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暴走するサウザーを見限って、シュウが離脱するという。
レイもそれに従うという。
それに対して、私が言えることは何も無い。

長い間、頑張ってくれた。
これ以上頑張ってくれとは言えなかった。
そのシュウが、一緒に出て行かないかと声をかけてくれた。

それでも私は迷っていた。
おとうさんとの約束があるし、
サウザーは恐ろしい。
しかし、そんなことを考えて、
ずるずると先延ばしにしていたせいで今の惨状がある。

夜中、部屋の外にサウザーが立っている気配がした。
鍵をかけ忘れていたので、怖かった。
暫く間があって、
部屋に入らずに静かに立ち去った。
そのたまに見せる優しさのようなものが判断を鈍らせている。

今のサウザーはもう別物なのだと、まだ理解できないでいる。

自分では逃げられないのだから。
シュウが用意してくれるのだから。
サウザーは私を必要としていないのだし。
私は自分にそう言い聞かせて、シュウについていくと答えた。
準備にはしばらくかかるということだった。

私は時が過ぎるのを、
じりじりとしながら待った。
これほど時の流れが遅いことは、いまだかつて無かった。

そしてその日が来た。

私はお隣さんにちょっと、という顔で出て行こうとした。
そんな日に限ってサウザーは予定外に家にいて、
しかも何かに勘付いているようだった。

「ならん」

時間が迫っている。

「ちょっと用を済ませるだけです」

「ならば他の人間を使え」

こちらをにらみつける目に憎しみがこもっている。
一体何がそんなに不満なのだろうか。

「シュウに逢いにいくのならば、余計に許さん」

驚きを顔に出さないように腐心したつもりだが、
どれほどの成果があったのか、私には分からない。

「違います」

「誰でも同じか。
 この刻限から逢いに行くのに、
 することは一つだろう?」

「たとえそうだったとしても、サウザーには関係ない」

「……俺が何も知らぬと思ったか?
 シュウの息のかかった者の殆どが既に外へ逃げたことなど、
 とうに把握しておるわ!」

返す言葉が無かった。

「来い」

サウザーは私に、避ける隙も与えてくれなかった。
腕を掴まれて、引きずられるようにして移動する。
記憶がフラッシュバックする。

「はなして」

「おとなしく待っていれば、すぐに出してやる。
 なにせ、俺は優しい男だからな」

楽しそうに、凶悪な笑みを浮かべて、
サウザーは私の腕を引いて歩く。
そして、私を部屋に押し込んだ。

おとうさんが、座っている。

「内側からは開けられんようにしておいた。
 まあ、少し待っていろ」

高笑いとともに、ドアが閉まる。
かちゃり、と鍵がかかる音がする。
ぶーん、と空調の音がする。
冷や汗が出てくる。

私は気が狂いそうだった。





帰って来たサウザーは、
約束通りおとうさんの部屋から出してくれた。
私は疲れきっていたので、
すぐに自分の部屋に引っ込んだ。
サウザーは私の部屋に入ってこない。

次の日、シュウやレイが手勢と共に姿を消したことが明らかになった。
それによって組織全体に動揺が走るでもなく、
サウザーは巧妙に人心を掌握していた。

私は自力で脱走する気力をなくした。

ただ諾々とサウザーの命令に従った。
シュウのように、優しい言葉をかけてくれる人はもう居ない。
従ってさえいればサウザーの機嫌は悪くない。
どれだけ人が死のうとも、苦しもうとも、
私は何も考えずオーダーを遂行した。

そのうち、サウザーは「聖帝」と己を称し、
乱世に覇を唱えた。

おとうさんはそんなことを望んでいたのだろうか。
そんなことは無い、と思った。
でも、サウザーは聞く耳を持たないだろうと思ったので、
何も言わなかった。

更に、聖帝は巨大な墓の建設に着手した。
おとうさんを埋葬する意思があったのだというところに私は驚いた。

住まいも変わった。
慣れ親しんだ家を離れ、
城と呼んで差し支えない大きな建物に移った。
変わらないのは、
温度や湿度が管理できるおとうさんの部屋があることくらいである。

その間に、反聖帝を掲げたレジスタンスが各地でゲリラ戦を展開し始めた。
根幹から叩くのが難しいらしく、サウザーは不機嫌になった。
私の関わらない部隊に探らせているようだったが、
詳しいことはよく分からない。

それから暫くして、拳王を名乗るラオウの軍と衝突した。
私は随分昔に会ったときのことを思い出した。
ケンシロウとシュウが戦うのを、
眉一つ動かさずに眺めていた、険しい顔。
サウザーよりも、更に頭一つ分くらい背が高い恵まれた体躯。

ラオウのような人間が南斗に居れば、
サウザーも切磋琢磨するというようなことがあったのだろうか。
好敵手と呼べるような存在が居れば。

私はまた、そんなことを考えていた。

考えても、もう意味は無い。
聖帝軍は、負けはしなかった。
勝ちもしなかった。
ラオウとサウザーは引き分け、そして講和を結んだ。

戻ってきたサウザーは、
怪我を負っていた。
そんな怪我をしている彼を見たのは、
まだおとうさんが生きていたくらいに昔のことである。

「……医者を呼びますか?」

「いらん」

不機嫌なサウザーはソファに座った。
一部が壊れた鎧を外して、腹立ち紛れに投げる。
私はそれを拾って、
使えるものと使えないものを選別する。

城と呼べる場所に居所を移しても、
サウザーは私と共有のスペースを用意していた。
私に拒否権は無い。

しかし、シュウが離脱した日以来サウザーは私に近寄らない。

テーブルの上に脚を投げ出して、
サウザーは背もたれに完全に体重を預けた。
体のあちこちに、傷がある。

私はみかねて応急箱を用意した。
傷口を洗い、消毒する。
その最中、サウザーがぽつりと呟くように言った。


 十字陵が完成したら、お前は好きにしたら良い。
 どこにでも、好きなところへ行け」

私は耳を疑った。

「どういうこと?」

「あれはお師さんの墓だ。
 俺はそこに、俺が愛する物を全て葬る。
 お前は生きているから放り込むわけにいかん。
 だから……だから、好きにしろ」

手を止めてサウザーの顔を見ると、
自嘲するように笑っていた。
その顔は、優しかった頃のサウザーの物でもあった。

「もう良い。
 講和の内容を詰める準備をしておけ」

その顔は一瞬でひっこめられて、
すぐにいつものしかめっ面に戻ってしまった。
訳が分からない。
なぜ、今、あのサウザーが顔を出すのか。

愛する、誰のことを葬るつもりだと言ったのか?

まだ未練でもあるのか、酷く動揺していた。
言われた準備をしながら、私は記憶をさかのぼった。
ずっと欲していた自由が目前にあったが、気分は晴れなかった。