Cassandra
サウザーの命を救うことができた。
加えて、辛うじてではあるがシュウの命も何とか繋ぎとめた。
トキの見立てではシュウの傷で一番深い傷は脚の傷であり、
失血も酷く、そのせいで暫く酷い熱で魘されていた。
しかし、生きている。
(……本当に良かった)
はそう思ったが、
レジスタンスの仲間はそうは思っていなかった。
当然である。
抵抗する相手はサウザーなのだ。
彼らは『北斗の拳』のストーリーを知らないので、
シュウもサウザーも死ぬ運命にあったことを知らない。
一応、元々拳士だった聖帝軍の一部の人間も残っているが、
居心地悪そうに小さく集まっている。
火を見るよりも明らかな程の不穏な空気だったので、
シュウの意識がはっきりするまでは、
サウザーも病人として同じ部屋に置いておくことにした。
彼の行動のツケが今廻ってきている。
酷い目に遭ったら面白いと思った過去の自分に抗議したい。
「せめて部屋を分けろ。
落ち着かぬわ」
サウザーはそう抗議してきたが、
は彼の人望の無さを切々と語り、
とにかくシュウが目覚めるまで待てと言い聞かせた。
サウザーは苛々した様子で舌打ちしたが、
ベッドの上で座禅を組んで瞑想などしているあたり、
一応気を使ってくれている様子である。
以前は眉間といわず額にまで皺を寄せていたサウザーだが、
最近はそんなことは無い。
随分穏やかで、落ち着いていて、黙っていると男前が上がる。
サウザーが目を覚ましてから三日でシュウは持ち直した。
傷は完全にふさがったという訳ではないが、
気力で起き上がることができる程度にはなった。
「シュウよ、無理をするな」
診察に来たトキがそう言うと、
「お前に言われるとはな」
と笑っていた。
「すまんかったな」
サウザーが物凄く嫌そうな顔でそう言うと、
「お前が謝罪するとはな」
とやっぱり笑っていた。
さして気にしていないようだった。
人が良すぎると思う。
シュウが目覚めたことで気が緩んだのか、今度はシバが倒れた。
こちらはただの過労だったので、
栄養を取らせてよく眠るとすぐに回復した。
「親子でお騒がせしてすまない」
と、シュウは眠るシバの顔を見下ろしながら、
少し困ったように言った。
「いいえ。
ほんとうに生きていてくれて良かった」
シュウが居なければこの施設は使えなかったろうし、
トキも残ってくれたかどうか。
優しさにつけこんで利用してばかりいる。
せめてもの償いにと看病を手伝っているが、
サウザーがぶすくれている。
「“聖帝”は死んだから、我々は抵抗する意味を失った。
私はシバと南斗の里に帰ろうと思うが、
お前達はどうするのだ?」
またそんなことを言う。
タイミング良く言うから利用されるのだ。
「ちょっとお願いがありまして……」
はサウザーにも語った野望を語った。
南斗聖拳の再興を、と。
「それは、サウザーも合意しているのか?」
と、不思議そうにシュウはサウザーに顔を向けたので、
サウザーはやはり酷く嫌そうな顔をして「ああ」と答えた。
「
の頼みだ」
と。
プライドが誰よりも高く、
人の頼みなど聞きそうにもないサウザーである。
感動すると同時に少しだけ恥ずかしかった。
「……そうだな、うむ。
私も
に命を救われた身だ。
断る理由は無い。
そうと決まればレジスタンスも早々に解散せねばな」
と、言ったその日にシュウは解散を宣言した。
シュウを慕って集まった人たちからはブーイングの嵐だったが、
「それが拳士としての俺の役目だ」と言い切っていた。
一方昔から従ってきた拳士たちはサウザーも戻ると聞いて、
シュウ様の御為にと更に結束を強めたようである。
帰還の準備をその後始めたが、
傍観決め込んでいたはずのサウザーが切れた。
段取りが悪すぎる、と。
とはいえ、彼の部下はここにはほとんど居ない。
仕方なくシュウを怒鳴りつけていたが、
シュウもシュウで勿論準備の様子など見えていない訳で、
あまり上手く会話がかみ合っていなかった。
温厚かつ光を失ったシュウだからこそできる緩衝材効果である。
「――…これからどうなるのだ、
」
準備の合間にサウザーに聞かれたが、答えなど知らない。
もうここは
が知る『北斗の拳』から離れた別の世界である。
「もう予言はできないよ。
私が知ってた歴史とは違ってるし…って言ったら捨てていく?」
サウザーは鼻で笑い、
「構わん」
と言っていた。
照れ隠しの言い回しだと分かるような顔をしていたので、
は安堵すると同時に恥ずかしくなった。
あまりに不満が募った所はサウザーが怒鳴るのを我慢しつつ指摘し、
なんとかいくつもの組に分かれてアジトを出ることになった。
かぎつけられても面倒なので、
大きく迂回する経路を取ることになる。
途中で命を落すような弱卒は要らぬとサウザーは言ったが、
それも人前で叫んだりはしなかった。
車の数が全く足りず、
配分の結果サウザーと
、シュウ、シバが同乗することになった。
この面子で運転は勿論サウザーである。
「悪いな、サウザー」
がサウザーに嫌々付き合っているわけではないと、
最近理解したシュウである。
この同乗者の人選ももめた。
シュウの命を心配する者はサウザーの同行に拒否反応を示したが、
現状味方の中で一番の戦闘力を誇るのはサウザーであり、
ようやく歩ける程度のシュウを護衛しつつ帰還、
という難事業を達成できる確率が一番高いのも彼である。
苦渋の決断、と傍目に分かる面持ちをしていた。
その反対意見を持つ者を説き伏せたのもサウザーである。
言い回しこそ挑発的であるが論理的でもあり、
ぐうの音も出させなかった、と表現するのが正確だろうか。
さすがに大規模な軍隊を組織していただけある。
「……」
シュウの気遣いを、不機嫌を隠さないサウザーは無視した。
シバはおろおろしているがこれで普通なのだろう、たぶん。
車を発進させてからしばらくして、サウザーは「
」と呼んだ。
シュウはとシバは眠っているのか静かに目を瞑っている。
「……何かあった?」
「いや、何も」
サウザーは前を見ながら片手で運転している。
開け放した窓から入る風が、
オールバックに撫で付けていない金髪を揺らす。
その横顔は柔らかく微笑んでいるように見えた。
その険の無い表情を見て、
もまたにやにやと笑ったのだった。
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