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は怒号と悲鳴が入り混じった声で目が覚めた。
跳ね起きて、窓から外の様子を伺う。
「っ!?」
街は火につつまれていた。
がいる屋敷の周辺は特に火の手が激しく、
広範囲で焼けていること以外はよく分からない。
部屋の扉が乱暴にノックされ、
向こうからユウトの声が聞こえた。
「
さん!!
起きて下さい!!」
が急いで扉を開けると、
厳しい顔をしたユウトがすぐにシェルターへ向かうように、
と言い残して階段を駆け下りていった。
急いで一階に下りると、
食料をシェルターに運び込むリーナに出くわした。
「何があったの!?」
「私にもそれが、わからないのです!
ともかく夜盗の襲撃を受けています。
食料を持ってシェルターに向かえ、と言われて」
この屋敷には、30人程度が入れる核シェルターが用意されている。
それを閉じてしまえば夜盗ごときにはどうすることもできず、
命くらいは助かるだろうという算段なのだろう。
おろおろとしているリーナをなだめて、
シェルターに向かう。
そうしながら、
は己の無力さをかみ締めていた。
(私が出ても足手まといにしか…!)
サウザーの呆れたような顔を思い出した。
何故攻撃できないのか、自分でも分からない。
何故、何故、と問うても答えが無い。
「リーナ!
早くシェルターに入って扉を閉めろ!!!」
ユウトの叫び声が聞こえた。
「あなた達は!?」
「フドウ様には返しきれない恩がある。
今こそ、返すときだと皆思ってるのさ。
さんを生かしてフドウ様に会わせるんだ。
きっと、シェルターに入るんだぞ!」
そう言って、ユウトは玄関の扉を閉めた。
呆然と立ち尽くす
を尻目に、
リーナは内側から鍵をかけて、
覚悟を決めたような顔でシェルターへ向かう。
『なぜお前は攻撃するときに加減する』
そう言った、サウザーの顔を思い出した。
『なぜできん』
怒りをはらんだ、サウザーの声。
彼は何に対して怒っていたのだろうか。
ふがいない
に対して?
攻撃できない
に対して、
一番腹を立ててるのは
自身だ。
『目の前に相手がいると思うんだ。
そうして、はじめてこの型が攻撃として成り立つ』
シュウが、やさしく教えてくれた言葉を思い出した。
できるはずだ。
そう、彼が教えてくれなかったはずが無い。
なぜか、忘れてしまったけれど。
「ごめん、やっぱり私、みんなと戦います」
足を止めて、
はそう断言した。
リーナは無言で振り返り、
の手を掴んだ。
シェルターの入り口はもう目の前である。
「いけません。
ユウト達の覚悟を無駄にする気ですか?」
「私はシュウの弟子で、シバの師匠だから。
ここで戦えなかったら、後悔する。
フドウの父さんにも会わせる顔がなくなるし」
笑って、
はリーナをつきとばした。
急いで扉を閉めるボタンを押して、
自分は外へ飛び出す。
「
さん!!」
身を起こしたリーナが悲鳴に近い声をあげた。
分厚い扉が閉まりはじめた。
「また後で。
出てきたら駄目だから」
くるり、と踵を返して
は玄関に向かった。
鍵を開けて外へ出る。
途端に、熱気が全身に吹き付けた。
「
さん!?」
その言葉と、
立っていた若草色の服を着た最後の人間の頭に、
斧が振り下ろされたのはほぼ同時だった。
「あん?
結構な上玉が自分から出てきやがったぜ!!」
「へへへ、こりゃ高く売れるかもな!」
ユウトは、血の海に倒れていた。
それを見て、
は全身から脂汗が噴出した。
「おい、おとなしくしてりゃ、
それなりの待遇にしてやるぜ?」
血まみれの斧を死体から抜き取った一人が近づいてくる。
殺さなければ、殺される。
それは理解している。
しかし、動けなかった。
こんな血の海を以前にも見たような気がした。
吐き気がするほど嫌な気分だ。
攻撃をしよう、としたときと同じくらいに。
夜盗の手が、肩に触れそうになる。
我慢ができず、
は夜盗を突き飛ばした。
「うおっ!?」
「このクソ女ァっ!」
夜盗たちが武器を振り上げて近づいてくる。
攻撃するのだ。
できるはずだ。
型どおり、相手に狙いを合わせて。
攻撃。
「死ねえええっ!」
は夜盗のガラ空きのわき腹を蹴った。
よろめいたところを、防具のない首を狙って攻撃する。
攻撃するのだ。
できるはずだ。
殺さねば。
殺されるのだ。
ひゅぱ。
の蹴りが、夜盗の首に命中した。
そして、動脈から鮮やかな血が噴き出した。
『殺してやる』
思い出した。
『どうして?
どうして?』
なぜ忘れていたのだろう。
はそのときも、死にたくない一心だった。
型どおりに、相手をよろけさせて、
そして致命傷となる一撃を。
兄弟子であり、
越えるべき目標であり、
また、白鷺拳を介して誰よりも
を可愛がってくれた父に。
どう、と夜盗が地面に倒れた。
動脈を切ったのか血の雨が降っている。
あのときはシュウが、助けに来てくれた。
でも、彼は今夜盗の討伐に街を離れている。
フドウはどこかを旅している。
殺したくない。
でも、殺されたくない。
お父さん。
お父さん。
ユダは高笑いしながら目の前の夜盗を殺した。
血が噴き出し、
辺りを美しい緋色に染める。
「お、お前、裏切ったな!?」
わざわざ南斗六星のうち、三人が出る必要があったのは、
ひとえに、ユダの目の前にいる拳法使いがいたからである。
「裏切った?
妖星のユダが夜盗ごときに与するとでも?」
彼はそれなりの使い手である。
現にユダの手勢の一部は、
彼によって甚大な損害を被っている。
「思い上がるな!」
ユダの神速の攻撃が、
“それなりの使い手”の体を二つに裂いた。
つまりは、その程度の使い手であった。
街のほとんどは既に、ユダとレイの部隊で制圧されている。
シンの部隊が到着したという連絡が届いたので、
レイの方を手伝ってやるようにと伝える。
重要なのは、
ユダが制圧している地域にフドウの屋敷が含まれることである。
伝令に囲いをさらに縮めるように命令し、
フドウの屋敷に残党がフドウの屋敷一帯に密集するように仕向ける。
それが彼らの目的だったのだから。
まあ、目的のフドウは今は居ないが。
それであの腹立たしい小娘が死ねば良いし、
死ななければそれはそれで、
痛い目を見ることには違い無いだろう。
サウザーも彼女を見捨てたようだし、
ちょうど良い機会である。
我ながらうまく立ち回ったものだと思うが、
まだまだ気を許してはならない。
しばらくしてから自分の目で様子を確かめてやろう。
そう決めて、
目の前に広がる緋色の世界を暫し楽しむことにした。
サウザーが街に到着したころには、
既に秩序は回復しつつあった。
消火作業はすすみ、
街の一部を除いて静かなものだった。
サウザーと同時に到着した部下に情報を集めるよう命令し、
遅れている者には順次ユダとレイの部隊の援護に向かうよう、
伝える手配をした。
近くに居たシンの部隊と思われる兵士を捕まえて状況を聞くと、
大きな屋敷が並ぶ地域が一番被害が大きく、
火の手もそこを中心に上がっているという。
腹立ち紛れに夜盗の殲滅でもしてやろう、
そう決めてサウザーはその兵士からバイクを接収した。
人の流れとは逆に、燃え盛る住宅街に入る。
悲鳴はほとんど聞こえず、
消火作業中の者や怪我人の声が聞こえるばかりである。
その辺りでもう一人捕まえ、
もうユダの包囲網も随分狭められたと聞いた。
それは、フドウの屋敷周辺だった。
のことを思い出し、
サウザーは舌打ちした。
怒られると勘違いした兵士が平伏するのを無視して、
さっさとそちらに向かう。
(戦えもせぬ者が、前に出るわけも無い、か)
フドウの軍が、一部駐留していたはずである。
そう思いつつ問題の地域に近づくと、
わらわらと集まるユダの部隊の姿が見えた。
サウザーの姿を見つけると、
小さな悲鳴とともに道があいた。
何か後ろめたいことでもあるのか、
ひきつった顔をした者がちらほら居る。
詰問する気分ではなかったので通り過ぎた。
そこを超えてから、漸く悲鳴や怒号が聞こえてくる。
わき道から人影(おそらく夜盗)が飛び出してきたので、
反射的に打ち殺す。
「化け物が何匹も居るなんて、
聞いてないぞ……!」
(化け物?
ユダかレイか?)
到着すれば分かるか、
と思い直してエンジンをふかした。
騒ぎがの中心はフドウの屋敷だった。
サウザーはバイクを降り、
開け放たれた門をくぐった。
「ぎゃあああっ!!」
悲鳴。
「死ねぇええ!!」
怒号。
それらの中心で、真っ赤な人間が動いていた。
舞のように流れるように、
的確に急所を狙って。
残っていた僅かな夜盗が、
その赤い人間とサウザーを見比べて、
赤い人間の方へまとめて走り出した。
それらの雑魚は一瞬で片付けられて、
鮮血を噴き出しながら倒れた。
赤い人間は、
だった。
庭先にはおびただしい数の死体が転がり、
それらはほとんど全て関節に傷がある。
彼女の力では人体を分断するほどの威力も出ず、
それを自覚して効率的な戦い方をしている。
「おい、お前……」
サウザーが近づくと、
は勢い良く振り返った。
(泣いている?)
揺らめくその明かりの中で、
は泣いているように見えた。
その上から返り血を浴び続けたのだろう、
涙なのか血なのか、頬を流れる液体は判別できない。
は無言で間合いを詰め、
頭を狙ったとび蹴りを繰り出した。
防ぐには強すぎると感じ、
サウザーは先に間合いをつめて思い切り突き飛ばした。
は体勢を崩して、地面に倒れた。
しかし、跳ね起きて向かってくる。
放っておくと再び攻撃されかねないので、
とっさに
の腕を背後にひねり上げた。
ふと、フドウの村で見つけたときのことを思い出す。
そのときと違うのは、
直前に攻撃をしかけてきたところである。
「俺に向かってくるとは良い度胸だな」
攻撃してきたということは、
フドウの言葉が正しければ記憶を取り戻したことになる。
サウザーは
の行動を封じたものの、
それからのことは何も考えていなかった。
「……どうしてあのときは、とめてくれなかったの?」
しばらくして、
は蚊の鳴くような声でつぶやいて、
体から力が抜けた。
思わず、抱きとめた。
台詞から考えると、サウザーをあの日の父だと思ったのだろうか。
だとしたら、
とめてほしかったというのが
の望みだったのだろう。
避けられたはずだ。
そういえば、自分がオウガイを殺したときもそう思っていた。
結論から言うとサウザーはオウガイを越えたから、
は父を越えたから殺せたのだろう。
それだけのことだが、
サウザーも
も、父を殺したいとは露ほども思っていなかった。
(この死体の数だけ
は父を殺したのだろうか)
サウザーは周囲に散らばる死体を眺めた。
何度も、何度も、
をとめてくれる強い父を求めて。
サウザーは、自分が捨て去った弱い自分を見つけた気がした。
そして、すぐにそれを自分で否定した。
(俺とは違う。
愚かな考えだ)
そう思ったが、
このまま放っておく気にはならなかった。
肩に担いで、来た道を戻る。
とりあえず、自分の屋敷に放り込んで手当てをさせよう。
門をくぐったところで、
上機嫌なユダに出会った。
彼はサウザーを見つけると微笑みながら、
「あと少しで完全に制圧できます」と言った。
サウザーは道を塞いでいた兵士たちを思い出した。
そして、合点がいった。
「責任の追及はせん。
ありがたく思えよ」
ユダの顔がひきつった。
サウザーが担いでいる人間が誰か、気がついたらしい。
「さっさと制圧しろ」とだけ告げて、
の手当てをすべく、一度自宅へ戻った。
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