mistake
が家を出て行くという。
俺と、お師さんを置いて!
許さん。
絶対に、許さん。
は自分の代わりを育てたという。
今日の会議に同行させた女だという。
だから自分がここに残る意味は無いという。
俺はその女の顔を思い出すことすらできなかった。
口うるさいので議場に捨ててきたと言うと、
は絵に描いたような顔で驚いた。
目を丸くするというのは、このような顔なのだな、と思った。
それでも出て行くというから、
俺は
を引きずるようにしてお師さんの前へつれていった。
は何も言わなくなった。
言えなくしたのは、俺だ。
手放したくない。
「昔みたいに戻って……」
は確かにそう言った。
戻ってほしい、だと?
どこへ戻るというのだろうか?
俺を一人きりにしたのは
だというのに?
しかし、そう言われる心当たりは山ほどある。
それを指しているのだろうか。
だとしたら、求められる言葉は一つだけである。
「昔のように
に物を言えば満足か?
優しい、兄のような存在として。
そうさな、不可能ではない」
と言うと、「本当に?」と聞き返してきた。
やはりそれか、馬鹿馬鹿しい。
目が合うと、
は「嘘」と言った。
隠すつもりもなかったので、バレて当然である。
「久しぶりに昔のように口を利いたと思ったら、
酷い言いようだな?
悪い奴だ」
怒りが、感情が自制できない。
俺は無理やりに
を抱いた。
逃がしはしない。
その方法がこれしか思いつかない。
どうにかしてこちらを向かせたかった。
それこそ、昔のように。
昔以上に。
それと同時に「これは違う!」と別の俺が叫んでいる。
は次第に抵抗することもなくなり、
目をきつく閉じていた。
何も見たくないのかもしれなかった。
ひと段落して、やっと落ち着いて、
そうして事態を再確認した。
俺は
を抱き上げて部屋まで連れ帰った。
今度こそ優しくしてやろうと思った。
柔らかい髪を、
細い首筋を、
しなやかな筋肉に覆われた肢体を撫でる。
は小刻みに震えている。
頬に顔を寄せて、初めて泣いていることに気がついた。
心当たりはありすぎる。
しかし、昔のように謝るには俺はひねくれすぎていた。
かける言葉もなく、
の顔を眺めていると、
の唇がかすかに動いた。
「……嫌」
ぽつり、と。
嫌だ、と。
が完全に心を閉ざした音を聞いたような気がした。
触れたことで、よけいに溝が深まった。
それ以上
に触れることができなかった。
拒絶の言葉が、酷く痛い。
「糞っ!」
俺は
を残して、部屋を出た。
行く先はいくらでもあった。
適当な店で酒を飲むことにした。
明日の予定は把握している。
それまでに戻ればよい。
俺に抱かれるのは嫌なのだろう。
俺が傍にいるのも、嫌なのかもしれない。
それでも、手放すことだけは絶対にしたくなかった。
が自分の代わりにと育てた女が辞めたので、
再び
が仕事についた。
そういえば、それも久しぶりのことだった。
随分前から計画を立てていたらしいのだと分かる。
腹が立つ。
には出て行く先が無いので、
が出て行くことを俺が許さないので、
以前と変わらず家の、
の部屋で眠っている。
そのドアの前に立ってみたが、
ドアノブに手をかけることはできなかった。
内側から鍵がかけられていたら。
かけられていたところで蹴破ることもできたが、
それでも無理に入ることが躊躇われた。
拒絶の言葉が耳から離れない。
昔のように朝食を用意して、謝ってみようかとも思ったが、
昔とは違って料理人が朝食の用意をして帰っているし、
何よりどこをどう謝ればよいのか分からなかった。
最初は
から俺を見放したのだという思いもあり、
己を納得させられるような言葉も見つからなかった。
触れたかった。
しかし、拒絶が恐ろしくて触れられない。
そんな折、道場破りが来た。
丁度、俺が外出しているときだった。
とはそんな風だったので、
置いて出ていた。
その道場破りはあろうことか、
を相手に挑んだのだった。
は勿論返り討ちにしてやったようだが、
俺は俺の迂闊さに臍をかむ思いだった。
こんなことが二度とあってはならぬ。
もし
が負けでもしたら。
俺は、俺の権力を行使して、
南斗全体に賊や道場破りに対して情け無用と命令を出した。
それから、
は望まないかもしれないが、
俺はできるだけ
を伴うことに決めた。
俺が傍に居れば、何とでもなる。
六聖拳の人間はすでに完全に代替わりしていた。
正当血統という触れ込みの、
おそらくユリアの代理の海のリハクのみ同じ顔であったが、
老将一人気にすることは無い。
シュウは、まだ己の力量不足を嘆いている。
いい加減現実を思い知れ。
「
さんと喧嘩でもしたのか?」
と、シュウが声をかけてきた。
拳や南斗全体のことでなければ、
シュウは気安く声をかけてくる。
俺は他の人間の手前「そんなところだ」と曖昧に返事した。
「家庭を持て、サウザー。
心安らぐ場所というのは、支えになる。
さんの負担も減る」
俺はその場でシュウを殴り倒してやろうかと思った。
以外の女と家庭を持って、どうなるというのだろうか。
仕事も出来ぬ、おそらく口ばかりだしてくる女がいたら、
それだけで面倒だと思わないのだろうか。
俺を拒絶した
以外、女など全て同じだ。
「俺は視力を失ったが、
それ以上の光を手に入れたよ」
何が仁星だ。
何が思いやりだ。
俺の神経を一番逆撫でするのは、シュウだ。
しかし、それを顔に出さず「そうか」と心にもない返事をした。
シュウが持つ戦力は貴重だった。
上手くおさえておけば、使える。
シュウ自身に苛つきさえしなければ。
「謝れば大抵のことは許してくれるだろう。
さんは、
お前のことを立派な伝承者にしたいと常々言っていたのだから」
謝る。
それができれば、最初からしている。
できないから、こんな有様なのだ。
もうどこから謝れば良いのかも分からない。
意に反して最近つれまわしていることだろうか。
あの日のことだろうか。
逃げ出すのを阻止したことだろうか。
ケンシロウの十人組手を受けたことだろうか。
女をつれこんだことだろうか。
雑用を押し付け続けたことだろうか。
お師さんを殺したころだろうか。
心当たりは多く、それも積み重なりすぎていた。
加えて、俺は謝罪するにはひねくれすぎていた。
←
戻
→