Cassandra
がソファで転寝していると、突然大きな音がした。
慌てて起き上がると、
物凄い形相のサウザーが近寄ってくる。
「サウザー様、どうかしましたか?」
「シュウが離脱する」
思ったよりも早い。
が顔を顰めると、
テーブルの上のカップを払い飛ばしてそこに座った。
単純に距離が近いので、日本人にはありえない色の瞳がよく見える。
「行くのか」
何かに縋るように言う。
はその目に、昔のサウザーを思い出した。
普段の彼には無い顔である。
そんな顔をさせて申し訳なく思うと同時に、
そんな顔をしてくれるのだと思うと少し嬉しい。
「……行きます。
サウザー様のために」
はゆっくりと、サウザーのその両目を覗き込みながら言った。
「裏切るのか」
「一時的にはそうなりますけど……
サウザー様に生きてもらうにはそれが最良だと思ったからです」
「裏切り者に容赦はせん」
「知っています。
蟻ほどに力が無くても、反逆者は許さない。
それが私が知るサウザー様です」
「……何故だ」
「また戻ります、必ず。
サウザー様が生きる道が確保できたら」
は手を伸ばして、サウザーの頬に触れた。
振り払われるかと思ったが、サウザーは呆然と
を眺めている。
「そんな顔は似合わないですよ」
サウザーはむ、と顰めた。
その反応に
は少し笑う。
「嘘じゃないという担保に、
最後の手の内全部教えますから少し待ってくださいね?」
シュウについていくしかないと思った直後から、
準備を始めていた
である。
まず、サウザーの未来に起こる出来事を詳しく記した手紙を残す。
これは完成している。
「こっちの封筒にはサウザー様の未来を書きました。
もしそれと違う事件が起きたら、
生き残れるんじゃないかと思います。
そうしたら私は戻ります。
で、その担保に渡すのはこれです」
はずっと隠し持っていた勲章を出した。
サウザーの顔色がさっと変わる。
「これは――…」
「サウザー様がオウガイ様から受け取らず、投げ捨てたものです。
拾ってずっと隠し持っていました」
「馬鹿な!
あの場所は誰も知らぬはずだ!」
「私も場所は知りません。
その後、ここへ来たので。
時間も場所も違いますけど。
これをサウザー様にお返しします。
必ず戻りますから、これと同等のご褒美用意しておいてください。
――…これと予言を当てた分、併せたご褒美でお願いします」
サウザーの手に勲章を乗せる。
の手には少し大きいが、サウザーの手には随分小さい。
なんとか握らせて、両手を添えた。
「絶対に戻りますから」
「何を理由に信じろと」
「そうですね、戻ったら最初に力いっぱい抱きしめてください」
「……死ぬつもりか?」
「え?
肋骨粉砕する感じですか?
それは嫌なので、死なない程度にしてください」
ふ、とサウザーが笑った。
「それでどうする。
貴様は元の世界に戻るのだろう?」
は驚いた。
あの荒唐無稽な、言った自分が恥ずかしくなるような、
現実味の全く無い話をサウザーが口に出すとは。
「そうですけど……だから、戻るまで幸せ感じさせてください」
サウザーは
の寝顔をぼんやりと眺めていた。
彼女が持ち出した勲章は、
オウガイの死体を持ち帰った後何度も探した。
探したが、結局見つからなかった。
オウガイが勲章を出してきたとき、
自分よりもサウザーの方がふさわしいと言っていた。
将星としての道を行く者として。
その証である勲章を失ったということは、
自分も将星としての道を行くにふさわしくない者なのだ、
と天が突きつけてきたのだと思っていたのだが。
(まさか
が持っていたとはな)
ずっと、何か隠し持っているとは思っていたのだ。
最初は武器かなにかかと思ったが、
全く攻撃する気配もなく、身を守るでもない。
シュウが何か渡したのだろうとばかり思っていたが。
彼女の言葉を信じるならば、
既に勲章を手にした状態で噴水に来たとのことである。
最初に身体検査をした奴は何をしていたのだろうか。
しかし、もう良い。
いつか戻るという。
そのときは褒美をくれという。
持っていた数少ない財産と思われる予言を書き残し、
勲章はサウザーに渡してゆく。
彼女の手には何も残らない。
戻ることを信じている自分が居ることを自覚している。
そんなことを信じるから辛い目に遭うのだと知っている。
今は手放したいとは毛頭思わないが、
後々苦しく思うくらいなら、
いっそ目の前からきれいさっぱり消えてくれた方が良いのだ。
その方が後腐れが無い。
サウザーはそう自分に言い聞かせた。
シュウが
の部屋に入ると、
彼女はいつものごとくのんびりとソファに座っていた。
「
さん、申し訳ないが――…」
「離脱するんですよね、一緒に行かせてください。
何の戦力にもなりませんけれど……」
そう言ってえへへ、と笑ったのだった。
「どうして知っているのだ」
「サウザー様に教えてもらいました」
「
さんが出て行くことを許したのか?」
「そうでも無い感じでしたけど……まあ、なんとか。
戦力にならないついでに悪いんですが、
私は私の考えの元に行動します。
シュウさんにも、死んでもらいたくないんです」
いつになく強い光を放つ声だった。
「それで構わない。
“予言の女神”が来てくれるなら、皆喜ぶよ」
シュウがそういうと、
は「うわあ」と嫌そうな声をあげた。
「そのキャッチフレーズ、どうにかならないですかね?
勝手に美人でナイスバディなイメージとか持たれると、
申し訳ないのですが……」
「無闇に見た目を気にするのは良くないぞ」
そう言ったところで、
自分が言うには説得力の無さ過ぎるセリフだったと反省した。
シュウに容貌の美醜の判断をつけることは不可能だからだ。
「……シバも楽しみにしている。
ここでの生活ほどの快適さは無いと思うが、
ついてきてくれるかな?」
シュウはおどけてダンスに誘うように手を出した。
「よろしくお願いします」
が手をのせた。
驚くほど細く、小さい。
彼女のようなか弱い女性に、
サウザーと戦う道に誘って申し訳ないとも思う。
しかし、彼女にとっては残ることも地獄だろう。
サウザーに反旗を翻すにあたって、
を助けないという選択肢がシュウの中には無かった。
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