Cassandra


は悩んだ末、駄目元でレイへの面会をサウザーに願い出た。
シンやユダは怒らせてしまうと命の危険を感じるが、
レイならば殺されるということも無いだろうと考えたからである。

サウザーからの返答はそっけないもので、
場所と日時の指定、一人誰かを同席させることで許可が下りた。
今逃げると、一生サウザーと直接会うことは無いだろう。
それはこの世界で生きていくことを選択することを意味する。
逃げ出すようなことをは考えていなかったが、
警戒されている様子である。
勿論、はその条件を飲んだ。

指定された部屋に向かうと、
既にレイが居た。
シュウも同席してくれている。

「南斗水鳥拳伝承者のレイだ。
 君が噂のサウザーの客人なのかな?」

漫画で出てきたのは既に苦労の只中の状態であり、
今のレイはただのさわやかな好青年、といった風貌である。

「初めまして、と申します」

「彼女から伝えたいことがあると頼まれてね。
 ご足労願ったのだ」

シュウはいつでも優しい。
用意された席につくと、
レイは眉根を寄せて「厳重な警備だな」と言った。
だが、部屋の中にはサウザーの部下らしき人間は一人しかいない。
よほどの使い手なのだろうか?

「そうなんですか?」

が訪ねると、二人は顔を見合わせて苦笑した。

「部屋の中には一人しかいないが、
 廊下には結構な数の拳士がつめているようだ。
 彼女が一体何をしたというんだ」

「突然あの噴水の所に現れてね。
 その前の記憶を少し失っているようだ。
 予言をしてくれるんだが……
 どうにもサウザーはそれを気に入っているようだ」

シュウが肩をすくめる。
確かに、彼らにとっては他の占い師と大差ないだろう。
もしかすると占い師の中には同じ境遇の人間もいるかもしれないが。

「予言、か。
 アイリを守ってくれるような男は現れてくれるかな?」

レイが冗談っぽく笑う。

「アイリさんは自分で自分の道を歩み始めます。
 ……今は元気にしていらっしゃるんですか?」

「ああ、勿論」

「気をつけてください。
 可愛らしい方ですから、
 レイさんが離れている間に誘拐されかねません。
 あと、レイさんご自身はラオウとは交戦しないでください」

レイは少し驚いた顔をして、そして笑った。

「とても心配してくださっているのだな。
 出来る限り気をつけよう」

「万事その調子なのだ。
 シンはケンシロウに敗れるだろう、とかね。
 拳の試合の末に死ぬことは、
 拳士にとっては覚悟の上のことなのだから心配は無い」

シュウも笑う。
その言葉で、彼らがにまともに取り合わない理由を知った。

「戦って、負けて、死ぬのは覚悟の上なんですか」

「拳を交えることは死に繋がることもある。
 誰かを殺すかもしれないのに、
 自分が死ぬ覚悟をしないのは当然だろう?」

シュウがあやすように言う。

「まあ、勝敗は二の次で、
 戦わねばならぬときというのは誰にだってあるが」

レイもそう言って頷く。
は頭を抱えたくなった。
同じ日本語を使っていても、上手く意思疎通できていない。

「そういう意味では、サウザーは何を考えているのだろうな。
 さんはそういう話以外には何か話したか?」

二人の視線が突如に向けられたので、
消え入りそうな声で「いいえ」と応えた。

「将星として手を打ってくれるのか」

レイが眉間に皺を寄せる。

「さあて、俺にもわからん」

そこからは外の世界の話になった。
よくわからない未来よりも、今目の前にある困難である。
最近、ゴロツキの道場破りが頻繁に押しかけるようになってきたそうだ。
南斗聖拳という看板はかなり世に知られているらしい。
そうして名をあげたいという輩が増えたということだろう。

「サウザーは敗北を許さない。
 流派によっては不利な試合を挑まれることも多いらしいから、
 最近はこちらに集まってきている」

シュウが難しい顔をして言う。
サウザーはそのうち、
その道場破りに対しても更に強く出ることになる。
そして、その後は領土の拡大に動き出す。
そう伝えてみたものの、二人は「まさかそんな」と笑っていた。

はもう、二人に信じてもらうことを諦めることにした。
今はまだ、時ではないのだ。
その時になればきっと信じてくれるはず。
たぶん。

「こんな話をしていたと、
 後で思い出していただければ幸いです。
 その後の最悪の未来を回避してもらえるなら」

そんな当たり障りの無い終わり方で会談は終了し、
レイは他にも用があると去っていった。
部屋に一人戻ったは、
レイにすら信じてもらえなかった現実に徒労感を噛み締めた。

は一応客人という扱いのため、
催しがあると招かれるようになった。
とはいえ、サウザーの近くの席でぼうっとしているだけである。
宴席であれば食事をするだけだ。
そういう席では、レイも気を使って声をかけてくれるようになった。
孤独ではないが、彼らはの言葉を信じない。

(辛いなぁ)

それが偽らざる本音である。
サウザーも一応声をかけてくれるが、挨拶程度である。
前回教えた未来はまだ、達成されていないのかもしれない。





死んだリュウケンであるが、
どうやら何者かによって殺されたらしかった。
その墓参りに現れたケンシロウから、シンはユリアを強奪した。
驚くべきはシンがつけた傷痕で、北斗七星の形になっているという。
ほぼ時を同じくしてシンは離脱を宣言した。
すべて、の予言どおりである。

薄気味の悪さを感じ始めたサウザーである。
このまま的中していくならば、
ユリアを取り戻しに現れたケンシロウにシンは殺される。
それで目出度し目出度し、ではないのか。
そんなことを考えながらふと思い出した。

サウザーはケンシロウに殺される。

が当初からずっと言い続けている言葉である。
根拠を質してもはっきりしない。
二度目の戦いで殺されるらしい。

このまま的中し続けるならば、
ケンシロウを抹殺するよう手配せねばならない。
ただ、子どもの時点で並の拳士では相手にならなかったので、
そのうち自分が出張らねばならないだろう。

そんなことを思いながら、
時間があいたのでとの会食の場を設けた。
ほぼ軟禁状態にさせるサウザーに対して不満があるかと思いきや、
最近は逆に態度を軟化させている。

「やけに機嫌が良いな?」

尋ねると、たどたどしい手つきでナイフとフォークを動かしながら、

「私の話を信じてくれるのはサウザー様だけなので」

と苦笑していた。
別にまだ信じている訳ではない。