Cassandra


先だっての食事の場で死んだ人間も、
もしくはサウザーに対して害意を持つ者だった上、
血しぶきが雨のごとく降るような惨劇ではなかったが、
はやはり気分が悪くなって休んでいた。

賓客であるとサウザーは寝言を言っていたが、
こんな軟禁生活が賓客である訳が無い。
もしかすると賓客以外は死亡するのかもしれないが、
そうだとしても誤解を減らすために名称の変更を提案したい。

もやもやした気持ちでベッドに寝そべっていると、
ナイスバディの美人の顔がちらついた。
『飼っている』という表現はどぎつい照れ隠しなのだろうか。
確かにサウザーには力も金も権力もある。
愛人の一人や二人や三人くらい居て当然だろう。
しかし、を値踏みし、あざ笑うかのような笑み。
別にそんな視線をいただく理由は欠片も無い。

サウザーはレイのような甘さは無いが整った顔をしている。
シュウのような誠実さとは別の理由ではあるが時間を作ってくれるし、
何事もなければその時間はそれなりに楽しい。
サウザーの保護下であるが北斗の拳の世界の流れがリアルに分かる。
その安全な生活を保障してくれているから、
少なからず恩を感じるべき部分もある。

それにしたってあの人を馬鹿にしつくしたような言動と、
殺人に対する心理的ハードルの低さと、
疑り深すぎる性質は如何な物かと思う。
いじめられて喜ぶ趣味はには無い。

それなのにモヤモヤとすっきりしない気分なのは、
原作にはサウザーの身辺に女性の影がなかったからだ。
だから多少ショックを受けているだけだ。

ショックを。

「……そんな訳ない!」

誰も居ないことを幸いに、は毒づいた。
もうこのことについては考えないことにする。

話を戻してシュウである。
このままではシュウがサウザーを見限ることにも納得である。
そうなれば物語が進んでしまう。
物語が進むとサウザーの死が近付くが、
現状何か手を打てたわけでもなく、
が元の世界に戻る可能性が低くなる。

一刻も早くサウザーを改心させる事件を起さねばならない。
少年漫画らしく殴りあった後は友達さ、
というのをシュウとやってもらうのが理想だが、
どうにもそういうのが望めなさそうな性格なのが辛い。

もしあの雨に打たれて絶叫する、
少年サウザーの姿を見ていなければ諦めていたかもしれない。
あの悲痛な、聞く者の心まですり潰されてしまいそうな声。
最期は幸せそうに死ぬ予定だが、
幸せに生きる時間がもう少しあっても良かったのでは、
とも思ってしまう。

シュウはを信じてくれるといったが、
まるで親の敵のようにサウザーは仕事をシュウに投げ続けている。
おかげで相談する暇もなければ打つ手も無い。
何かしら行動を起してくれているようだが、
状況が変化したとは思えない。

何もできない。

ぼんやりしていると、サウザーがさも当然という風にナイフを投げ、
どう、と人が倒れる情景を思い出してしまった。
胃が中身を突き返そうとする不穏な気配を感じ、
は「うえ」と短く呻いて、目を瞑った。





サウザーはシュウを遠ざけたことで少しだけ溜飲を下げた。
それでなくても面倒な男であるというのに、
と二人で何か企もうとするからだ。
最近一段と口うるさくなったのもの入れ知恵だろうか?

それに。
刺客のせいで追求がうやむやになってしまったが、
はシュウが裏切ることを示唆していた。
シンやレイ、ユダのように離脱するとは限らないが、
ケンシロウというサウザーを殺す男を導くのはシュウであるらしい。
許しがたい。

前々からサウザーはシュウを見ると不愉快な気分になるのだった。
初対面の頃からそうなので、
生理的に合わないということなのだろうと理解している。
拳の腕はそれほど無いのに、人望だけは篤い。
羨ましいのではなく、そのせいで面倒が多いというだけである。
おかげでシュウをないがしろにすると、
南斗の一部の人間は良い顔をしない。

そんな面倒なしがらみから解放されるべく、
着々と私兵の準備を整えている。
兵の質は下がるが力による統制が有効なので命令は絶対だし、
シュウの兵の損耗が激しくなったあたりでお披露目となるだろう。
今はまだまともに渡り合える程ではない。

サナの部屋で休もうか、と少し思ったが、
廊下で出くわしたときの妙な顔をしたを思い出した。
一瞬でへらへらした笑いを浮かべたが。
また出くわすかもしれない。
そう思うとなんとなく行く気が失せた。






は数日寝込んだ。
真横に立っていた人が死ぬというのは、
処刑を遠くから眺めるよりもショックが大きかったようだ。
自分がこれほどデリケートにできているとは思わなかった。

サウザー曰くは既に何度か命を狙われており、
その都度誰かが始末しているらしいが、
やはり目の前でなければ、知覚しなければ、
そういった残虐なシーンは遠い世界のように感じる。
もしラオウかトキ、ジャギを助けたいなどと思っていたら、
人体爆発を目の当たりにして寝付いていたかもしれない。

「慣れろと言ったろうが」

と、サウザーはかなりご立腹な様子で、
おいしそうなテリーヌにフォークを突き立てた。

「そんなにすぐに慣れるのは難しそうです……」

食欲が無いと伝えてあったので、
の前には大きめの皿に何かのポタージュが置かれている。
カリカリだろうと思われるクルトンをスプーンで無闇に沈めてみる。

「貴様も一人や二人、殺してみるか?
 そうすれば――…」

「無理です!嫌です!」

サウザーがせせら笑う。

「やれやれ、“予言の女神”は口うるさくてかなわん」

「……何ですか、それ」

「貴様の噂はどこからか知らんが漏れていてな。
 ついたあだ名が“予言の女神”らしい。
 実物を知っておればそんな大層な名前は付けんだろうがな」

自分で名乗った訳でもないのに、
馬鹿にされるとやはり腹が立つものである。
それに、女神などと呼ばれるほど良い立場ではない。
笑うサウザーを睨みつけていると、
視線に気づいたのかサウザーは難しい顔に戻った。

「そう睨むな。
 また一つ貴様の予言が当たったぞ?
 シンはユリアのために街を一つ建て始めたようだ」

かわいそうなユリア。
ケンシロウは七つの傷を抱えて、そうして旅に出るのだ。
彼は今どうしているのだろうか?
着々と時間が流れているのが辛い。

「貴様に人気が集まるのならば、人前に引っ張りださねばならん。
 着替えを何着か用意させるからそのつもりで居ろ」

「客寄せパンダですか」

「そんなところだ。
 勝利が約束されていると信じ込ませれば、
 士気も上がるだろうしな」

サウザーは満足げにテリーヌの最後の一切れを口に入れた。

「あの、前の美人さんにお願いできないですか?
 私よりずっと人前に出られる方だと思いますけれど」

あの、色っぽい、肉感的な美女であれば見栄えもする。
サウザー自身が指摘したのだから、それで良いではないか。
そう思ったのだが、
サウザーは妙な顔をして「それは駄目だ」と言った。

「女神っぽいじゃないですか」

と少し粘ってみたが、却下された。
変な虫でもついたら困るのかもしれない。
そう思うと、
殆ど会話もしたことのない美女が非常に羨ましく感じたのだった。