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が目覚めると、サウザーはとうの昔に出かけていた。
そんなに寝坊しただろうか、
と訝りつつ出された果物を食べる。
食事を終えると、お風呂の用意ができたといわれた。
そんな贅沢な、と思ったが、
入らなければ優しく、しかし強固に諭されそうな気配がして、
はおとなしく従った。
脱衣所には角ばった字のメモが置かれていて、
浴室の中にある備品の説明がみっしりと書かれていた。
それを多少面倒に思いつつ読んでから、
ぴかぴかに磨き上げられたお風呂に入って、
とりあえず髪と体を洗う。
「こちらにお召し物を置いておきますね」
皿を片付けに来た女性の声だった。
風呂から上がると、
寝巻きは回収され、
バスタオルと二つの箱が置かれていた。
なぜ二箱もあるのか、
と思いながら蓋を開けて、絶句した。
ひとつめの箱には、
真紅のドレスが入っていた。
着れば女らしさが強調できるものと推測されるが、
どうやって彼はサイズを測ったのだろうか。
ふたつめの箱には、
鮮やかな黄色の動きやすそうな服が入っていた。
着れば動きやすいこと請け合いだったが、
いかんせん両サイドのスリットが深すぎた。
それぞれの箱には、それぞれ必要な装身具も入っていた。
ベルトやネックレス、ピアス。
は断腸の思いでふたつめの箱を選択した。
貴金属は身につけるのも緊張する、
というなんとも貧乏くさい理由だった。
箱から引っ張り出して、やはり少し後悔した。
カナリヤイエローの袖なしワンピース(両サイドスリット入り)、
深い青のベルト、
白いタンクトップ、
ベージュのショートパンツ、
ダークベージュのひざ丈ブーツ。
目に痛い上に脚が丸見えである。
ショートパンツがあるのがせめてもの救いか。
わざわざ用意してくれたのだから文句を言うまい、
と、
は腹をくくった。
どうせ、文句をつけると、
とばっちりは先ほど箱をおいていったような人に向かうのだ。
汚してはまずいのではないかと思ったが、
なまるから動けといったのはサウザーなのだし、
これだって多少汚したってかまわないのだろう。
そう自分に必死で言い聞かせつつ、
着替えて、ストレッチをしていつもの通り型の練習をした。
いつもと違うのは、敵を想定したことだった。
少し気分は悪くなるが、
以前サウザーに水を掛けられたときのように、
体がこわばって動かなくなることはなかった。
お昼頃にはなんと、リーナが部屋に入ってきた。
「
さん!」と感極まって泣いてしまったが、
はリーナと分かれた後の記憶は曖昧だった。
「わたしもとんだ勘違いをしていて…」
来るのが遅れてしまった、とリーナは詫びた。
リーナはシェルターの中から玄関前の惨劇を見ていたそうだ。
ひとつしか表示されていなかったから、
すぐに
の姿を見つけることができた。
もしフドウに再会したときには、
の勇士を彼に伝えられるのは自分ひとり。
悲壮な覚悟で、
の姿を見つめていた。
そして、最後に現れた男に
は捕らえられ、
連れ去られた。
「それがサウザー様だったなんて…。
画像が荒かったにせよ、失礼なことをしてしまいました」
そう言って恥ずかしい、と顔を伏せてしまう。
詳しく問いただしてみると、
は玄関先で押し寄せる夜盗と一人で戦っていたのだという。
は記憶を手繰り寄せてみた。
が、あの悪夢は現実には夜盗と戦っていたわけで、
やはりあれは混乱して見た夢だったのだ。
そう納得しかけて、自分の思い違いに気がついた。
悪夢の中で出会った“強い父”は、サウザーだった?
一人で混乱している
を尻目に、
リーナは話を続ける。
「こちらへ来るのが遅れたのは、
フドウ様と合流するためでございました。
今朝方到着されて、こちらに向かうように、と。
さんの無事をお伝えし喜んでいらっしゃいましたよ。
雑用があるとかで遅くなると仰せでしたが、
今晩にも一度顔を出す、と」
フドウが来る!
は嬉しくて、悩みを一度脇へ置いた。
そういえば、シュウにもまだ会っていない。
白鷺拳の使い手としてきちんと名乗れるのだ、
と伝えて、褒めてもらいたかった。
そうと決まれば、最初にやるべきことがあった。
「あ、そうだ、リーナ、
お願いがあるんだけど…」
服を持ってきてほしい。
そう伝えると、
の服を上から下まで眺めて笑った。
「わかりました」と、短く返事をして部屋を出て行く。
それと入れ違いに、
先ほど服を持ってきた女性が入ってきた。
曰く、庭先へしばらく出すように命じられているという。
サウザーは、本当は暇なんじゃなかろうか。
は本心からそう思った。
だらだらしていたのは短い間だとばかり思っていたが、
太陽の下へ出るとやはり体力が落ちているように思われた。
それだけで疲れそうな気分である。
庭は手入れが行き届いており、
鍛錬なんかもできそうな施設もちょこちょこある。
とりあえず木陰に入って、
これから何をしようかと考える。
毎日のルーチンはこなしたし、
出かけるとサウザーがうるさいんだろうか、
という疑惑がある。
屋敷に戻ると押し返されそうだし、
しかたなく二度目のルーチンに入る。
それがひと段落する頃、
リーナと同じくフドウの屋敷で見た管理人の男が、
庭先に現れた。
「
さん、フドウ様が近くまで来られてますよ。
驚かせに行きませんか?」
今ならサウザーも一緒に驚かせられるかもしれません、
と男は笑った。
フドウに早く会いたかった。
それで、サウザーを驚かせられるなら面白そうだ。
は屋敷の人間に少し出かけると言ってみたが、
やさしく、はっきりと断られたので、
こっそり庭から抜け出した。
しばらく行ったところにバイクが置いてあり、
は案内されるままに、バイクに乗った。
サウザーは一日分の仕事を半日で終わらせて、
その後部下のミスの尻拭いをして時間が延びて、
少し遅れておやつ時には屋敷に戻ってきた。
仕事に出て一つ幸運だったのは、
フドウと連絡がとれたことだった。
彼はもう街に到着し、今晩にでも来訪するという。
素早い対応だった。
屋敷に帰ってきて最初に確認したのは、
がどちらの服を選択したのか、ということだった。
まあ、ドレスは着ないだろうと予測していた。
女物で動きやすい服の手配に手間取ったが、
適当なデザインのものが見つかったと聞いている。
全て任せていたので、
が気に入るかどうかは分からなかったが。
コーヒーと茶菓子の支度を二人分するように命じて、
の居場所を質す。
一人の下女が困ったような顔で、
「
様は外出なされました」と言った。
フドウが到着したという話だから、
もしかすると屋敷へ戻ったのかもしれない。
まあ、サウザーが勝手につれてきたのである。
フドウがくれば戻るのも道理か、と納得した。
彼には既に連絡済みであり、
何がしか返信がこれから来るのかもしれない。
しばらくして、
フドウの屋敷で働いていたという下女が戻ってきた。
これはおかしい。
に一度会ったかどうかを確認して、
彼女の居場所を尋ねる。
「フドウの屋敷ではないのか?」
「いえ、私に置いてきた服を取りに行かせたくらいです。
お聞きしたとおり、
今晩にもフドウ様が来訪するともお伝えしました」
サウザーが屋敷を取り仕切る男を呼び出して、質すと、
果たしてその通りだという。
困りきった顔をしたその下女に、
家の者の一人が口を開いた。
「そういえば、
様は男性を伴っておられましたよ」
ああ、とそれでまた別の一人が口を出した。
「あの、フドウさんの屋敷で働いてた人じゃないですか?
様と一緒に村から持ってきたバイクを預けたときに見た気がする」
そう、言った。
その言葉にリーナの顔が青くなった。
容姿の特徴を確認して、わなわな、と震える。
「…あの男、騒ぎが起きたときから姿が見えなかったのに!」
サウザーは頭痛を感じた。
はどうやら、サウザーの神経を逆撫でする達人らしい。
初対面のときからそうだったのだから。
おとなしく屋敷におれば、
おおよその面倒は避けられたものを!
「出すな、と言ったはずだが……
どうせ勝手に出て行ったのだろう。
すぐに動かせる人間を全て使って探させろ!」
どんな服を着たのかと尋ねると、
下女は思い出したのか微笑んだ。
「カナリアイエローの、深くスリットが入ったワンピースです。
かなり、目立つと思いますよ」
カナリアイエロー。
そんな目立つ色の服を用意した部下を、
サウザーは珍しく褒めてやろうと思った。
「ここでお待ちください。
もうじき来られますよ」
そう言うと、
は素直にうなずいた。
管理人の男、カイトは
を置いてバイクのところへ戻った。
あとは夜盗の残党の、
名前は忘れたが誰かが
を殺してくれるはずである。
そもそも、カイトはフドウを憎んでいた。
何が善のフドウか。
奴は昔カイトの家族を虫けらのように殺し、
財産を強奪していった。
そのときの冷たい目を、
カイトは一日たりとも忘れたことはなかった。
しかし、カイト本人にフドウに復讐する力はなかった。
屋敷の管理人としてもぐりこんだものの、
復讐の機会はまったく巡ってこなかった。
その間シェルターのカメラをせっせと壊し、
自分のせいだと分からぬようないやがらせくらいしかできなかった。
それが、あの夜報われるはずだった。
夜盗の一人は旧知の仲だったので、
襲撃に加担しろと言われたときは二つ返事で快諾した。
城壁のしかけをこっそり壊したり、
入りやすいように爆薬を仕掛けたりした。
そうして、
物陰からフドウの屋敷が燃えるのを待っていた。
火の手が徐々に迫り、フドウの兵士がのこり少なくなり、
そろそろ火をつけようとしたときである。
が玄関から出てきた。
兵士は全滅したが、
は死ななかった。
そして、あろうことか襲い来る夜盗を全て撃退した。
そこへサウザーが現れ、
を担いでいってしまった。
その間、動くことができなかった。
身を潜めていた物陰から出ると、
に殺されそうだったからだ。
静まり返った庭から抜け出し、
潜んでいた夜盗と合流した。
どうやら、彼らにとって重要なのは、
フドウへの報復と、
南斗六星の誰かに仕返しをすることらしかった。
フドウが育てている女、
そして、あのサウザーがフドウの村から連れ帰った女、
と触れ込みで紹介すると、すぐに食いついた。
そして、彼女を連れてくることに成功した。
は今、一人だ。
あのときは鬼人のような戦いを見せたが、
不意打ちを受ければ彼女もひとたまりもないだろう。
夜盗は憂さ晴らしができて、
自分は復讐ができる。
完璧な計画だった。
あとはさっさと逃げるだけである。
が乗ってきた方のガソリンを抜き、
自分のバイクに継ぎ足す。
良い気分だった。
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