、
どうにも自分が大好きなタイプの人らしかった。
「それは大丈夫でしょ。
だって、もしユダさんを連れてきたら……」
「兄さん、微妙な顔をしそう!」
くすくす、とアイリが笑う。
レイは早めに用事を済ませて、家路についた。
今日は
が来ているらしいし、
何かお土産も用意していこうと、
適当にお菓子も買った。
のおかげで、アイリはよく外出するようになった。
ともかく、出かける用事がほぼ毎日あるのが良い。
随分明るくなったと思う。
(可愛がれるのも、もう暫くの間か……)
これもまた通らなければならない道だろう。
ふと、シュウのことを思った。
をサウザーに委ねるにはさぞかし勇気が要っただろう。
なにせ、相手はあのサウザーである。
結果、サウザーは人当たりが多少柔らかくなったし、
のおかげでアイリも明るい。
見習わなければならない。
アイリが男を連れてきて、
結婚し、
家を出て行くところまで想像して、
レイは予想外に打ちのめされながら家に到着した。
途中で更に土産のお菓子を買ってしまっていた。
最終的に、抱えるほどの荷物になってしまった。
驚かせようと、
足音を忍ばせて部屋に近づく。
そこで、中から声が聞こえてきた。
「もしユダさんを連れてきたら……」
「兄さん、微妙な顔をしそう!」
(ユダ……?)
危うく荷物を取り落としてしまうところだった。
先ほどまで思い浮かべていたアイリの結婚式の図で、
横にいる男の顔がユダになった。
(………ユダか……)
なぜか酷く打ちのめされて、
暫く動くことができなかった。
サウザーは切れた。
「遅い!」
新しく作らせたグラスを、
危うく粉砕するところだった。
(何時だと思っているのだ!)
普通に仕事を終わらせたころには、
は戻っているものと思っていた。
レイの妹にお菓子を持っていくと言ったので、
サウザーが知る一番マシな焼き菓子を持たせた。
それは記憶している。
部屋の中をうろうろして、
また誘拐でもされたのかと疑い、
でも今回はレイの家に向かったのだからそれもないだろう、
と打ち消した。
レイも早めに仕事を打ち切っていた様子だった。
何かあったら連絡くらい入るだろう。
暫く待ってみるか、と思って時計を見たが、
先ほど確認したときから五分と経っていない。
痺れを切らせて、
サウザーはバイクを用意させて屋敷を出た。
ひとしきりユダの話題で盛り上がった後、
残ったお菓子をどうするか、という話になった。
ロールケーキは頑張って消費するとして、
焼き菓子は小さい袋に分けることになった。
アイリが袋を用意しているあいだに、
お手洗いに行こうと部屋を出て、
はそこにうずくまるレイを見つけた。
「う!?」
暗い。
いつものさわやかさがまるで無い。
「どうしたんですか?」
「……いや、アイリが嫁に行くと思うと、
予想外に辛くてね」
どんよりした目をしている。
話題を変えなければならない。
「何かお土産買ってきてくれたんですか?」
「お菓子だ。
好きだろう?」
レイから紙袋を渡された。
中には色々なお店で入手したと思われる、
いろんな種類のお菓子が入っていた。
正直、もうおなかは一杯だ。
「あ、ありがとう。
……何かあったんですか?」
「どうしたの、兄さん?」
ひょこり、とアイリが顔を出して、
打ちのめされたレイを見て驚いたようだった。
「アイリ、兄さんは自分の心が狭くて辛い」
レイはどんよりとした目でアイリを見て、
そして床に視線を戻した。
「アイリが最近、明るいとは思っていた。
それが……ユダだったなんて」
随分前の話題である。
「もしかして、暫くここに居ました?」
「時計は見ていないが、
そうだな、ちょっと動けなかったな」
あの会話から、ずっと。
はアイリと顔を見合わせた。
「あれ、冗談ですからね?」
が慌ててフォローを入れる。
「そうそう、別の……
誰をつれてきたら面白いかって話の流れで」
アイリも調子を合わせる。
二人で何とかレイを励ましていると、
ドアが蹴破られる音がした。
「
!」
「げ」
サウザーだった。
怒り狂った様子の足音が近づいてくる。
逃げるよりは、早く事情を説明したほうが良いような気がする。
はレイをアイリに任せ、
玄関の方へ走った。
「何時だと思ってる!」
ドアを蹴破る方が非常識だが、
今そんなことを言っては火に油だ。
はともかく事情を説明して、
レイが打ちのめされているから励ましてくれと頼んでみる。
サウザーは一応黙り、レイはどこかと聞いたので案内した。
戻ってみると、まだレイはうずくまっていた。
それを見て、サウザーは叫んだ。
「なるようにしかならん!」
励ましてくれなかった。
は頭を抱えた。
しかし、どんよりして動かなかったレイは、
何かに気づいたように顔を上げ、
そしてアイリの肩を掴んだ。
「悪いが兄さんは、
アイリが選んだ男でも譲れないときがある」
「え、だから……」
アイリが説明し始める。
サウザーは舌打ちして、
の腕を掴んで「帰るぞ」と言った。
このままではアイリが…と思ったが、
力で勝てる相手ではなく、
は引きずられるようにしてレイの家を後にした。
その日、
はサウザーににこっぴどく叱られ、
夕食は要らないと言うと嫌味を言われた。
次の日、アイリは調子が悪いと休んだ。
あのあと、レイのあの大量のお菓子を食べたりしたのだろうか。
それを思い浮かべ、
も気分が悪くなった。
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