Cassandra
ずっと戻りたいと願ってきた。
そのために無茶してやっと手に入れた権利である。
しかし、このサウザーを一人にしたくない。
「……残ります」
ははっきりと言った。
一時の感情かもしれないが、このサウザーの傍に居たい。
「残りたいです、こちらの世界に」
平和と、自由と、飽食の世界への切符を手放しても。
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー。
……前から思ってましたけど、ネタが古いですよね」
「そうですか?
うーん、勉強不足でしたねえ」
男は恥ずかしそうに頭をかく。
「では、そうですね、その勲章をスイッチにしましょう。
触れたところから時が流れます」
「ありがとう」
は男を見上げた。
「どういたしまして。
では、良い旅を」
ぱちん、と指を鳴らして男は紙ふぶき共々消えた。
は手を伸ばして、サウザーが握る勲章に触れた。
「こんな物より死ななくて本当に良かった……!」
がそういうと、サウザーは少し驚いたが笑ってくれた。
何かを言いかけたようだったが、突然顔を顰めて黙り込んだ。
慌てて名前を呼び続けていると、
ケンシロウが戻ってきて秘孔の効果が出てきていると教えてくれた。
サウザーは本当に二日間、激痛にのた打ち回ることになった。
身体の全てのパーツがバラバラに分解されるような痛みである。
それでも、
が居ると思うと耐えられた。
その激痛もようやく落ち着き、
起き上がると時刻は真夜中だったらしい。
酷い寝汗をかいている。
部屋は暗く、寝息がいくつも聞こえる。
目が慣れるまで暫く待ってみると、隣のベッドにはシュウが、
ソファには
が、その近くの床には何と言ったか、
シュウの子が寝ている。
手を動かしてみるが、異常は無い。
脚も思い通り動かせそうだ。
何らかの後遺症が残ることを覚悟したが、
本当に激痛のみで済まされたらしい。
ケンシロウは本当に手加減をしたらしいと分かると腹が立つが、
それを裏で操っていたのは
である。
その黒幕に見えぬマヌケな黒幕、
はソファで寝ていたが、
突然まぶたを持ち上げたので目が合った。
「サウザー様……もう大丈夫ですか?」
「――…ああ」
はシュウの子を踏みつけぬようにそろりと下りて、
サウザーのベッドに座った。
額に手をあて、頬をなで、「良かった」とつぶやいた。
なんとなく気恥ずかしい。
「ここはどこだ」
「トキさんの村は遠かったので、シュウさんのアジトです。
聖帝軍は消滅と同時に拳王軍へ吸収されることになりました。
拳王軍入りをお断りした人はこのあたりに残りますけど」
覇権への野望に必要な翼はきっちりともがれた、という訳である。
もう何の目標も無い。
「お師さんはどうなった」
「そのままです。
そのままお墓にしてもらいました」
「何故シュウまで助けた」
「……言いにくいんですけれど、
しばらくシュウさんの人望に縋って生きていこうと思いまして」
利用するために生かしたのかと思うと、流石に哀れに感じる。
まあ、自分も似たようなものである。
が元の世界に戻るために生かされたのだから。
「野望があるんですよ、私。
サウザー様とシュウさんが居たら、
南斗聖拳再興できるんじゃないかって。
一応死んだことにしてもらったんで地下活動ですけど」
が笑いながら言う。
随分楽しそうだ。
「元の世界とやらに戻るのはいつなのだ」
「元の世界の話ですか?
本当に信じてくれてたんですか?」
「何!?」
し、と
が人差し指を唇の前に立てた。
「……こちらに残ることにしました。
今のサウザー様の傍に居たいから」
「ほう?
随分口が回るようになったではないか」
「世間の荒波にもまれましたから」
少し笑って、抱き寄せて口付けた。
本音を言うと抱きたかったが、
流石に他に人が居る所でそんな暴挙に出ることは出来ない。
唇を離して、見詰め合って、抱きしめた。
「私の野望、手伝ってくれませんか?」
の甘えるような声。
初めて聞く。
そんな声で皆に“お願い”していたのだろうか。
「……手伝ってやらんこともない」
なんとなく腹が立ったのでそう答えたが、
「良かった」と
は微妙なニュアンスを完全に無視した。
「貰い損ねたご褒美は、労働力ということでお願いしますよ」
そういえばそういう借りもあったのだった。
「――…そういえば名前の字は“
”と書くのだな」
手紙に書いてあったサインである。
は「そうなんですけど」と笑った。
「ちょっと拘ってたんですけど、
もうカタカナの“
”で良いかなと思っています。
名前つながりで悪いんですけど良いですか?」
「何だ」
「“様”、取っても良いですよね?
もう偉くも何とも無いので」
こんな女だったろうか?
身体を離してまじまじと顔を見てしまったが、
マヌケ面に意地悪そうな笑みが浮かんでいた。
「……かまわんが」
「サウザー」
「何だ」
「やっと対等な人に認めてもらえた気がする。
本当に好きだから、すごく嬉しい」
は照れたように笑った。
そのままソファに戻ろうとしたので、
ベッドに引っ張りこんだ。
「ちょ、ちょっと!」
「静かにしろ。
何もせん」
「……信じてますよ?」
はそう言って大人しくなった。
サウザーは抱き心地が良いように抱きなおし、横になった。
首筋に顔をうずめて息を吸うと、
の匂いがした。
言うと怒るだろうと思うので、
時期を見計らって言ってみようと思う。
しばらくそうしていると、
いつかの如く
は何の警戒もせずに眠りこけた。
今回は看病で疲れていたのだろうと思う。
だから、馬鹿にしないでやろうと思う。
幸せだと思った。
オウガイが願う将星とはどういう存在だったのか。
確認する術はもう無いが、もうどうでも良い気もした。
暇つぶしに
の言うように南斗聖拳の復興でもしてみようか。
この穏やかな気分で生きる時間も、
オウガイから渡された勲章も、
全て
が齎してくれたものである。
この幸せを運ぶ女神を絶対に放すものかと、
サウザーは強く思いながらまぶたを閉じたのだった。
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