Cassandra


は倒れているケンシロウを少しでも遠くへ運ぶため、
シバと二人でなんとか担いで歩いた。
しかし、ケンシロウは筋骨逞しい大男であり、
女子どもで運ぶには重過ぎる。
二人はすぐに力尽きた。

「ごめん……」

ぜえぜえと肩で息をしていると、
シバは「僕も役に立たなくて」とすまなさそうに言った。

その時、唐突に爆発音が聞こえた。

振り返ると、黒煙がもうもうと立ち上っている。
どうやらシバの命は救えたが、
別の誰かの命を犠牲にしてしまったらしい。

「……ごめんねシバ君」

は改めて謝罪した。
こうなることは予測していた。
アルマが人を出し渋ったのは当然のことだが、
それでもと無理を押したのはである。
それ以前に、敗北することを承知でケンシロウをとめなかった。
多くの人を犠牲にする道を選んだのもである。
責められても、何の言い訳もない。

「これからどうしましょうか……
 このペースで進んでちゃ、何日かかるか」

シバは気を使ってか、触れずに冷静に計算を始める。
聡い子なのだろう。

「それはたぶん大丈夫。
 ケンシロウを助けに大物が現れるはずだから。
 しばらく見つからないように隠れましょう」

は二人で相談をして、身を隠した。
どれほど待てば良いのか分からないが、
必ずラオウが助けに来るはずである。
とにかく、彼に一緒に連れて行ってもらうしかない。

暫くして、遠くから地響きのような足音が聞こえてきた。
黒王号に違いない。
二人して息をつめて倒れるケンシロウを見つめる。

その地響きは近付いてきて止まった。
がりがりと地面をかく音がする。
そして、随分大柄な人間が歩く足音。
自分の鼓動の音がやけに大きく聞こえる。
しかし、ケンシロウに近付く人影は無い。

「そこに居るのは誰だ」

低く、力強く、威厳のある声が聞こえた。
他に誰か居る訳がない。
はそろり、と瓦礫の隙間から這い出した。

目の前に巨大なラオウが立っている。
彼に比べると、サウザーが小柄に感じてしまう。

「ケンシロウを助けてください」

「……そのつもりだ」

「それから」

更に続けるをラオウは無言で見下ろす。
恐ろしい。

「シュウさんのアジトの場所を教えますから、
 私とシバ君を一緒に連れて行ってください」

ずうずうしいのは百も承知である。
ラオウはしばらくを見下ろし、
後から出てきたシバを見て、「良いだろう」と言ってくれた。
有り難い。

ラオウはケンシロウを肩に担ぎ、
とシバはそのラオウにへばりつくようにして黒王号に乗った。
過積載だと言わんばかりに黒王号は鼻を鳴らしたが、
ラオウがなだめてその場を後にした。

「もうすぐ……だよね、シバ君」

「はい」

黒王号の快走のおかげで、
も見覚えのある風景がすぐに見えてきた。
ラオウは終始無言である。

「……近々、もう一回このあたりに来ると思うんですが、
 そのときは出来るだけ派手に暴れて下さい」

が言うと、「俺がか?」とラオウが言う。

「はい。
 あの、無理でしたら大丈夫です」

「……ふん」

不愉快そうな対応に、嘲る雰囲気は無い。
完全にレジスタンスの勢力圏に入ったころ、
ラオウが漸くまともに口を開いた。

「……そろそろ下ろすぞ」

「もうですか?」

「……」

「すみません」

は反射的に謝った。

ラオウは宣言どおり黒王号を止め、
ケンシロウ共々とシバも下ろした。
その後慣れた手つきでケンシロウに手当てを施し、
無言のまま黒王号に乗って去っていった。

「……今のって、拳王ですよね?」

「そうだね。
 さて、シバ君人を呼んで来てくれるかな?
 ここからならすぐだよね?」

「はい!」

シバが嬉しそうに駆けていく。
これで、サウザーの出番はあと少し。
シュウを捕えて、殺して、
そしてケンシロウに殺されるだけになった。





ケンシロウに勝った。
の予言にもあったし、負ける気はしなかった。
サウザーには秘孔がきかぬということを、
ケンシロウは知らないようだった。
に会ったのではないかと思ったが、
彼女もサウザーの身体の秘密については知らないのかもしれない。
もしくは、知っていて教えなかったのかもしれない。

シュウの捕縛は簡単に済むはずである。
既にアジトの場所も割り出している。
あとはドブネズミ共を捕まえて、
その親玉たるシュウをおびき出すだけである。

の居場所は不確定である。
てっきり定点にとどまるのかと思いきや、
調べてみると頻繁に移動を繰り返している。
「あの拠点に居たらしい」という情報が入るだけである。
シュウも似たようなもので、
拠点を潰すよう兵士を送り込むこともあったが、
もしかするとも殺してしまうかもしれなかった。

しかし、気にかけるのも止めようと思う。

結局、はシュウと逃げたのだ。
サウザーを生かすなどという妄言も、
今となってはシュウの気を引くために言ったのではないかと思う。

『また戻ります、必ず』

嘘の無い言葉と信じた己が愚かだったのだ。
誰も彼もサウザーの元にはとどまらない。
とどまって欲しいと思った者から姿を消す。

(懲りずに願ったのだな、また)

オウガイが死んで、もう愛などいらぬと決めたのに。

「聖帝様。
 進軍の準備が整いました」

兵士が言う。
サウザーは手にしていた勲章をポケットにねじ込んだ。
オウガイとの物だからと捨てられずに居るが、
胸に付ける気にはならない。





「無茶なことをするな!……と言いたいところだが、
 おかげでケンシロウとシバは命を拾った。
 レジスタンスの代表として、父として、礼を言う」

シュウが深々と頭を下げる。

「いえ、私のせいで数人の命を犠牲にしてしまいました。
 すみませんでした」

は眉間に皺を寄せて俯くことしかできなかった。
自分のエゴで、シバを救い別の人間を殺したのだ。
根本から回避できなかったのかと責められても仕方が無い。
それは甘んじて受ける。
が、シュウはきっとそんなことはしない。

「……時間がありません。
 私はまたすぐここを離れます。
 サウザーが攻めてくると思いますが、
 何人か兵を貸してもらえないでしょうか?」

「ああ、構わない。
 アルマに言っておこう」

「必ず、シュウさんも助けますから」

「次は私か……あまり無理はしないで良い。
 私の為に血が流れることの方がずっと辛い」

シュウはそう言って苦笑していた。
眠っているケンシロウはリンとバットに任せ、
はアルマと数人の兵士を借りた。
随分前から準備していた、十字陵の保護色マントの枚数分である。
出来るだけ、隠密行動ができる腕っ節の強いのをお願いした。

「気をつけるのだぞ」

シュウが見送ってくれる。
子どもが遊びに行くのを見送る訳ではないのに、
声の調子は平和そのものだ。

「シュウさんも、絶対に諦めないで下さい。
 助けに行きますから」

はそういって、バイクにまたがった。
勿論自分で運転するわけではない。

再び十字陵へ。
サウザーをとめることはできないから、
彼がシュウにとどめを刺すまでになんとかしなければならない。