将星と小市民と


私はサウザー様の秘書をしている、ララと申します。
最近身の回りに起こっている変化について、
自分の中で整理してみようと思います。

変化のきっかけは、
サウザー様が一人の女性を連れてこられたことでした。
お名前を様と言い、
彼女が来るからと、私は午前中だけの勤務となりました。

お仕事の忙しいときと重なっておりましたが、
サウザー様は様のために色々と手配しておいででした。
最も驚いたのはコーヒーの壜です。
中身を移し替えておくよう言われた後、
サウザー様が手書きでラベルを貼っておいででした。
更に、淹れ方くを書いたメモまでご用意されて。

生憎様に直接お会いすることはまだございませんが、
サウザー様が夜盗の残党を殲滅したのも、
風の噂で様が誘拐されたからと聞き及びました。

その殲滅以降、
サウザー様の機嫌は概ね良い状態を保っておられます。
私の賃金も、一日働くのと同じだけの水準を保っております。
やっぱり私は確信いたしました。

様こそ、我ら小市民を救う救世主であると。

サウザー様はあの性格でございますので、
様に見捨てられぬよう、
全力を尽くす所存でございます。
おや、サウザー様が呼んでおられます。
何かあったのでしょうか?






私はサウザー様のお屋敷を取り仕切っているビーンと申します。
ララ様からお手紙をいただき、
職場の仲間を集めたところでございます。

様が好むお菓子は何か」

という議題でございます。
先日様がアイリ様とお茶会を開くという話を聞き及び、
今朝、サウザー様に報告したところでございます。
様にお菓子をプレゼントなさるおつもりなのでしょう。
しかし、ご自身は甘い物など好まれませんので、
お近くにおられたララ様に尋ねたのでしょう。

家の者に話せば伝わると警戒しておいでなのか、
サウザー様は様のことをララ様に相談なさるようです。
そこで、ララ様とは連携をとると約束を交わした所でございます。

「昨日お出しした焼き菓子は全て召し上がっておられました」

「一昨日の生菓子は、あまりお好みでなかったご様子」

「少し前にお出しした、
 ミルクレープは随分お気に召した様子でした」

次々と情報が入ってまいります。
それもそのはず。
屋敷の者は皆、様の一挙手一投足に注目しております。

サウザー様を苛立たせぬ程度にお強く、
シュウ様やフドウ様といった、
サウザー様も一目置く存在を保護者とし、
そして何より、サウザー様を好いておいでな様子。
まるでサウザー様に嫁ぐために誂えられたようなお方。
気が早いとおっしゃる向きもありますが、
あのサウザー様が気に入る方がごく僅かなのです。

また、様は我らを慮ってくださいます。
サウザー様に我らが叱責されぬよう、
色々と気を配ってくださいます。

様は我らの救世主であらせられます。
我らはサウザー様が見捨てられぬよう、
全力を尽くすと一致団結いたしました。

意見をまとめたものを紙にしたためて、
ララ様に送りました。
そろそろサウザー様のところへ様が到着された頃合。
今日は特別な予定もございませんので、
サウザー様は上機嫌でお戻りになることでしょう。
さあ、夕餉の準備に戻らねば。






ビーンさんから連絡が届きました。
目を通すと、
様はこってりと甘いお菓子がお好きなご様子。

常道であれば、私はこってりと甘いお菓子をお勧めすべきでしょう。
しかし、様もご自身で何かご用意されるはず。

アイリ様も年若い女性でございますので、
甘い甘いお菓子をご用意されるはず。
私も女でございますので、
そういうときに女同士で用意するとどうなるか、
多少なりとも覚えがございます。
そこでサウザー様の株を上げるためにすべきことは何か。

それは、その甘いお菓子になれた口を切り替える物を用意すること。

これに違いありません。
パティスリーの名前と、商品名のリストを眺め、
私は確信いたしました。
サウザー様も以前いくつか召し上がられた、
少しほろ苦いココア風味の焼き菓子が最適であると。

翌日、サウザー様にお伝えしますと、
それを手配しておくようにと仰せつかりました。
お菓子にしては値が張る物ではございますが、
サウザー様は全く気にされる様子がござませんでした。

間に合いました。
ビーンさんから伺っていた女子会の予定は、明後日でございます。
今日の午後購入し、
明日の午前中に渡しておけば全く問題無いでしょう。
そういう段取りで、仕事を終えました。






ララ様から手紙が届き、購入予定の菓子が判明致しました。
これであればサウザー様も納得されるでしょうが、
様やアイリ様が果たして好まれるかどうか……

しかし、私のような男には分からぬ気配りがあるのでしょう。
我らにできることといえば、
この菓子の存在を際立たせるために、
様の口に似たものが入らぬようにすることです。

幸い、様はほとんどの食事をお屋敷でとってくださいます。
厨房に連絡を入れ、
用意するデザートの再考を要請します。

厨房の方でも、様は女神と讃えられてございます。
サウザー様が様と食事をなさると、
叱責される回数が激減いたします。
この屋敷の者は皆、
様がこの屋敷に長く、長く逗留してくださることを、
心より願っております。






外出されるサウザー様にお菓子を渡し、
私は部屋でネルの修理をしておりました。
様は不器用なようで、
お手製のネルもところどころほつれております。
こっそりと直しておけばサウザー様のご機嫌も悪化しません。

そうして一人でおりますと、
急に扉が開きました。
誰かと顔を上げると、
見知らぬ若い女性がひょこりと顔を覗かせました。

私は確信いたしました。
彼女こそが様であると。

「こんにちは?」

「あー……すみません、ちょっとお邪魔します。
 午後から来てるです」

はにかんだ笑みを浮かべて、様は部屋にお入りになり、
まっすぐ炊事場に向かわれました。
そこには、様が来られてから増え続ける、
もらい物の菓子折りなどが蓄積されております。
その中から、様はいくつかの菓子折りを選ばれました。

私の目論見は外れておりませんでした。
様が選ばれたのは、
どれもこってりと甘い菓子ばかりでございます。

「友人とのお茶会にいくつかもらっていくんですけど、
 サウザーには内緒にしておいてくださいね?」

様が必死な様子でお願いされたので、
私はつい笑みを浮かべてしまいました。

「もちろんでございます。
 こちらの物も、有名なお店ですよ」

と、甘い菓子を一つ勧めました。
これだけあれば、
サウザー様が渡す菓子の存在価値が上がるというもの。
様は嬉しそうに抱えてお帰りになりました。

完璧でございます。
あとは、サウザー様がさりげなくお菓子を渡すだけ。

人間、一度手に入れたものを手放すのは苦痛が伴います。
ですから、わたし達は明日も、明後日も、
様がどこかへ消えてしまわないよう、
全力を尽くしてつかまえて……げふんっ
全力を尽くしてお仕えする所存です。