Cassandra


「……後添えか?」

サウザーが鼻で笑うように言った。
シュウは苦笑しながら首を横に振る。

「若いお嬢さんにそんな可哀相なことは言えないよ。
 男手ばかりだからと紹介してもらっただけだ。
 おかげで部屋もやっと片付いた」

「随分躾けがなっていない」

「色々覚えてもらっているところだから、
 至らぬところもあるだろう。
 そう思って部屋を出てもらうことにしておいたのだが」

サウザーが予定よりも早く来たから。
言外にそう言って、シュウはサウザーに席を勧めた。
が片付けてくれたおかげで勧めるソファが出来た。

「一つ妙な報告があったと言っただろう。
 警備の兵を束ねている貴様に聞いておきたいのだ。
 つい最近侵入者があったそうだな?」

長い脚を組んでいるのか、
目の前の机を蹴って押しやっているらしい音がする。
その不機嫌な気分をそのままぶつけられたような視線を感じる。

「はて、俺は知らぬが」

「そうか。
 牢が使用された形跡もあるのに、中身が居ない。
 どこに行ったのか、そうか知らんか」

サウザーがそういう言い方をするときは、
大抵すべての調査が終わって人を甚振るときである。
どうにも不味い。

「ならば俺が今しがた出て行った女を気に入ったから寄越せ、
 と言っても問題あるまい。
 後添えでもない、ただの女なのだろう。
 何、後任くらいすぐに手配してやる」

「私がお預かりしている余所様のお嬢さんだ。
 そういう訳にはいかぬ」

「貴様の意見など知らぬわ。
 話は以上だ」

サウザーはそう言い捨てて、部屋を出て行った。
早めに部屋を訪ねてきたのはおそらく本人を確認するためだろう。
書類関係は誤魔化したし、関わった者には口止めをしたというのに。

「しまったな……」

シュウはすぐに人を呼んだ。
逃がしてやらないと、
あんな普通の女性が酷い目に遭うことは目に見えている。





が核戦争後とは思えぬほどの活気の市場を歩いていると、
アルマが誰かに呼び止められた。

「とにかく逃がしてやれ!」

アルマはそれを聞くと、の腕を掴んで走り始めた。
どこに向かっているのかさっぱり分からない。
分からないが、
が走らなければ引きずってでも走りそうな勢いである。
さすがにそれは嫌なので、脚がもつれそうになりながらも走る。

「居たぞ!」

「止まれ!」

後ろから声がする。
アルマは振り向くことなく一目散に走る。
角を曲がり、路地を抜け、人の流れを渡る。

「この路地を抜けたところで少し休みましょう、頑張って!」

息も絶え絶えに走るを、アルマが叱咤する。
走りながら考えていたが、
追っ手を出した人間として考えられるのはサウザーだけである。
彼に会うためにはここに居るのだが、
逃がされなければならないような人物……である、確実に。

一度逃げて、もう一度シュウに頼むしかないだろう。
今は侵入者として扱われているに決まっている。
そんな身分で会ったとして、
酷い目に遭うとしか思えない。
はアルマを追って路地を抜け、そして彼の背中に衝突した。

「アルマさん?」

ぜえぜえ、と肩で息をしながら彼の前を覗き込む。
暗い路地を駆けていたせいでまぶしくて見えづらい。
少し目が慣れてくると、
路地の出口が包囲されているらしいことが分かった。

その中央にはサウザーが立っている。
しかも、車の上に。
一瞬「馬鹿と煙は……」という格言が思い浮かんだが、
呼吸の苦しさとあいまって口にはできなかった。

「その女を渡せ。
 それ以上庇うならば、貴様も裏切り者として扱うぞ?」

サウザーの声が広場に響く。
アルマはを背に庇ってくれるが、
追いついた追っ手には腕をひねり上げられた。

「痛たたたたたたたたたっ!!!」

間抜けな悲鳴が広場に響く。
あんまり無様だったのか、全員がぎょっとした顔になった。

「確かに彼女は侵入者だ!
 しかし……記憶を失っている!
 武芸の覚えは全く無い!」

アルマが叫ぶ。
サウザーは眉間に皺を寄せて、「黙れ」と言った。

「貴様の判断を話せと誰が命じた。
 女は車へ乗せろ、そいつはいらんが――…
 そうだな、シュウへの貸しにしてやろう」

サウザーはひらりと車を降りた。
はロープで縛られ、
サウザーの足元にあった車の後部座席に押し込められた。
すぐに運転手がハンドルを切り、高級車らしい安定感で走り出す。

窓からアルマが立ち尽くしているのが見えたが、
にはどうすることも出来なかった。





連れ戻されたは、再び地下の牢屋に放り込まれた。
以前の独房のような部屋とはちがい、部屋の中はがらんとしている。
ロープは解かれず、
辛うじてつま先が地面につくように吊られている。

「貴様はどこの者だ」

牢の中にはサウザーと、数人の部下が居る。
サウザー本人は椅子に座り、
を凝視している。

「……わかりません」

もし住所を言ったところで、信じてもらえないに決まっている。
そもそも「異世界から来ました☆」なんて主張する人間が居たら、
それは病院行きを保護者に勧める案件である。

「ふざけたことを言うな!」

一人がの頬を平手で打った。
あまりの痛みに涙が出た。

「女だからと言って許されるとは思うなよ?」

「誰に命じられた!」

別の人間がサンドバッグにするように、思い切りを殴った。
呼吸が辛い。

(夢なのに、痛い)

胃液が逆流し、嘔吐する。
辛い。

(戻りたい)

元の世界に。
はそこで気が付いた。

『願いを無事達成されましたら、意思の再確認に伺います』

あの男はそう言っていた。
ということは、達成しなければ再確認に来てくれない。
そりゃあ、途中棄権は全員死ぬだろう。
過酷な使命かもしれないし、
事故で命を失うかもしれないし、
達成できないまま天寿を全うしてしまうかもしれない。

(戻れないのかな……)

は自分の胃液に咽た。
咽たを誰かが殴ったようだ。
ようだ、というのはそこで意識を失ったからである。

動かなくなったを見て、全員が手を止めた。

「サウザー様……申し訳ありませんが、
 彼女は本当に何の心得もないように思われますが」

兵士の一人が椅子に座るサウザーに気まずそうに進言した。
別に本気で殴ったわけではない。
それなのに彼女はすぐに嘔吐し、すぐに気絶した。
刺客と警戒するには弱すぎる。

「本当に何なのだこいつは……」

サウザーは苛々とした気分を隠さずにつぶやいた。
シュウが隠すからてっきり彼女こそ隠し玉だと思っていたのだが、
どうやら見当違いだったらしい。
怪しい動きをする方が悪い。

「牢に放りこんでおけ」

そう命じて、サウザーは陰気な地下から出た。
彼女の処遇をどうするか迷ったが、
もう一度シュウの話を、
今度はきちんと聞く必要がありそうだった。