Cassandra


を見送ってすぐ、
聖帝軍が兵の数に物を言わせて進軍しているという報告が入った。
元々圧倒的に劣勢のレジスタンスである。
進軍の方向から考えて、前線基地は蹂躙されたと考えて間違いない。

「ケンシロウ、許せよ」

シュウはケンシロウに睡眠薬を盛った。
シュウの腕前ではサウザーを倒すことはできない。
負傷しているケンシロウを戦場に引っ張り出すよりも、
彼には万全に回復してから挑んでもらいたかった。
目覚めた彼はシュウを恨むかもしれないが、
戦略だと理解してもらうしかない。

そのケンシロウを船に乗せて、リンとバットに託した。
元から一緒に旅をしていた、
年の割りにしっかりした子どもたちである。
道案内にシバもつけた。
別れ際にリンは叫んだ。

『どんなことがあっても絶対に死んじゃあだめ!』

と。
これから、シュウは己の命を賭してサウザーに挑まねばならない。
最後の戦いである。
そうと決めている。
だから、彼女との約束は守れそうにない。

にはついにサウザーに勝てる、
 とは言ってもらえなかったな)

苦笑してしまう。
彼女の予言は悉く当たっている。
当たると分かっていても、信じ切れないでいるが。

予言を信じるならば、サウザーを倒すのはケンシロウ。
ならば今からシュウが仕掛ける戦いは、
意味合いとしては時間稼ぎに過ぎない。

『絶対に諦めないで下さい』

はそう言っていた。
何が起こるのかわからないが、
ともかく攻め寄せる聖帝軍に出来るだけダメージを与えねば。
シュウは覚悟を決めて外へ出た。





サウザーは暴れまわるシュウを眺めながら、
いつまでその虚勢が続くかな、と薄ら笑いを浮かべて眺めていた。

捕虜の中にの姿は無かった。
レジスタンスで面倒なのはシュウ一人であり、
他はただ頭数を揃えただけの集団である。
シュウが目の前で暴れているということは、アジトの方は手薄。
数名を先行して侵入させた。
“予言の女神”を捕えろと命じている。

何人もの兵士の身体を裂いて、
ついにシュウはサウザーに肉薄した。
微動だにしていないので、簡単なことである。
その一撃を首を少しだけ動かしてかわす。

彼の耳に声を届かせないようにと、
健気にも沈黙を守っている捕虜の存在を明かしてやった。
罵声と悲鳴が沸き起こる。

「サウザーを倒して!」

口々に捕虜が叫ぶ。
倒されるものか。
はサウザーを倒すのはケンシロウだと言った。
断じてシュウではない。

その話をシュウも聞いていたはずなのに、
サウザー一人と捕虜百人の命を天秤にかけたようだった。
馬鹿な男だ。
やはり情とは人を堕落させる。

「仁星とは悲しい星だな……」

倒すと誓った男を、その優しさ故に倒せぬ星。
サウザーはシュウの脚の筋を切った。

はどこだ」

「……」

生意気にもシュウは沈黙を貫こうとしたので、顔を蹴り上げた。
捕虜達から更なる悲鳴が上がる。

はどこだ」

「……ここには居ない」

あの馬鹿女はまだ手を打っていないというのか!

「どこだ」

「私は知らん!」

シュウが顔を上げ、顔を顰める。
にらみつけたつもりか知らないが、
サウザーの顔を見ることも出来ない。

アジトの中を探索していた兵士がの不在を告げた。
このアジトにはもう用は無い。
皆殺しにするよう伝え、
サウザーは運転手に帰還するよう命じた。
シュウが何かごちゃごちゃ言っていたが、
裏切り者の言葉を聴く耳は持ち合わせていない。

「ケンシロウ~~~!!!」

シュウが叫んでいる。
だが、ケンシロウは死なぬ程度に存分に痛めつけておいた。
弱っているうちに探し出し、再度捕えるよう命じる。
あれほど弱っていたケンシロウの一人くらい、
雑魚どもでもでなんとかするだろう。
そう判断した。

サウザーはシュウを引き連れて、十字陵に戻ることにした。
一足先に聖碑を積むためである。
そのうちケンシロウも来るだろう。

到着する以前から既にボロボロのシュウであったが、
子どもの命を盾にとるとよろよろと聖碑を背負って歩き始めた。
離脱し、更に抗った罪を血で贖ってもらう。

他の拠点にも残りのレジスタンスの掃討と、
の探索の為に派兵している。
彼らからの報告はまだ無い。





シュウは歯を食いしばり、痛みに耐え、
一歩ずつ階段を踏みしめた。
筋を切られたせいで、思ったように脚が動かない。
それでも支えていられるのは、
人質に取られた子ども達の未来を背負っているからだ。

『助けに行きますから』

はそう言ってくれていたが、
今現れても事態は好転することは無いだろう。
アリの反逆も許さぬ、と明言したサウザーである。
シュウもろともにも殺しかねない。

(逃げてくれ……)

また一歩、シュウは階段を上った。
両脇に立たされている子ども達からは、
恐怖になんとか耐える気配が伝わってくる。

命ある者は皆生き延びてもらいたい。
仇など討たなくて良い。
それがシュウの心からの願いである。
ケンシロウが復活したそのとき、
彼の味方で居る人間が大勢居るほうが良い。
だから、自分のために誰かが死ぬことだけは避けたかった。
脚の筋を断たれ、まともに戦えぬシュウはもはや戦力ではない。

途中、リゾが手当てを申し出てくれた。
まだ生き残ってくれていたのだ、と少し嬉しくなる。
鳳凰拳に従う流派の人間なのに、
友人のよしみで随分と無理な融通を利かせてもらってきた。
そういえば、の手当てをお願いしたのも彼だった。

しかし、反逆者への手当てをサウザーが許す訳がない。
彼もまた人質を取られていたのだった。
それも、家族を。

手当てをすることを封じられたリゾを責める気持ちは無い。
捕えられ、捕虜となった仲間を責める気持ちも無い。
ただ、彼らが希望を失わず、生きてもらいたい。
そのきっかけとなれるのならば、この聖碑を最後まで運んでやろう。
半ば意地である。

少し心残りなのは、
折角生きて帰ってくれたシバのことだろうか。
顔を見ることすら叶わなかった、父の不徳を許してほしい。

そして、ケンシロウである。
彼の成長した姿を一目見てみたかったものだ。
幼い頃にサウザーから守り、
がサウザーを殺すと信じて疑わぬ、
北斗神拳伝承者となったケンシロウを。