Cassandra
サウザーに促されたので、
は六聖拳の皆の最期を詳しく説明することにした。
シンはユリア強奪後、KINGを名乗り町を建設する。
しかし、ユリアは苦しむ人々を目にして自殺。
ユリアを取り戻しに現れたケンシロウの拳に倒れる、と。
ユリアは本当は生きているが、
彼の命をかけた戦いを無駄にしないためにも敢えて嘘をついた。
ユダは北斗と南斗の間をふらついた後、
拳王と激突することになるサウザーに帰順、
しばらく行動を共にすることになる。
レイは旅の途中、拳王に致命傷を与えられた後、
滞在中の街を襲ったユダを殺し、死亡する。
レイが愛する妹アイリはその町で暮らしてゆくことになる訳だが、
それらの不幸の説明は省いた。
あまり楽しい話ではない。
「シュウはどうなのだ」
「シュウさんは――…」
反聖帝軍としての活動の後、聖帝十字陵の聖碑を運び、
サウザーの槍を受けて力尽き、死亡する。
彼の死に様こそ一番残酷だ。
「すみません、まだ詳しくお知らせできるほどは知らないのです」
言えなかった。
反逆の兆しをかぎつけられたら、
レジスタンスを組織する前にシュウの命が危なくなる。
「まだ、と言ったな?
分かれば教えろ」
どのようなカラクリで未来を知るのか、サウザーはまだ知らない。
は「はい」と答えて緊張で味のしないパンを咀嚼した。
「俺はケンシロウに殺されると言ったが、
それまでは何があるのか分からんのか?」
サウザーは相変わらず上品な動作でナイフを操りながら言う。
給仕が
のグラスに水を注ぎ足した。
は軽く会釈するが、サウザーは完全に無視である。
彼の未来を詳しく話すとなると、どうしてもシュウの未来と重なる。
分からないと言った手前、関わる部分は隠さねばならない。
「一度ラオウと交戦することになります。
拳士としての戦いでは引き分けますが、
帰順する必要があります」
「何だと?」
不快げにサウザーが顔を顰める。
「十分な手勢も無い男に、俺が帰順する必要があると?」
「これからラオウは破竹の勢いで勢力を拡大します。
交戦する頃には巨大な勢力を率いることになります。
ですが、その後ラオウはケンシロウと引き分け、
リュウガが取って代わることになります」
「リュウガ?
天狼が出るのか?」
は頷く。
その頃にはシュウもレイも味方ではなく、
汚物を消毒してしまうようなタイプのモヒカンが居る、
チンピラの集まりに成り下がっていることだろう。
「今のところ、貴様の予言はすべて的中している。
ラオウが名乗る名前は何だったか……」
「拳王ですか」
「そう、その“拳王”を名乗ったら何か褒美をくれてやろう。
何が良い」
完全に人を馬鹿にしたような顔をしているが、
褒められるならば嬉しい。
「すぐには思いつきません。
とにかく、ケンシロウとの戦いを避けてくださればそれで」
はそう答えておいた。
なにせ、こちらでどれほど高価なものを手に入れようとも、
彼が生き残ってくれれば無用の長物となる。
万が一死んでしまったらと考えると、
貰っておいて損は無いのかもしれないが。
「死ぬな、と。
それほど俺は弱く見えるか」
はぎくりとして顔を上げると、
馬鹿にした表情はそのままに視線は射殺されそうなほど鋭かった。
プライドの高さと気の短さが異常である。
「そういう訳じゃないんです。
サウザー様はラオウと引き分けこそすれ、
負けることはありませんから」
「負けぬ、と?」
「はい」
たぶん、という言葉は飲み込んだ。
本編でも外伝でも、
はっきりと敗北と決まったのはケンシロウ戦だけである。
拳王戦は双方負傷の末、サウザーが帰順する。
それだけである。
は拳士の精神構造がいまいち理解しきれなかったが、
どうやらただ試合の末の死は気にしないようである。
それは学んだ。
だが、どこにどう落とし穴があるか分からないので、
が意図した通りの意味で言葉が伝わるのか不安が残る。
まだ少し震える手でパンを取って食べる。
美味しいはずのパンだったが、
やはり砂を噛むような気分だった。
の話はなかなか面白かったが、
一番気になるのはケンシロウの活躍である。
ある程度才能があるのは認めるが、
ラオウを差し置いて伝承者となっただけあるのだろうか。
密偵を貼り付けるほどではないが、
情報は集めておくように指示を出しておく。
それから
の機嫌をとるべく何度か食事の席を設けたり、
何の娯楽も無いので気晴らしになるかと処刑の場に呼んでみた。
処刑の方は何度見ても慣れないようで、
青い顔になって暫くして席を外す。
どうにも苦手なようだった。
その代わり食事の席ではよく話す。
サウザーの方も何か重要な予言でも出るかと基本的には遮らないし、
本人曰く“まともに取り合う唯一の人”らしい。
まあ、荒唐無稽だと捉えるのが常識的な判断だろう。
しかし収拾している情報から考えると、
が主張する未来はどれも近々実現しそうだ。
他の人間に公開していない情報もあるので、
シュウはまだ信じる理由が欠片も無いのだろう。
「考えたんですけれど、ケンシロウを傀儡にするってどうですかね。
味方にしちゃえば戦う必要も無いし、
サウザー様が裏から操ってくれれば」
と、下衆な顔で言うのを見て笑ってしまった。
真剣に考えての提案だったらしいが、
そんな傀儡を立てねばならない覇権など要らない。
シュウは忙しい合間を縫って
と面会を続けている。
実際に逃がそうとしていた部下の男もそうだ。
二人以外に積極的に関わろうとする人間は居ない。
その二人から信じてもらえないおかげで
がよくしゃべる。
随分とよく出来た仕組みである。
もう少し美しく、体型が良ければ、
傍に侍らせてやろうかと考えないでもない。
耳にタコができるかと思う程繰り返されるフレーズを、
金輪際口にしないという約束があれば、だが。
ケンシロウとの戦いはサウザーの死に繋がる。
ははっきりとそう言っていた。
サウザーの未来が話題に上ると必ず言う。
それを知らせるために居るのだ、と解釈できるような発言もあった。
記憶喪失の人間がそんな発言をするだろうか。
するわけがない。
シュウの方でそう解釈した、という話なのだろう。
は何か隠している。
その隠された情報を暴かない限り、
完全に信用できる相手とは思えない。
「普通のお嬢さんにしか見えないのですが」
と、見張りにつけた兵士は言う。
そんな普通の女に心配されるということが腹立たしいが、
おびえたり、打開策を考える様は滑稽で笑えるのだった。
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