pray
リュウガの表情が強張っている。
眉間に皺を寄せているのはいつものことだが、
無理に頬を笑みの形にしているような。
(愛想笑いをするような性格でも無いのに……?)
は首を傾げたかったが、
あまり深く立ち入ろうとも思わなかった。
リュウガにはリュウガの考えがあるだろうし。
「そうそう、今日来てくれた子の中にね……」
はさして気にしない風を装って、話題を変えた。
子どもを相手にしていると体力的にはハードだが、
話題にはことかかない。
別の話題に移ったためか、
リュウガの表情は自然なものになった。
それで良い。
に気を使って、これ以上いらぬ神経を使わせたくない。
久々の再会のときから思っていたが、
リュウガは男前に成長しすぎた。
背負っている宿命も過酷なもののように思われる。
は心の中でため息をついた。
好きだ。
リュウガは優しい。
昔の面影を見つけてから、急速に気持ちが傾いている。
が知るリュウガなのだと思うと、
伝えてしまいたかった。
ずっと好きだったのだ、と。
しかし、それは口にしてはいけない。
毎日会って、しゃべって、笑って。
楽しい時間を与えてくれる。
それらは
が病人だから与えてくれている。
昔から、真面目を絵に描いたような人間だったのだ。
見舞いも、おそらくそうすると己で決めたのだろう。
リュウガには長生きしてほしい。
あまり接触時間を増やしてはいけない。
自分が幸せだと思う時間は、少ないほうが良い。
変に未練を残すから。
そうして、リュウガには幸せになってほしいから。
幸い、
の読み聞かせには子どもが集まるようになった。
賑やかである。
手伝ってくれる人も見つかった。
次は算数である。
のところに子どもを預けられるようになったから、
別のことに時間が割けるようになった、
と母親達からも好評である。
礼を言われるたび、無駄ではなかったと思える。
続けていってもらうのだ。
それが
がすべきこと。
今日の出来事を話しながら、
は頭の片隅でそう決意した。
体調は良好。
何も、問題は無い。
の“学校”は盛況なようだった。
そのためか、
はリュウガと話をする時間を減らした。
疲れているから休みたいという。
少し寂しくはあるが、
したいことをしてほしいとも思った。
その間にも
のタイムリミットは刻々と近づいている。
各地から薬の情報は入ってくるが、
必要としているものは見つからない。
引き続き探すように命じている。
早く、早く。
気持ちばかりが急く。
ふと、今のまま時を過ごして、
そうして
を失ってしまったらと思った。
もっと話をしていたかった。
別に話す内容などどうでも良い。
一緒にいる時間を作りたかった。
顔を曇らせたくなかった。
触れてみたかった。
端的に言うと、
を愛している。
昔もそうだった。
物心つくころには、南斗宗家の嫡男として育てられていた。
しかし、ユリアが産まれてから境遇が一変した。
慈母星を背負う彼女こそが宗家を継ぐ者となり、
リュウガは天狼拳の道場へと放り出された。
傷つきはしたが、カクが、そして
が、
リュウガを癒してくれた。
彼らが道場を離れる頃には成長もしていたので、
昔ほども傷ついたりはしなかったが、
それでも随分寂しい思いをした。
今は、天狼星の宿命を背負っているという自負がある。
しかし、それは天狼拳の伝承者としてであって、
リュウガという一人の人間としてではない。
と話をしていると、
伝承者の内側に、忘れていた自分自身を思い出した。
の方は別になんとも思っていないのかもしれない。
好きだと言ってくる他の女のように媚びたりしない。
それが好ましくもあるし、不安でもある。
失うまでに、言葉にして伝えたい。
「リュウガ様、お疲れですか?」
と、声をかけられた。
鍛錬の最中だったことを思い出す。
「すまない、考え事をしていた」
事実である。
嘘をつくようなことでもない。
「時が近づいているのですかね。
気を引き締めないと」
と、部下の一人が自分で頬を叩き、喝を入れていた。
そのような動作をしたことは無いが、
今は少しだけ喝を入れたい気持ちが分かった。
その日、リュウガの様子は少しおかしかった。
いつにもまして端整の顔を引き締めて、
気合を入れた状態で見舞いにやってきた。
(何かあったんだろうか……?)
は話が始まるのを待つことにした。
リュウガは女官に下がるように命じて、
落ち着きが無い様子でカップを手にした。
一瞬、物憂げに外を眺める。
それでも絵になるのは、整った容姿の人間の特権である。
つかの間の、無言。
女官の足音が遠ざかってから、
リュウガは酷くいいづらそうに話し始めた。
「
……俺は今まで避けてきた話題がある」
「何?」
何か酷い失態でもやらかしていたのだろうか。
こんな気ままな病人を預かれない、とか。
そんなことをぐるぐると考えながら、
次の言葉を待つ。
「……結婚していたのか?」
がく、と力が抜けた。
「別にしてないけど?」
「そうか、なら良かった」
どういう意味なのか。
「夫を騙る誰かが来たの?」
「そういう訳ではない」
リュウガは眉間を押さえながら俯いてしまった。
「どうしたの?」
が尋ねると、
リュウガは深いため息をついた。
そうやって落ち着こうとしているのがよく分かる。
「俺は、
のことを愛している」
先ほど抜けた力で、思い切り殴られたような衝撃だった。
愛している。
聞き間違いではなかろうか。
リュウガは昔も今も優しいが、
それは
が病人だからでは。
「老い先短い未婚の女に同情してくれてるの?」
つい、酷い言葉が出てくる。
は知っている。
リュウガはそんな冗談を言う人間ではないことを。
しかし、ここは何としても回避しなければならない。
自分は病に侵されている。
それは決定的な事実で、
手が届くほどの距離に死が近づいている。
「違う。
ずっと、好きだった」
苦しげに眉根を寄せて。
憂いが、色気になる。
それはそれで様になっていたが、
が見たい顔はそんな顔ではない。
「……冗談じゃないって分かってるけど、
冗談にして良い?」
もし伝染ったら。
「
は俺が嫌いか?」
リュウガのまっすぐな視線が
の目を、
そしてその奥の心までも見透かしているようだ。
居心地が悪い。
「嫌いじゃない」
絞り出すような声で、そう言った。
好き。
そうは言えない。
そう決めたから。
でも、この視線に射すくめられて、
嘘を言う勇気も無かった。
「嫌いじゃないけど、私の余命は短いの。
ごめんなさい、疲れたから休ませて」
察してほしかった。
ソファから立ち上がると、
リュウガが追いかけるように手を伸ばすのが見えた。
視界の端に入っていた手が、瞬く間に見えなくなる。
は立ちくらみを起こした。
力が抜けて、視界が暗転していく。
床に倒れる前に、リュウガの腕に抱きとめられた。
初日のことを思い出す。
眩暈を起こした
を、こうやって助けてくれた。
もっと気をつけていないといけなかったのに。
「はなして、伝染るといけない」
リュウガは
を抱きしめた。
逃れたかったが、まだ視界が回復しない。
「……俺のことを気遣う必要は無い。
逃げないでくれ」
どうやって逃げるのだろう。
あんなにまっすぐな視線で見据えて、
そうして今は倒れそうな
を抱きしめて。
の決意を鈍らせる。
なんて酷い男なんだろうか、
と
は心の中で笑ってしまった。
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