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私はサウザーを止めることは出来なかった。
私兵を集め、
道場破りや賊には嬉々としてむごい仕打ちをする。
傍で、言葉を尽くして理を説いてもどうにもならない。

その疲れがにじみ出ていたのか、
さんが声をかけてくれた。

「お疲れのようですが……」

「うむ……
 最近道場破りも増えてきたからな」

理由はそれだけでは無い。
それは自分で分かっていた。
妻が死んだ。
残された自分は、幼いシバを抱えて途方にくれている。

「シバ君を預かってくれそうな人を探しましょうか?
 今シュウさんに倒れられてしまうと、
 完全に南斗六星が散り散りになってしまいます」

そういって、さんが眉根を寄せる。

確かに、そうなのだった。
六聖拳伝承者はすっかり顔ぶれが変わっていた。
水鳥拳はレイ、
紅鶴拳はユダ、
孤鷲拳はシンという、
若い伝承者へと交代した。

サウザーを止める役目は私一人にのしかかっている。

一人の力ではどうすることもできないので、
私は親友のレイと二人でサウザーを止める方向に圧力をかけている。
ユダはサウザーを煽っているようだ。
シンは何か思惑があるらしく、態度を明確にしていない。

「――……そうだな。
 ここが踏ん張りどころなのかもしれん」

「よろしくお願いします」

さんは安堵したように微笑んだ。
頑張らねば、という思いを新たにした。

そのさんと、サウザーはどことなく距離がある。
今までの距離とは明らかに異なっている。
サウザーの方にもなぜか遠慮があるようで、
よそよそしい空気が漂っている。

「ところで、さんはサウザーと喧嘩でもしたのかな?」

尋ねると、さんの表情が強張った。

「……ええ、そんなところです」

サウザーと同じ答えなのがおかしい。

さんが何かするとは思えないから、
 サウザーに謝るよう促してみたが……。
 もし形だけでも、謝罪があったら許してやってほしい。
 今回のは、サウザーも気にしているようだ」

そう言うと、さんは珍しく渋い顔になった。

「それは……」

「まあ、事情を知らぬ者の話だから、
 話半分に聞いてくれたらそれで良い。
 サウザーも結婚でもして、
 落ち着いてくれたら良いのだが」

守るものがあれば、変わるかもしれない。
そう思う。

「本当に、落ち着いてくれたらどんなに楽か……」

さんは暗い顔のまま、ため息をついた。
私も疲れていたが、彼女の方が深刻に思われた。

さんもサウザーが手から離れたら、
 少しゆっくりすると良い。
 私よりも疲れているようだ」

まるで子どもの話をするような口調になってしまったが、
彼女は最初に出会ったときからずっとサウザーの世話をしている。
そんな口調になっても仕方が無いだろう。
案の定、さんは苦笑した。

「ええ、本当に。
 そろそろお休みを貰いたいです」

ため息とともに吐き出されたその言葉は、
本音がもれ出た言葉に思えて、
よけいに可哀相に思ったのだった。





それから私はサウザーを止めようと努力はした。
しかし、それは失敗し続けた。

今の状況では埒が明かない。

幸い、さんがシバを預かってくれる人を手配してくれた。
サウザーには内緒ということだった。
ありがたい。

シバを預けている間に、
私は自分がサウザーから離脱する準備をすすめた。
レイに相談すると、同意してくれた。
それほどに、サウザーを止めることができていなかった。

不甲斐ない。

それは、最初にサウザーに出会ったときから感じ続けている感覚である。
最初から私は彼を止めることなどできなかった。
さんには悪いことをした。

そこで思い出した。

『そろそろお休みを貰いたいです』

さんが吐き出した言葉。
せめて連れ出してあげることは出来るかもしれない。
その後、反サウザーの軍を立ち上げることは伏せて、
さんには自由を。

おあつらえ向きなことに、
別な人が来ることが多かった連絡も、
最近はさんが持ってくるようになった。
そのときに彼女をつかまえて、
私は彼女に計画を打ち明けた。

「……私が不甲斐ないばっかりに、
 サウザーを止められなかった」

そう言うとさんは少し驚いて、
それから苦笑して首を横に振った。
彼女の笑みは、最近苦笑に固定されている。

「いいえ。
 私も何もできませんでしたから。
 それに、信頼して計画を打ち明けてくださって嬉しいです」

「一緒に出て行くか?」

「……少し、考えさせてください」

その返答に少し不安を感じたが、
打ち明けたからにはもう後に引くことはできない。

「関係ないんですけど、
 オウガイも自分が『不甲斐ない』って謝ってくれたんです。
 ちょっと、思い出してしまいました」

さんは遠い目をして、言った。
辛そうだとは思ったが、かけるべき言葉を私は持たなかった。
それから数日後、
さんは雑用のついでに「一緒に行かせてください」と言った。

それからも、私は準備に東奔西走した。
目が見えぬというのはこういうときに不利である。
納得ずくで手放したものではあったが、
字も見えぬというのは辛い。
その足りぬところは、レイが助けてくれている。
私は良い親友を得ることができた。

そして、離脱するときがきた。
私についてくるという意思を持った人間は、
既に少しずつ街を離れている。
私はさんに時間と場所を伝え、
そこで落ち合って街を出る約束をした。

約束の刻限に約束の場所に行くと、
さんの姿は無かった。

代わりに、サウザーが立っていた。

「シュウ。
 貴様、まだにちょっかいを出しているらしいな?」

他には誰も居ない。
夜の帳が下りた後の、静かで、少し冷たい空気があたりを覆っている。
計画がバレたのかと思ったが、
サウザーはそれを指摘してくる様子は無い。
こういうときに、手足をもぐようにいたぶるのが常なのだが。

「ああ……あんまり彼女が可哀相なのでね。
 サウザー、お前は彼女の気遣いを知っていたのか?」

「知っているとも。
 それがあの女の役目だからな」

攻撃をしかけるでもなく、
サウザーは突っ立っている。
鳳凰拳に構えは無いので、油断はできない。

「お前やレイがこそこそ離脱する準備をしていたことも知っている。
 止めはせん。
 勝手にしろ」

もし彼が先に兵を回していたら、
数で劣る仲間達はひとたまりも無いだろう。
勝手にしろ、という言葉に私は安堵した。

「しかし、は駄目だ。
 あれは俺のものだ」

全ての憎悪がこもった声で、
今までの、軽く流すようなしゃべり方ではなく、
サウザーははっきりと言った。

そこで漸く、私はサウザーの真意を知った。
私を嫌っていたのは、私がさんと親しいから。
サウザーがさんを独占するのを邪魔したから。

今、サウザーががここに居るということは、
彼女が酷い目にあったことは想像に難くない。
しかし、私にはもうどうすることも出来ない。

「さらばだ、シュウ」

サウザーは笑いながら立ち去った。
ここを出た後の手はずだけは整えてある。
彼女を救い出す手段も、技量も、私には無かった。