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夜盗の拠点制圧に向かう前に、
シュウはフドウを自分の部屋に迎えていた。
サウザーがいつもどおり不機嫌そうな様子で座っている。
それで何事か察したのか、
フドウは随分気が重い様子でソファにかけた。

はシバといつもの広場に居る。
朝見たときは、の様子は至って普通だった。
どちらかというと明るく、
「もうサウザーのところへ行かなくて良くなった」と報告してくれた。

その明るい声を思い出しながら、
シュウは事の顛末を説明した。

「……ということがあったそうなのだが、
 フドウ、に何があったのだ」

昨日サウザーに聞いた話をすると、
フドウは顔を曇らせた。

「シュウがの父を殺したという記憶を消したのか?」

サウザーが吐き捨てるように言った。
彼がその事件を覚えていることに驚いたが、
今はそれを指摘する場面ではない。

「それは違う。
 は、自らの拳で父を殺したんです」

フドウがちらり、とこちらを見る。
サウザーもシュウを睨み付けた。
この件に関しては自分からは何も言うまい、と決めている。
だが、誰かが必要があって話すのは別だ。
シュウは苦笑した。

「シュウはに相談を受けていた。
 父がおかしい、と。
 いつもが家に居ると暴れるのだと。
 だからあの日、シュウは彼女の家を訪ねたのです。

 の父は、脚を怪我してからずっと荒れていました。
 その怪我が元で白鷺拳の伝承者への道は完全に閉ざされたので。
 に夢を託していたようですが、
 それも途中から狂っていったようです。
 まあ、彼女は女だから。

 私はシュウからも、当時のからも事情を聞いております。
 その日も父は暴れ、
 ついに母の首を絞めて殺してしまった。
 抱かれていた赤子はそのとき殴り殺されたんです。

 彼女はそれを止められなかった。
 父をまだ見捨てられなかったから。
 だが、父はも殺そうとした。
 だから反射的に、身を守ろうと、全力で蹴った。

 シュウが家を訪ねたとき、
 扉を開けたのは血まみれのでした。
 彼女の父は、のどを裂かれて死んでおったそうです。
 体を分断するほどでもなかったようですが、
 彼女もまた、南斗聖拳の使い手でありました。

 シュウはその場で父の首を切り落としました。
 兄弟子を殺したのは自分だ、と。
 だから何も心配することはない、と。

 そして抜け殻のようなを連れて、
 私のところへ来たのです。
 シュウは出頭が遅れ、あらぬ疑いをかけられたのはそのためです。

 私も努力はしましたが、
 は衰弱していきました。
 食欲は無く、また、生きる意志を失っていました。
 なす術がありませんでした。

 私は、北斗神拳の道場にも出入りしておりましたので、
 をつれて行き、
 継承者候補のある一人に協力を願いました。
 彼女を苦しめている記憶を消してほしい、と。

 願いは聞き入れられ、は家族と、
 父との思い出である拳を忘れました。
 しかし、シュウは忘れなかった。
 シュウとの約束も忘れなかった。
 だから、彼女の拳には攻撃する意思はなく、
 ただ動作を滑らかに続けるだけの、舞のような拳になったのです」

「……そうか」

シュウは頭をかかえた。
自分はそのとき、に何もしてやれなかった。
しばらくしてからフドウの村を訪れたとき、
少しやせたような気はしていたが、
は昔と同じように接してくれたのではなかったか。

今朝のあの声も、
あの忌まわしい記憶を全てなくしていたから。

「いや、私もそれで良いと思っておったのです。
 だからサウザー、もうを手放してくれんか?
 守られて、子ども達に慕われて、
 幸せになってほしいと思う親心から、そう言うのです」

サウザーは無言だった。
先ほどから毛ほども表情が変わった様子はなかったが、
何事か考えているようだった。

「……心配せずとも、役立たずに用は無い。
 どこへなりとも連れて行け」

ほう、とフドウは大きな安堵のため息をついた。

「ありがたい。
 ではシュウ、を頼みます」

「すぐ街を離れるのか?」

「はい。
 すこし、また別な用もありますので」

では、と言ってフドウは部屋を出て行った。
サウザーは何事か考えていたようだったが、
「今日はユダとシンが交代したが、作戦に変更は無い」と、
事務連絡をして大人しく帰っていった。

そういえば、午後から出立するのだった、とシュウは思い出した。
戻ってきたら、またシバとアイリとの、
あの広場の鍛錬に出よう。
そう、心に決めた。






はシバとの鍛錬を終えて、屋敷に戻っていた。
フドウが午前中に来て、そして出て行ってしまったと聞いて、
心底残念に思った。

(もうサウザーのところに行かなくていいって、
 伝えたかったのだけどなあ…)

リーナはそんなを慰めるように、
茶菓子とお茶を出してくれた。

急に午後からの時間が自由になったので、
やることがまったく無い。
屋敷でぼんやりするのも勿体無いような気がして、
は買い物に出かけた。

都会にはたくさんの物があり、
おいしそうなお菓子や、
綺麗な衣装、
フドウの村の子ども達が喜びそうなおもちゃがたくさんあった。
以前は買い物リストの物だけを見て足早に通り過ぎたので、
新たな発見があって面白かった。

夕暮れ時には屋敷に帰り、
用意された晩御飯を食べる。

「フドウの父さんは次はいつくるの?」

とリーナに問うと、

「また近いうちに寄る、と仰せでしたよ」

という答えが返ってきた。
会いに来るといっていたのに、
が街に出てから今回が初めての来訪だったのだ。
近いうち、というのはあまり期待してはいけない。

フドウの部下が今日は何人か別の棟に泊まるらしく、
庭先ががやがやと騒がしい。
そのざわめきが村を思い起こさせて、
すれ違いになったことがより寂しく感じた。

サウザーに水をかけられてから数日、
あまりきちんとした睡眠がとれていない。
は部屋に戻って、
少しだけまどろむつもりでベッドに横になった。
フドウに会えれば、安心できる気がする。

嫌なことは全部、
あの優しい大きな手で掬い取ってくれるはずだから。

ぼんやりとそんなことを思いながら、目を瞑った。
朝からシバや子ども達の相手をして、
じわりじわりと睡魔がの意識を覆っていった。





サウザーは不機嫌なまま、手勢をつれて夜道を進んでいた。
夜盗の拠点は三箇所。
シン、シュウ、サウザーの三隊で同時に攻撃する。
それ以外の拠点は無いことは確認済みだ。
これで根絶やしにすれば、しばらく楽ができるというものだ。

何故サウザーや他の六星が出てきているのか。
それはこの夜盗がここまで拡大することになった理由でもあるが、
拳の使い手がいるという話だったのだ。
討伐に出した隊が手ひどく返り討ちに遭うことも多く、
一斉に叩き潰すこととなったのだった。

前方で戦闘が始まる。
兵力的にはこちらが優勢なので、
放っておいても時間があれば終わるだろう。
もし件の使い手が出てきた場合は、
サウザー自身が出てさっさと終わらせれば良い。

それにしても、と嘆息する。

は父殺しの記憶を消したのか……)

なんとも羨ましいことである。
サウザーがどれほど嘆き、悲しんだと思っているのか。
しかし、それを乗り越えてこそ将星である。
凡人とは違うのだ。

戦闘はだらだらと続き、
いい加減さっさと終わらせろと思い始めたころである。
シンの部隊の一人がサウザーの元へ駆けつけた。

「どうした」

「それが、我らが向かった拠点には人影は無く、
 今は若手を中心に編成されたシュウ様に加勢するべく移動しております。
 ですが、どうもそちらの拠点も、
 守勢に徹しているようで……」

困ったように伝令が言う。

「こちらはどうなっている」

「は、
 こちらも同じく敵は篭城と決めているのか、
 拠点の入り口をこじ開けるのに苦戦しております」

面倒なことになったものだ。
シンが向かった拠点の者はどこへ消えたのか。

「良い、そのまま続けろと伝えろ」

「は!」

伝令が走っていく。
なんとなく、嫌な予感がした。

しばらくして、今度は意外にもレイの部隊から伝令が来た。

「さ、サウザー様、
 街が夜盗本隊に襲われております!」

「なんだと!」

サウザーはソファに深く座っていた体を起こした。

「どうやら情報がリークされていたらしく、
 警備が手薄なところから侵入を許し、
 現在街中でユダ様、レイ様の部隊で掃討中です!」

だしぬかれた、という事実が不愉快でならなかった。
帰ったらそのリークした人間を虱潰しに探し、
八つ裂きにしてやらねばなるまい。

「シュウのところにいるシンの部隊に、
 一部を残して街へ戻るよう伝えろ。
 ここはすぐに終わらせる」

伝令はサウザーの怒りを察したのか、
「は!」と短く返事して駆けて行った。
圧倒的な力で殲滅して、さっさと街に戻るのみだ。

サウザーは近くにあった槍を手にとり、
門に近づいた。
篭城戦で正確な指示が出ているならば、
指示を出している人間は前線にいるはずである。
様子を見て、それらしき影に向かって槍を投げた。
汚らしい悲鳴とともに、影は地面に落ちた。

「火を掛けろ、焼き尽くすのだ!!」

怒りのままに命令を出し、油をつめた壜を投げさせる。
火の手はすぐに広がり、中から悲鳴が聞こえ始めた。
指揮官を失った集団とは、もろいものである。

そこから、すぐに状況は変化した。
門は内側から開かれ、降伏を宣言してきた。
が、サウザーはそれを許さず全て殺させた。
何故こんなところで時間を取られたのかと呆れる。

部下の中から夜目の利く者と、
投擲の得意な者を選んでシュウのところへ行くよう指示を出し、
残り全員に帰還の命令を出た。

街が見える所まで出ると、
火の手が上がっているのか空が明るかった。






レイはアイリの無事を確認して、胸をなでおろした。

「アイリ、シェルターに入っていろ。
 俺が戻るまで出るんじゃないぞ?」

アイリはこくこく、と首を縦に振った。
それにしても、なんと準備の良い夜盗であることか。
どこかから情報が漏れたとしか思えない周到ぶりで、
警備の手薄なところから小隊で侵入し、
見つけては潰すを繰り返しているが、
際限なく沸いてくるように感じられる。

「兄さん、さんを……」

アイリの言葉を最後まで聞いている余裕は無い。
今のところ、処罰を覚悟でレイは副官に指示を任せ、
アイリのところへやってきたのだから。

「わかった、助ける、約束する。
 だから、おとなしくしてるんだ」

そういって、無理やりシェルターの扉を閉めた。
ここならば、何があってもしばらく大丈夫だ。

ほどの使い手ならば無事であろう、とレイは思ったが、
そういえば、彼女の拳の癖を思い出した。
あの拳は美しいだけで、敵を倒すことを目的としていない。
女性なのだから、それで良いだろう。
戦うのは男の役目だ。

アイリの頼みでもあるし、
早くフドウの屋敷へ向かわねばならない。
レイは火の手の上がる住宅街の方へ走り出した。