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俺は久々に南斗のサウザーに連絡を取った。
ケンシロウの力量を確かめたかった。

兄カイオウが憎む宗家の血である。

確かにケンシロウは年の割には才能がある。
先に稽古を始めたジャギよりも強いのは、誰の目にも明らかだ。
よほどの使い手でもなければ、互角に渡り合うだろう。
しかし、それだけでは不満だった。

サウザーからは、挑戦を受けるという返事が返ってきた。
その文書を持って、日程等の調整をしたいと女が来た。
名前をという。

そういえば、昔ちらりと会ったことがあったような気がする。
サウザーの師であるオウガイがまだ存命で、
俺はリュウケンの長男であるから、
サウザーと引き合わされたときのはずだ。

「そちらのお子さんは?」

とリュウケンが尋ねた。
北斗の弟子は、俺一人だけである。

「預ける相手がおりませんでな。
 ご迷惑をおかけする。
 、ご挨拶をなさい」

それまでサウザーの後ろに隠れるように立っていたは、
深々と頭を下げた。
年に似合わぬ態度であったから、違和感を感じた。
だから記憶に残っている。

リュウケンには内密に事を進めたかったので、
北斗の道場近くの街の食堂で会うことにした。
相手が女であるので、
適当な嘘をついておけばごまかせるだろうという判断である。

久しぶりに会ったは、すっかり大人になっていた。
自分も同じく年を取ったのだから当然ではあるが、
最初にあったその記憶が鮮明なので違和感を感じる。

「本当に十人組手を望まれるのですか?」

料理をはさんで短い挨拶を交わした後に、
が最初に言ったのはその言葉だった。

「ああ、何か問題でもあるか?
 サウザーは乗り気のようだが」

それほど上等な店というわけでもなく、
いくつか頼んだ皿から適当に取る。
は料理に手をつける気は無いらしい。

「ええ、サウザーは乗り気です。
 しかし、ケンシロウさんはまだ小さいですし……」

どうやら、サウザーと同じ意見ではないようだ。
が眉根を寄せる。

俺が意見を取り下げれば、
組手の企画が消えると思ったのだろうか。
だから単身乗り込んできたのだろうか。
もしそうであるならば、胆の据わった女である。

「今日は日程の調整に来たのではないのか?」

俺が話の腰を折ると、
は「そうです」と悲しそうな顔になった。

それから、日程や場所などの話をした。
時期はリュウケンが長期で出かける期間で、
場所は南斗の道場の一つを使うことになった。

は申し訳程度に料理に手をつけた。
予想通りそれほど食べる方ではなかったが、
予想以上に食べなかった。
残された料理をほとんど一人で食べてしまうと、少し苦しかった。





その日になり、俺はケンシロウを連れて南斗の道場を訪ねた。
の手配は完璧で、
最寄の街の宿でサウザーの名前を出すと、
次の朝には迎えの車まで用意されていた。

道場に入ると、予想外にギャラリーが居た。
その真ん中にサウザーが立っている。
その後ろに、と知らない男が立っている。
風貌から、白鷺拳のシュウだろうと思う。

別にサウザーに会うために企画した組手ではなかったので、
挨拶もそこそこにケンシロウを道場の真ん中に進ませて、
俺は用意された席についた。

待っていると、一人ずつギャラリーの中から組手の相手が出てくる。
それらを仕切っているのは、のようだった。
昔はオウガイの子としてサウザーと同じように扱われていたようだったが、
随分様変わりしたものだと思う。

ケンシロウはよく戦った。
サウザーが用意した相手もそれなりの使い手であったが、
難なくとは評価できずとも、勝った。

その間、サウザーは薄笑いを浮かべて試合を眺めていた。
その向こうに座っていたシュウはというと、
真剣な面持ちで試合を眺めている。
真面目な男なのだろう。

は忙しそうに会場内をうろついている。
時折労うようにシュウが声をかける。

面白いことに、そのたびサウザーの眉間の皺が深くなる。
じろじろと眺めていたわけではないが、
サウザーはその会話を歓迎していないようだった。

ケンシロウが九人目の相手を倒したとき、
サウザーが席を立ちそうな気配がした。
しかし、それよりも先にシュウが名乗りを上げた。

俺としては、どちらでも同じことだった。
天はケンシロウを見捨てた。
十人組手の掟では、敗北した他流派の挑戦者は殺される。
それだけの運であったか、と諦めた。

ケンシロウは、順当に負けた。
殺されるものだと思って見ていたが、
そこでシュウは思いもよらぬ行動に出た。
己の光と引き換えに、ケンシロウの命を救えという。
そうして、目を潰した。

は小さく悲鳴を漏らした。
サウザーはにやにやと笑っていた。

救護の準備もあったので、
重傷のシュウと共に大した傷も無いケンシロウを預けてから、
少しサウザーと話をした。

という女、お前と共に育てられていたのではなかったか?」

そう言うと、サウザーは怪訝な顔をした。

「それがどうかしたか」

「いや、よく働く」

「そうだな。
 それがあれの存在価値だ」

ふん、とサウザーが鼻で笑う。
よく働くのが存在価値だと言いながら、
今も視線が時折を追っている。
それ以上の価値を求めているのはサウザーだ。

俺はそろそろ、この場が面倒だと感じ始めていた。
互いに緊張した状態で会話をしている。
互いに屠ることが出来る瞬間を探りあい、
そうしてそれを防ぐことを無言の内に繰り返す。

何度か手合わせをしたから知っている。
サウザーはなぜか秘孔を突いても効かない。
ほぼ無いに等しい隙を突いたとしても、
それが致命傷とはならないだろう。
その間に攻撃をされたとすれば、
こちらが大ダメージを受ける可能性が高い。
歯がゆいものである。

部屋から姿を消していたが、
ケンシロウを伴って戻ってきた。

「手当てが終わりました」

「車の用意は」

サウザーの問いに「既に」とは短く答える。

「今日は遠路ご苦労。
 見苦しい試合をして申し訳ない」

などと、サウザーは心にも無いことを言う。
俺も「いや」と心にも無い返事をした。

が用意した車に乗って、宿まで戻ることにした。
ケンシロウは疲れているのか、うつらうつらしている。

結果として、この組手は俺の予想を上回るものだった。
ケンシロウは己の才能以上の何かを持っている。
宗家の血という部分を勘案しなくとも、
立派に伝承者候補なのだと認めることにする。

そして、サウザーである。
拳の方は鈍った様子は無いが、
あのに向けていた視線が気になる。
愛しているのか、あの女を。

もしそうだったとして、
俺にとって重要なのはサウザーが腑抜けになるか否か、である。

力が全ての世が、もうすぐ来る。
そのとき、サウザーは覇を唱えるだろう。
そのための下準備をしているのが垣間見えた。
それもこの組手の成果と言える。

そのとき、自分の敵たりえる存在かどうか。
おそらく、そうなる。
面倒な未来を垣間見て俺はため息をついた。