Cassandra


三食昼寝監視つきの高級な虜囚生活が本格的に始まった。
シュウとアルマが日替わりで面会に来てくれるし、
部屋を出歩くことを制限される以外は何の不自由も無かった。
特に食事はどれも美味しく、
運動しないこともあって太ってしまいそうだった。

サウザーからお呼び出しはかからない。
おそらく、以前話した事案の確認しているのだろう。

欲を言うならば北斗や南斗のメンバーには欠けてほしくない。
トキやラオウが死ぬのは、
サウザー死後のことであるから何とかなるかもしれないが、
ジャギは打つ手が無さそうだ。
北斗神拳の伝承者決定とほぼ同時に彼の顔は崩壊するが、
そんな心配はもう遅すぎる。
が動かせる唯一の駒である自分の身体の自由は制限されている。

南斗は。
最初に命を落すのはシンである。
リュウケンの墓参りの際にユリアを強奪する。
その後サザンクロスを建設し、ユリアが自殺に見せかけて隠遁、
ケンシロウがシンを殺す。

ユダはそろそろラオウとサウザーの間をふらふらし始める頃合だ。
その後サウザーにつき、最終的にマミヤの村でレイに殺される。

レイはまだシュウと親友らしく協力し合っているらしい。
もうすぐ彼の可愛い妹であるアイリは誘拐され、
紆余曲折を経て牙大王の所で再会する。
そしてラオウに秘孔を突かれ、ユダを殺した後に寿命が尽きる。

レイに対してできる助言はアイリの安全に気をつけろ、
シンに対してはユリアに近付くな、
ユダは……自分に正直に、だろうか。

面会に来てくれたシュウに彼らの未来について話してみたが、
渋い顔をされてしまった。
別に彼らが不幸になってほしくてそんなことを言うのではない。
そうなってほしくないからこその忠告なのに、
彼にとってはあまり聞きたくない呪いの言葉に聞こえるらしい。

3交代のシフト勤務でやってくる見張りの兵士達は、
最初は難色を示したものの、
散歩の途中の雑談に付き合ってくれる程度には仲良くなった。
暇すぎて死にそうだったので、執拗に話しかけた成果である。

シュウが後々サウザーのやり口に反発して離脱すると言うと、
それは無い、と皆が笑いながら首を横に振った。
六聖拳は南斗の諸派を束ねる拳であり、
その一つである白鷺拳の伝承者たるシュウは責任感もあり、
そんな馬鹿げたことはしない、と。
あまり言い募っては反感を買いそうだったので、
それ以来はこの世界の未来について誰にも話していない。

そうして、無為無策な日々を過ごしていると、
漸くサウザーからお呼びがかかった。
以前と同じく食事の時間を利用しての会談となったが、
今回はサウザーも上機嫌だった。

「貴様の言ったとおり、ケンシロウが伝承者でほぼ決まりらしい。
 トキは病に侵されており先は長くない。
 あとはラオウだ」

席につくなり悪どい笑みを浮かべてそう言った。
予言が当たるのは当然である。
はこの世界の暫く先の話まで読んでいるのだから。

「信じてくれますか?」

「有益で正確な予言が続くならばな」

サウザーは満足そうに言った。

初めてである。
の言葉を信じるといってくれたのは。
うれしくて涙が出そうだったが、
サウザーが至極面倒そうな顔をしたので慌てて引っ込めた。

「この後はどうなる」

「シンさんは離脱後、ユリアさんを誘拐しに行くでしょう。
 リュウケンさんの墓所を特定すれば確認できます。
 ケンシロウは胸に北斗七星の形に傷を負うことになります。
 ユダさんは一度裏切りますが、後に戻ります。
 そちらはまだですか」

「あの爺ももうすぐ死ぬのか、良い話だ。
 シンとユダに関してはその兆候はあるらしいが、
 俺の部下ですらその程度の情報しか得られんかった。
 確信を持っているようだがどうやって調べた?」

サウザーはさりげなく聞いたつもりかもしれないが、
その視線が突然鋭くなり、は恐怖に少し震えた。

「知っています。
 調べている訳ではありません」

「神のお告げでもあるというのか?」

「それに近いと思います。
 水晶とか、カードとか、
 そういう物は必要ありませんし」

「自由になりたいならばその術を教えた方が得策だぞ?」

できるならばすべてお任せしたい。
それでサウザーが生き残ってくれるならば。
しかし、それは難しいことは明白である。
別世界に行って漫画読んでください、なんて荒唐無稽に過ぎる。

「お教えしたいのは山々ですが、
 私も理屈を理解していないのです」

「……分かり次第教えろ。
 互いのためだ」

「そのつもりです。
 ですから……信じてくださるのでしたら、
 ケンシロウとの戦いは避けてください」

がそう言うと、サウザーは手を止めて薄ら笑いを浮かべた。

「くどいな」

「それがサウザー様の死に繋がるからです」

「ラオウではなくケンシロウであろう?
 あんな小僧一人、恐れるに足りぬわ」

完全に舐めきっている。

「ケンシロウは二度戦うことになるでしょう。
 二度目にサウザー様は殺されることになります」

「不吉な予言だが、それは無理というものだ。
 あの男、ユリアと二人で田舎暮らしを始めるつもりらしいぞ」

腑抜けにも程がある、とサウザーは笑った。
何が腑抜けか。
為政者が最強である必要などどこにもない。
むしろ害悪があるばかりである。
誰も諌める人間が居ないのだから。

「……離脱した後のシンさんですが、
 ケンシロウに敗れて死亡します。
 ですから、彼にはユリアさんを諦めるようお伝えください」

「力ある者が上に立つ時代が来る。
 シンが力ある者ならば、奪い取って当然だ。
 ユリアも本望だろう」

「人の気持ちを何だと思っているんですか。
 愛する人と引き裂かれる苦しみはご存知でしょう?」

「……いいや?」

サウザーの人を完全に舐めきった視線が、
の顔色を探るようなものに変わった。
ナイフの持ち手が変わっている。
槍を投げてシュウを殺した男である。
目の前に座るくらい、ナイフで簡単に殺せるだろう。

「……そうですか。
 二人は深い愛で結ばれているようです。
 ユリアさんが悲しみのあまり自殺しかねません」

は何も気がつかなかった風を装いながら、何とか水を飲んだ。
手が震えていて、歯がグラスに当たってかちりと音を立てた。

「ふん……手に入れた女に逃げられる程度の男だった、
 ということだろう。
 俺には関係ないことだ」

サウザーはナイフを持ち直し、食事を再開した。
背中をじんわりと嫌な汗が流れる。
直接シンに会いに行くことはできないと思われるので、
彼の命は諦めるほか無いようだった。
無断で会いに行こうとして、命を落すのは自分だろう。

雨に打たれ、オウガイの死体を抱きかかえ、
絶叫していた少年サウザーを思い出す。
最後は情を取り戻すはずのサウザーであるが、
今目の前に居る男にそんな情を持ち合わせている様子は欠片も見当たらない。