Cassandra
どう考えても苦しい理由をつけて、
シュウは
を牢から出してくれた。
ついてくるようにと言われたので、
は大人しく従う。
サウザーならまだしも、
シュウならば
を酷い目にあわせはしないだろう。
「ええと、お名前は?」
「
です」
「
さんだね。
私はシュウだ。
しばらく雑用を押し付けられてくれるかな?
リゾにはその為にわざわざ紹介してもらったのだ。
ということにする。
しばらくしたら帰してあげられると思う」
目が見えないはずなのに、
シュウはニコニコと笑って迷い無く廊下を歩く。
歩数でも覚えているのだろうか。
「分かりました」
「うん、頼むよ」
すれ違う人々は皆シュウに挨拶をする。
シュウもそれににこやかに対応している。
「レジスタンスじゃないんですか?」
地下ではなく、日差しが窓から入ってくる。
「レジスタンス?
私はそんなことをする理由が無いよ」
シュウが笑って言うからには、まだその時期ではないのだろう。
先ほどサウザーの名前が出ていたことを考えると、
まだ同じ組織として活動しているようなので離脱前らしい。
運が良ければ、すぐにサウザーにも接触できそうだ。
しかし、そのサウザーに何を伝えれば良いのか。
「死にたくなければケンシロウとは戦うな」だろうか。
流石にこれだと挑発的すぎるか。
否、どう伝えても「侮るな!」と怒られそうな気がする。
怒られるだけでは済まないかもしれない。
シュウは自分の執務室だという部屋に通してくれた。
部屋の中は雑然としており、
シュウのデスクの傍にイスを一つ用意してくれている。
秘書業務をしているらしい、
やはり厳つい男がお茶を出してくれた。
イスも勧めてくれたので遠慮なく座る。
シュウは秘書となにやら話しているので、
待っている間にお茶を頂くことにした。
普通の煎茶である。
添えられた茶菓子の包みを開けてみる。
こちらも普通のお饅頭である。
中身はこし餡だった。
デスクに戻ってきたシュウは椅子に座り、
まじまじと
の方を見る。
本当は見えているんじゃないだろうかと思いその両目を見つめたが、
白目があるばかりで見えているとは思えない。
「……何か」
「いや、毒が入っているかもしれんとは考えなかったのか?」
残り半分を口に放り込もうとして、
は手を止めた。
「入ってるんですか、毒」
「入っていないが……ふむ、本当に刺客にはありえんな」
シュウは眉尻を下げて笑った。
呆れられたらしいことは分かる。
腹が立ったが、とりあえず残りの饅頭を口に放り込んだ。
「人払いは一応してある。
本当に君は何をしに、誰に会いに此処に来たんだ?
シュウはお茶を飲みながら、和やかな口調で訪ねた。
本来はあの牢屋で殴られながら問われるところだったかもしれない。
「信じてもらえないと思います」
はむくれながら茶を飲んだ。
北斗の拳の世界でも煎茶が飲めるとは思わなかった。
ケンシロウが干からびかけていたような時期に出なくて良かった。
「言うだけ言ってみなさい」
シュウの言い方はまるで子どもの扱いだが、
むくれていたのは
であり、自業自得である。
「……サウザーを生かすために」
これはただの夢だ。
夢であるからには、
善人代表のシュウは自分の言葉を信じてくれる。
そうして手伝ってくれるはずだ、と。
「サウザーを、生かす?」
シュウは復唱して、そして笑った。
心底おかしそうに。
「そう易々と死ぬような人間ではないよ」
「いや、戦って死ぬんですよ」
「南斗の者では不可能だから、ラオウかトキか、その辺りか?
残念ながらそんな試合は組むことができないな」
「ケンシロウです」
「ケンシロウ?あの末弟の?
……残念ながら南斗も人材不足ではない。
レイやシン、ユダもいる。
彼の相手にはそちらが相応しいのではないかな?」
は愕然とした。
シュウにすら信じてもらえない。
自分の夢なのだからもう少しレベルを下げて欲しい。
「もう核戦争って終わりました?」
「少し前にひと段落したところだろう。
知らないのか?」
「じゃあ、拳王って居ます?」
「拳王?
さあ、私は聞いたこが無いな」
核戦争が終わったということは、トキは既に病を得ているはずだ。
しかし、拳王は居ない。
南斗にはまだシンも居る。
ということは、まだケンシロウには七つの傷も無いくらいだろう。
「君は本当に、何をしにきたのだ」
シュウが困り果てたような顔をする。
も困り果てている。
「私も分かりません。
とにかく、サウザーを生かすのだということくらいしか。
帰ろうにも、ここがどこで、どうやって来たのかもさっぱり」
「……そうか。
思い出したら教えてもらいたい。
暫く監視がつくが、それは承知してくれるな?」
は頷いた。
他に道が無いからである。
それから、一応
の身分は定まった。
リゾの遠縁で、シュウの雑用係である。
部屋も着替えも用意をしてもらった。
どうやら、侵入者としての経歴はごまかしてもらえたらしい。
リゾといえばシュウの脚に布を巻こうとした男のように思うが、
はたして正解だろうか。
具体的な仕事は特に無いので、
シュウの秘書らしき男、アルマの指示のもと部屋の掃除をした。
出しっぱなしのファイルなどを彼の指示で片付ける。
シュウは忙しそうに出かけたりしているので、
ほとんど接することは無い。
「
さんのおかげで随分部屋もさっぱりしたようだな」
久々に部屋で一息ついたシュウはそう言って笑っている。
やはり、彼の視力が無いというのが信じられない。
不躾と知りつついつも凝視してしまう。
「アルマ、悪いが
さんと買い物に出てもらえないか?」
そんな
の視線に気づいているのかいないのか、
シュウはアルマの居るほうに顔を向けた。
「何かあるのですか?」
「偶には息抜きも必要だろうとおもってね」
にこにこ笑いながらシュウが言う。
「ありがとうございます」
「気をつけて行ってきなさい」
既に出かける用意をしていたアルマと部屋を出ようとすると、
丁度人がドアの前に立っていたらしい。
アルマが道をあけたので、
もそれに倣う。
「いるか、シュウ」
長身の、金髪の男が
の前を横切った。
視線は一瞬たりともかち合わない。
下郎はそこで控えているのが同然だ、とでもいう顔である。
そんな傲岸不遜で失礼な男を見間違えるわけがない。
「早いなサウザー。
アルマ、頼んだぞ」
シュウが立ち上がる。
アルマが
を部屋の外に追い出す。
その一瞬だけサウザーがこちらを見ていたような気がした。
ここ数日、
はサウザーにもし会ったら駆け寄ってつかみかかり、
とにかくケンシロウに関わるなと言おうと思っていた。
しかし、そんなことは不可能だった。
何だあの目は。
人を石ころだとでも思っているのだろうか。
全く興味を持っていない。
(何を言っても無理だ……!)
アルマに促されて歩きながら、
は絶望したのだった。
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