Cassandra


「噂に聞きましたけれど、
 様はシュウ様と将来を誓い合った仲だとか。
 いつまでもここに留め置かれるのはおかわいそうで」

酷い誤解が含まれているが、
ここに残らずになんとかなるのならばそれに越したことはない。
誰も望んでサウザーと直接対峙したくは無い。

「シュウさんとは何もないですが、願っても無い申し出です。
 とってもありがたいです、ええ」

にとっても良い提案だが、サウザーもその方が良いだろう。
なにせ、この美女の相手の方が楽しいに決まっている。

……少し虚しくなる。

「ですから、私にも未来を教えていただけないでしょうか?
 サウザー様が天下を掴む未来を」

そう信じて疑わないのだろう。
嫣然とサナは微笑んだが、
残念ながら彼女を喜ばせるような回答は出来ない。

何せ、サウザーは天を掴むより前に死亡するのだから。

はそのサウザー死亡を阻止する為だけに動いているのであり、
その部分を信じてもらうのは難しそうである。

「サウザー様は天下を治めることはありません」

は個人名などは伏せ、言葉を選びながら、
絶望的な未来が待っていることを告げた。
サナの顔から笑みが徐々に消え、能面のように表情を失っていく。
元の造作が整っているだけに、その顔が恐ろしい。

「……嘘」

能面がだんだんと龍女っぽくなっている。
このまま般若になっていくのだろうか?
ははは……まさか。

「そうならないために今、手を尽くしています」

「手を尽くすって、笑わせないでよ!
 ……それとも…私をコケにしてるのね?」

サナの顔が無表情から、憤怒に染められてゆく。
わなわなと震え、を睨みつけて。

「サナさんを馬鹿にしたい訳ではなくて、
 役割の説明をしているだけで……」

「じゃあ、いつか負けると思いながらついてるって言うの?
 そんな馬鹿なこと信じられる訳ないでしょう!」

サナはテーブルに置いてあったポットをつかみ、
中身をにぶちまけた。

「熱っつい!!!」

は両袖で顔を拭った。
その間にサナは机を乗り越え、
の頭を掴んでソファに叩きつける。
非常に高価そうなソファのおかげで衝撃は殆ど無かったが、
馬乗りになったサナが拳を振り下ろしてくる。

「あんたのせいで……!」

顔を両袖で拭っていたおかげで、
なんとかガードの姿勢をとることができている。
牢屋で殴られたときよりは痛くはないが、痛いものは痛い。
反撃したいところだが、
サウザーが見た目を気に入ったと断言していた、
そんな女性を殴る勇気が出ない。






サウザーは兵士の報告を受けて「馬鹿が!」と吐き捨てた。
に面会できる人間には制限を設けている。
それは勿論彼女が逃亡を図るのを防ぐためでもあるが、
無駄な面倒から遠ざける狙いもある。
何せ、彼女に戦闘力は皆無である。

そして、今回は相手も悪かった。
サナの顔を知っている兵士だったというのも運が悪かったが、
そうでない兵士だったとしても骨抜きにされたことだろう。
そういう人種である。

まさかサナがに襲撃を受けるとは。

どちらに加勢したものか迷った護衛は、
サウザーからの指示を仰ぎにきたらしかった。

「……どけ!」

サウザーは読みかけの資料を机に放って部屋を出た。
である。
なぜ部屋に入れるのか。
馬鹿なのか。
そうだ、きっと馬鹿なのだろう。

(自覚を持てと忠告までしたやったのに……!)

の部屋の前までくると、
持ち場に残された兵士が困りきった顔で立っていた。
無視して中に入る。

元からある調度品以外には何も無い部屋のソファで、
サナがに拳を振り下ろしていた。
どういう奇跡が起きたのか、
は両腕で頭部はなんとかガードしている。
その腕には既に青あざがいくつか見えた。

サウザーは二人に近寄り、「おい」と声をかけた。





は両腕の隙間から、
般若のような形相で拳を振り下ろすサナを眺めていた。
そこまでするほど好きなのだなぁ、とぼんやり思ったが、

『いつか負けると思いながらサウザーについてるの?』

と言っていたことを考えると、
サウザーという強大な力を頼りに生きていくつもりだったのか。
残念ながらそれは達成されない。
見る目が無かったと言うほかない。
唯一生き残る男ケンシロウはユリア以外を選ばないので、
地道に生きる道しか残されていないのだ。

そう思うと哀れに感じたが、同時に腹が立ってきた。
お前こそそんな覚悟で生きているのかよ!と。
誰よりもサウザーの寵愛を受けているというのに!
サウザーが生き残らなければ、
は安穏と生活できていた元の世界に戻ることすらできないのに!

こんな奴がひっついているからサウザーはセコい考えを持つのだ!

別にの物でもなんでもないが、そう思ったのだった。
どこの姑か。
サナの罵倒のネタも尽きた頃、
いつの間にかサウザーが立っているのが見えた。

「おい」

サナの視線が揺らぎ、振り返る。
その大きな乳は拳を振り下ろすのには大層邪魔だったろう。

サウザーは彼女を抱き寄せるのだろうか、
と泣きそうな気持ちで眺めていると、
予想に反して素早く片手を水平に払った。
自分ではなくサナを叱るのだという優越感を感じたが、
平手打ちにしては音がしない。

まさか、南都聖拳を使ったというのだろうか?

その不安は的中した。
は腕を更に緩めたせいで、その隙間から見てしまった。
サナの首から上が切り離されて、ごろりと落ちるのを。
切断面から血が噴水のように噴出す。

「ぁ……っ!」

人間、本当に驚くと声が出なくなるものらしい。
は呆然としていたが、血が降り注いで漸く我に返った。

「ぎゃああああああああっ!!」

やっと悲鳴がでた。
声の限りに、息が続く限りに、は絶叫した。
温かい血液がに降り注ぐ。
支える力を失ったサナの胴体が傾ぎ、
の上にかぶさるように倒れてくる。

は両腕でとにかく視界を塞いだ。
身をよじる。
その力でサナの身体が床へと落ちたようだ。

べたべたする。
温かい。
今までサナを動かしていた血液が。
首だけが先に落ちて。

「ぅぁあああああっ!!」

憎いなどと思って悪かった。
もっと、もっと上手く話せていたらこんなことには!

「黙れ!」

サウザーの恫喝するような叫び声がした。
あまりの大声には息をつめるようにして黙る。
乱暴に引っ張り起されて、
がちがちに固まった腕をつかまれる。

「力を抜け」

そう言われても、自分の意思では動かない。
このままでは自分も殺されてしまう。
は唇をかんだ。