Cassandra
は十字陵の反対側に居た。
正面でサウザーたちが何かし始めたという偵察からの情報を得たが、
まだもう暫く待機である。
「何故ですか!」
苛立ちをなんとか押し殺したような、
小さな声でアルマが詰る。
「もう少し待てば、拳王とトキ、
そして復活したケンシロウが正面側に来るからです」
はじっと、そのタイミングを待っている。
「こちらの警備も、彼らの登場でほぼ皆無になるでしょう。
そこから駆け上ります。
私は遅れるかもしれませんが、よろしくお願いします」
皆の視線が痛い。
は潜んでいる瓦礫の陰から、警備の兵士を双眼鏡で眺めていた。
人を探しているからである。
片っ端から顔を確認し、そして、漸く見つけた。
「居た……!」
喜びに歓声を上げたくなるのを何とか我慢する。
探していたのは
の元監視の兵士であり、
サウザーの城を出る前に無理を一つお願いしていたのだった。
立ち居地を確認し、じ、と双眼鏡でその男を眺め続ける。
シュウは着々と階段を上っているらしい。
時折悲鳴のような声が聞こえるのは、
ふらついているせいだろう。
それを聞いてアルマたちは「まだか!」と言うが、まだである。
「シュウ様だ……!」
頂上に、動く聖碑が見えてきた。
皆が駆け出そうとするのを止める。
少しして、兵士達に動揺が走った。
は仲間に出撃のタイミングが近付いたことを告げる。
そして、
の監視をしていた男が走り出した。
弄んでいた鍵を落して。
彼だけでなく、警備の兵士がわらわらと正面に向けて走ってゆく。
「今です!」
たちは物陰から走り出た。
皆、保護色マントを羽織っている。
途中、落ちている鍵を拾ってアルマに投げた。
数少ない残りの警備の兵士を殺し、十字陵に駆け寄る。
(うへあ……!)
馬鹿でかいスケールに唖然とする。
天辺が見えない。
シュウは負傷した脚でよく登ったものである。
上り始めてすぐに
は遅れ始めた。
仕方が無い。
段取りは全てアルマに伝えてある。
問題はその後である。
対ケンシロウ戦終了後、サウザーに近寄りたい。
ただ、それだけである。
アルマは遅れてゆく
を放って階段を駆け上った。
この一段一段が子どもの手で詰まれたのかと思うと、
それを命じたサウザーへの嫌悪感で反吐が出そうだ。
中腹まで上ったあたりで、
の予言通りシュウの脚に枷をかけられた。
見つからぬよう、壁にへばりついて少し待つ。
これも予言どおり枷をはめた兵士がすぐに正面側に下りたので、
アルマたちは再び階段を駆け上った。
「ぐはっ!」
シュウのうめき声が聞こえた。
矢が射掛けられたようだ。
に言われて鎖帷子を用意しておいてよかった。
いらぬと駄々をこねるシュウに無理に着せ付けておいたから、
致命傷には至らないだろう。
全力で駆け上り、よろめくシュウに声をかける。
「シュウ様、跪いてください」
間に合った。
アルマの声にシュウは驚いた様子で振り返りかけて、そしてやめた。
「ぐっ……!」
呻きながらシュウが片膝を折る。
「その聖碑を前にかたむけて……そうです、そこで」
の予言の恐ろしさを、アルマは実感していた。
十字陵の頂上の説明が細かいとは思ったが、
おおよその予想だろうと思っていたが、そうではない。
まるで見てきたかのように正確だったからである。
シュウが片膝をつき、地上の聖帝に見えぬよう石碑を傾ける。
それを後ろから支えながら、
に投げ渡された鍵で足かせを外させた。
「アルマか……
のおかげだな」
シュウが笑う。
「シュウさま、余計なことはいいですからゆっくりこちら側へ。
聖碑を下ろします」
「シュウ!!」
ケンシロウが叫ぶ声が聞こえた。
上ってくる途中のようである。
アルマはシュウが脱出したことを確認し、聖碑を下ろした。
あまりに高いので、
周囲を囲む兵士には天辺の様子はあまり見えない。
遠くの兵士は遠すぎて見えないはず。
まして、兵士の数が少ない裏側だから大丈夫……なはず。
の言葉通り、追手は無い。
抱えていた保護色のマントをシュウにかける。
手当ては応急処置しかできない。
とにかく、サウザーが死ぬまでこの場で待機である。
「シュウ……すまない……!」
ケンシロウは聖碑を前に跪いた。
そうするよう
から頼まれていたからである。
聖碑の向こうにある人の気配で、
が意図したことを理解した。
シュウは生きている。
遠くへ逃げる体力は無いらしく、近くで息を潜めている。
振り返るとサウザーが階段を上り始めているが、
あまり頂上付近で争うのは得策ではない。
シュウ達が見つかると厄介だ。
ラオウやトキが派手に暴れているのも、衆目を引くためだろうか。
そうだとしたら、
もなかなか準備周到だ。
トキはともかくラオウは他人のために動くような男ではないから、
よく説得できたものだと思う。
『サウザー様に死んで欲しくないんです』
はそう言って、苦笑していた。
『なので、サウザー様には北斗神拳がきかない理由をお伝えします』
心臓が左右逆。
秘孔は表裏逆。
そんな馬鹿なと思ったが、一戦目では全く歯が立たなかった。
確実に突いたはずの秘孔も、手ごたえが無かった。
の話は本当なのだろう。
疑ったことに対して申し訳なく思う。
『何故それを俺に言う』
『ケンシロウさんはサウザーに勝てるからです。
だから……殺さないであげて欲しいんです。
秘孔の場所さえ分かれば可能ですよね?』
確かに不可能ではない。
しかし、彼の所業を見て尚生かしたいと願う理由は何なのか。
それは聞かないでおいた。
彼女は余人の与り知らぬ何かを知っているのかもしれない。
『お願いします』
文字にすると短く、また軽くみえるかもしれないが、
の表情は真剣そのもので、必死さが見て取れた。
だから、ケンシロウもその気持ちを汲んでやりたいと思った。
「帝王に愛などいらぬ!!
はむかう者には死あるのみ!!」
サウザーが叫んだ。
彼は知っているのだろうか。
自分が大層愛されていることを。
「ならば、おれは愛のために闘おう」
ケンシロウは拳を握り締めた。
南斗鳳凰拳の伝承者の男である。
油断してかかれる相手ではない。
一度目は
の言葉を信じられず敗北したが、
今度はそうはいかない。
上手くいくとは限らないが、
の愛の為に闘うのだ。
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