Cassandra


拳王不在の間に、サウザーは着々と勢力を持ち直してゆく。
ピラミッドのような聖帝十字陵の建設も着々と進んでいる。
シュウはもうすぐケンシロウに会うことになる。
その後の一度目の交戦で、ケンシロウはサウザーに敗北する。

捕まったケンシロウを逃がすためにシバは命を落とし、
ケンシロウの手当てをした後、
非戦闘員を盾にとったサウザーにシュウは捕えられる。
十字陵の天辺の聖碑を運んだ末にサウザーの槍を受け、
背負っていた聖碑に押しつぶされて死ぬ。
その後、サウザーはケンシロウに殺されることになる。

「――…ごめんなさい。
 私はシュウさんの未来を知った上で、
 レジスタンスに身を投じることに真剣に反対しなかったんです」

「ずっと止めてくれていたのはそういうことだったのか。
 すまない。
 だが、死ぬ覚悟はできている。
 私の命で何人もの命が助かるのならばそれで良い」

そう言ってくれているが、到底信じられない。
どうしようもない未来を伝えている自覚があるからだ。

「でも、シュウさんに死んでもらいたくないんです。
 いくつか手を打っています。
 絶対に助けに行きますから、最後まで諦めないで下さい」

の言葉に、シュウは苦笑した。

「ああ、約束しよう。
 私は最後まで諦めない」

「もちろん、シバ君も死なせませんから。
 出来る限りの手を打ちます」

の言葉を信じているのかいないのか、
シュウは「ありがとう」と言った。

それから暫くして、シュウはケンシロウを連れて戻ってきた。
初めて見るケンシロウは無口の大男でしかなく、
その後をついて歩くリンとバットは可愛らしかった。

「ケン、彼女はさんという。
 “予言の女神”の噂は聞いたことがあるだろうか?」

そのキャッチコピーは本当にやめてもらいたい。
ケンシロウは「ああ」と無表情に頷いたが、
案の定バットが「女神ぃ?」と不満げな声を出し、
リンに窘められていた。

「はじめまして、ケンシロウさん。
 貴方にどうしてもお願いしたいことがあり、
 ずっとお待ちしていました」

シュウは事前にお願いしたとおりリンとバットを連れて行ったので、
は入り口のところでケンシロウと二人残されることになった。

「お願いしたいこと、とは」

ケンシロウが太い眉を寄せる。

「サウザー様を殺さず、勝利してもらいたいのです」

は声を低めて言った。
全てケンシロウの腕にかかっている案なのだ。
身体の秘密さえ分かればどうにかなるかもしれないが、
の予言はサウザー以外にまともに取り合ってもらえない。
だから、土下座でもしてお願いするしかない。

「……詳しく聞こう」

ケンシロウが頷く。
良かった。
は「ありがとうございます」と何とか口に出したが、
あまりにほっとして涙が出そうになった。





が戻らない。
サウザーは勲章を握りつぶしそうになった。
彼女と繋がる唯一の物である。
手紙の事件は半分以上達成した。
ずれたときに現れるという話だったから、
約束を守っていると言えないことも無い訳であるが。

サウザーはの予言を信じている。
信じるに値する情報だと思っている。
あとはケンシロウを捕獲し、
更なる捕虜を取ってシュウのアジトを叩く。
そして十字陵を完成させる。

ケンシロウはその最後の仕上げを邪魔した挙句、
サウザーを殺すという。

そんな馬鹿な話があるか。
その予言だけは絶対に当てさせない。
ケンシロウは殺す。
絶対に殺してやる。
を見返すのだ。
「死ななかっただろう」と。

を失ったので、新しい女を選んでみた。
美しい女である。
しかし、以前ほど気が乗らない。
新しい服が欲しいだとか、
化粧品がどうのとか、面倒になって捨てた。

レジスタンスはちまちまと局地戦をしかけてくるものの、
全体の趨勢をひっくり返すほどのものではない。
未来が見えるなら、何故あえてその苦境を選んだのか。


いつ戻ってくるのだ。
本当にお前まで俺を裏切るのか。






アジトの中にすすり泣きがこだましていた。
強奪した食料に毒が仕込まれていたせいで、
小さな子どもが犠牲になったからである。
最近増えている。
それがサウザーのやり方だ、と憤る人が多かったが、
にはそうは思えなかった。

ケンシロウには全て伝えた。
サウザーの身体の秘密も、全て。

未来を語るだけでは誰も動いてはくれない。
必死にお願いして、ようやく少しだけ振り向いてくれる。
ケンシロウは半信半疑ながらも了承してくれた。

少年の弔いが終わってから、
ケンシロウはサウザーの視察の予定を確認してアジトを出ていった。
第一戦目の始まりである。

はその間にアルマに何人か都合をつけてもらい、
十字陵近くの街まで移動させてもらった。
ケンシロウが敗北してサウザーに連れ去られた後まで待機である。

(必ず、シバが逃げてくるはず……)

聞けば、レジスタンスとつながりのある街も何も、
十字陵近くには街は一つしかないとのことである。
シバは必ずこちらに向かってくるはず。
それも、ラオウが人目に触れずケンシロウを助けられるような、
人目につかない場所で。

は街と十字陵の間の、
身を隠しつつ監視できる場所まで進んだ。






シバはケンシロウを牢から連れ出し、荒野を歩いていた。
彼こそがサウザーを倒す男なのだ、と。
予言の女神もそう言っていた。

(もう十分離れたはず)

シバはケンシロウを岩陰に休ませ応急処置をしようと思ったが、
どの傷も深すぎて手に負えない。
ケンシロウが吐血までしたので、袖をちぎって拭いた。

そうこうしている間に追っ手のバイクの音が聞こえてきた。
もう駄目だ。
何としてでもケンシロウを生きて帰さねば。

シバは上着に隠していたダイナマイトを確認して、岩陰から出た。
瀕死のケンシロウは動けないだろうし、
岩の影にいればダイナマイトの爆風からも守られるだろう。
あとは誰かが何とかしてくれる。
何せ、あの予言の女神がついているのだから。

近寄ってきた聖帝軍を睨みつけて、
そろそろ着火しようかと思った頃合のことである。
野太い悲鳴が上がった。

「あれは……!」

シバは驚いた。
レジスタンスの男たちが聖帝軍に襲い掛かっている。
互いに少数ではあるが、
混戦になってしまうとシバのダイナマイトは使えない。
聖帝軍の一人がシバに手を伸ばす。

「貴っ様ぁ……!」

「シバ君!」

女神の声がした。
控えめで、悲しげげ、折れてしまいそうな女性だったのに、
はシバを抱えた。
彼女についていた護衛が目の前に居た兵士をなぎ倒す。

「逃げてください!
 この人数じゃそうもたない!
 何があってもシュウ様のところへ連れ帰ってやってください!
 シバ、ダイナマイトを寄越せ!」

護衛の男はシバからひったくるようにダイナマイトを奪った。

「すみません!
 シバ君、ケンシロウはどこ?」

「こっちです!」

シバはの手を引いて走り出した。
自分ができることは、まだまだ少ない。
それが非常に口惜しく、情けなかった。