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光を失ったシュウだったが、
私の心配を他所に人望はより高まった。
羨ましいことである。
サウザーにもその思いやりが欠片でもあれば、
あんな組手を組むこともなかったのに。
その片棒を担いだのが自分であると思うと、
私は自分に対して吐き気がするのだった。
実家の影響力は、徐々に衰えていった。
手を広げたために、却って縁が希薄になってしまったように感じる。
それ以外にも、サウザーが圧力をかけたような気配が少しする。
どちらにせよ、私の苦労が一つ消えた。
そのサウザーは私兵を組織しはじめた。
鳳凰拳に従う流派は、彼の意思に従う。
そして、集められたならず者達。
そちらのことに、私は全く関知しない。
兄と慕った人は、淡い初恋の人は、
おとうさんと共に死んだのだと私は納得することにした。
ここにいるのは別物のサウザーである、と。
その間にシュウは結婚して、子が産まれた。
彼は着実に人として成熟していっている。
サウザーは祝いをしておけ、と命じるだけで、
特になにもコメントは無かった。
サウザーが私兵の管理に忙しくなるにつれ、
それに比例して私は暇になった。
暇になったが、することは無かった。
そもそも、私の予定はサウザーの予定を管理することで終始していた。
会話も、事務連絡に限られている。
私は一人なのだ。
サウザーは、どこか遠くへいってしまった。
久しぶりにおとうさんの部屋に入ると、
外の喧騒から隔絶されて静かだった。
空調のぶーん、という低いうなり声だけが聞こえる。
「おとうさん、ごめんなさい。
私ではサウザーの力にはなれなかった」
もちろん返事は無い。
おとうさんはガラスのケースの中で座禅を組んでいる。
とうとう、きちんとお葬式すらあげられなかった。
親不孝な娘で、本当にごめんなさい。
私は自分に代わる人間を育てた。
執事でも、秘書でも、何でもできる人間を。
サウザーが好みそうな女性を探して、
色々全て彼女身代わりにするつもりで育てた。
そんな中、戦争が起こった。
世界は荒野と化したが、
なぜか南斗の、この家の一帯は無傷だった。
事前に戦争の情報を入手していたのか、
サウザーは家の改築を前もって行っていた。
おかげで、この家一軒分の電力は自力で賄える。
おとうさんの部屋の空調も、
以前と変わらず低いうなり声を上げ続けている。
世界の情勢が変わったので、
南斗聖拳の方向性を決めるべく、
六聖拳伝承者を召集することになった。
私はその手伝いはほとんどせず、
育て上げた助手に万事を預け、
質問には答える、というスタンスを貫いた。
サウザーは出かけた。
私が育てた助手を伴って。
以前はなにやら機嫌を損ねたが、
今度こそ出て行けるはずだった。
何もかも伝えた代わりが居る。
もう私がこの家に残る必要は無い。
荷物をまとめる。
持っていく必要があるものなど殆どなく、
荷造りはすぐに終わった。
目的地は無い。
身を守ることが出来る程度の腕前はある。
最近は稽古を怠っていたが、
凶器を持てばそれなりに戦えるはず。
気が向くままにどこへでも行ける。
最後だから、と私はおとうさんの部屋に入った。
ごめんなさい、と心の中で謝った。
私はできるだけ頑張ったのだけれど、と言い訳もした。
お父さんの顔から表情を読み取ることはもうできない。
別れを済ませて、二度と開ける予定のない鍵をかけた。
家の中をぐるりと最終のチェックをして回って、
最後にサウザーの部屋の机の上に、おとうさんの部屋の鍵を置く。
私が出て行くことは、
この鍵を見れば分かるはずだ。
さようならと呟いたのと同時に、
扉が開いた。
「……何をしている」
サウザーだった。
予想以上に、早い。
早すぎる。
「お早いお帰りでしたね」
「紛糾する議題など無い」
サウザーは歩いてきて、
そして机の上の鍵を見つけた。
「これは、どういうことだ」
机の鍵を拾い上げて、私の目の前につきつける。
「お暇を頂こうと思います。
私の後継となる者も育てました。
引継ぎも終わっております」
「誰だ、それは?」
「今日の会議に付き添わせた……」
「ああ、あれか。
口うるさいから、捨ててきた」
捨ててきた。
女性を、一人?
せっかくここまで育てたのに?
私が呆然としていると、サウザーは鍵を私の手に押し付けた。
「辞めることは、絶対に許さん。
これはお前のものだ」
ずっとここに居ろということなのだろうか。
ずっと、無力を噛み締めていろということなのだろうか。
――…酷い。
その鍵を返そうとする私と、
受け取らずに戻そうとするサウザーで、
押し合いになった。
そのやり取りに焦れたのか、サウザーは私の腕をつかんだ。
その言葉が一番私の心を抉ることを知っているような顔で、
勝ち誇ったような顔でサウザーは言った。
「お師さんの前で同じことを言ってみろ」
そうして、引きずられるようにしておとうさんの部屋へもどる。
サウザーは鍵を開けて、私を部屋の中に放り込んだ。
おとうさんが座っている。
「一人でここから逃げ出すのだと、言え!」
サウザーが怒鳴る。
怖い。
ぶーん、と空調がうなる。
それ以外の音は無い。
おとうさんは静かに、私達を見守っている。
私は頑張った。
サウザーに立ち直って欲しかった。
おとうさんが夢見た、立派な伝承者になってほしかった。
だが、無理だった。
「私は……昔みたいに戻って……」
優しくて、頼りになる、サウザーになってほしかった。
それが、おとうさんが願った伝承者の姿のはずだ。
「昔?」
サウザーはたっぷりと間をとった。
私は真意をはかりかねて、サウザーの顔を覗き込んだ。
いつも通りの睨み付けるような目つきに、嫌な笑みを浮かべている。
その視線はおとうさんに向けられている。
「昔のように
に物を言えば満足か?
優しい、兄のような存在として。
そうさな、不可能ではない」
「本当に?」
「ああ、俺も大人だからな」
サウザーの目がぎょろり、とこちらを見た。
視線がかちあった。
そうして、私は悟った。
サウザーは戻るつもりなどさらさら無い、と。
「嘘」
「久しぶりに昔のように口を利いたと思ったら、
酷い言いようだな?
悪い奴だ」
笑いながら言う。
ぶーん、と空調がうなる。
やけにその音が耳につく。
私は。
私は、その日の記憶を丸ごと消してしまいたいと思った。
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