pray
医者が到着して、すぐに
の診察に当たらせた。
カクが
を診せた医者がヤブ医者であってくれ、
とリュウガは祈った。
の診察を終えた医者は、
暗い顔でリュウガの部屋に入ってきた。
その医者の話によると、
が病気であることは確からしかった。
「薬はあるのか?」
リュウガの問いに、医者は力なく首を横に振った。
「今は手に入りません。
大戦前であれば、流通していたのですが……」
医者がため息をついた。
ため息をつきたいのはリュウガも同じである。
ともかく、各地に放ってある部下に、
の薬も探させることに決める。
「……痛み止めや熱さましは出してあります。
酷いときはそれを」
その程度しか出来ないのか、
と医者に問い詰めることも出来ない。
彼は彼なりに職分を果たしているだけだ。
「学校の真似事がしたい、
と本人は言っているが」
「あまりお勧めしません。
しかし、気晴らしにはなるでしょう。
強く望んでおられるようでしたら、
激しい運動を伴わなければ良いかもしれませんね」
医者の口調はどちらか、と言わずとも否定的だった。
リュウガは労をねぎらい、
報酬を渡して下がらせた。
らしくない決断ではあるが、
制限つきで
の願いを叶えよう。
リュウガはそう決めた。
の部屋に入ると、
彼女の期待と不安の入り混じった顔に迎えられた。
診察の結果は、
も聞いているはずである。
「大丈夫だったでしょ?」
の不安は、
自分の病の程度をリュウガがどう判断するか、
という一点であろう。
本来ならば、止めるところであるという自覚はある。
「あまり大丈夫ではなかったが、まあ、良いだろう。
小さい子どもが集まる場所がある。
そこへ送迎つきで、激しい運動は絶対にしない、
と約束するならば許可しよう」
ぱあ、と
の顔に喜色が満ちる。
「やった!」
「ただし、定期的に診察を受けること」
リュウガがそう付け足すと、
は「ケチ」とつぶやいた。
「やめておくか?」
「いいえ。
それくらいで良いなら喜んで」
は芝居がかった動作で、
慇懃に頭を下げた。
リュウガは、子どもが集まる場所を教えてくれた。
人を集めさせようか、と聞いてくれたが、
そこまで迷惑をかけるわけにもいかない。
手に入るならば絵本を、と伝えると、
リュウガは何冊か調達してきてくれた。
が有り余る時間を使って考えたこと。
それは、自分の余生をいかに有効に使うかだった。
与えられた部屋で、のんびり過ごすのも選択の一つだった。
暴力が横行する時代に、贅沢な過ごし方である。
しかし、それは体力がもっと落ちてからでもできる。
そもそも、自分の病が治らないのは、
薬が無いからだと医者は言った。
最初こそ悩みもしたが、
どうしようもないことを悩んでいてもしかたがない。
ただ、自分のような人間が少なくなってほしかった。
それは平和にならねば実現できない願いである。
平和のために何が出来るか?
考えてみたが、答えは“何もできない”だった。
リュウガのような特別な役目など、
には無い。
しかし、平和に近づける努力は出来る。
平和な時代のための準備はできる。
いつか訪れる平和な時代のために、
少しでも準備をしておきたかった。
ある程度の学は今の時代も、
平和になってからも必要とされるものである。
争う必要の無いときに、争う馬鹿が減れば良い。
生きていくのに全力を注ぐ人々を巻き込むのはいけない。
だから、自分がそれをしようと思ったのだった。
おつきの人に連れられて城の中を徘徊し、
子どもが集まっている中庭に出る。
暫く外に出なかったせいか、
強すぎる日差しに軽い眩暈がした。
我慢。
ここで倒れては、折角取り付けた約束が無駄になる。
眩暈がおさまるまでじっとしてから、
は座っている小さい子どもの輪に入った。
絵本を読み聞かせるためである。
焦ってはいけない。
教えられる側の知的好奇心がこちらに向くのを待たねばならない。
は物語に聞き入っている子ども達を眺めながら、
笑みを顔に貼り付けた。
世の中は少しずつ変化していた。
北斗神拳のラオウと南斗鳳凰拳のサウザーが、
それぞれ拳王と聖帝と称して勢力の拡大を続けている。
トキは病を得て、北斗神拳を人々の治療のために使っているという。
ジャギはある程度まとまった数の部下を従えているが、
ただのゴロツキの集団といえる。
北斗神拳の伝承者、ケンシロウは。
ケンシロウには動きが無い。
それもまた、暗殺拳である北斗神拳らしい在り方とも思えた。
ユリアはシンに連れ去られたという話だが、
生きてさえいてくれれば、助けられる手立てもあるだろう。
リュウガにとって、ジュウザとユリアは血の繋がった弟妹である。
しかし、ただの弟妹ではない。
自由に生きるジュウザと、
南斗正当血統でもある、慈母星のユリア。
どちらに対しても、少し複雑な感情がある。
宿命であると納得したはずだったのに、
最近はまた漠然とした不満を感じる。
のために、絵本を集めた。
もう本屋などという高尚な物は無いので、
提供してくれないかと部下達に相談した。
皆一様に驚いていたが、
目的を説明すると快諾してくれた。
今は、中庭で
が子どもに読み聞かせている。
定着したのか、結構な数の子どもが集まっているようだ。
それを元に字を教え始めているらしい。
大戦前の学校を思えば寺子屋のレベルではあるが、
子どもが集まれば賑やかで、
それまでには無い生活の気配が感じられるようになった。
その様子を見たからか、手伝いたいという申し出もある。
が周囲と馴染んでいることに安堵するし、
そうやって人が集う様子を見ると微笑ましいと思う。
その日、リュウガは
が部屋に戻っていることを確認して訪ねた。
部屋に入ると、彼女は窓際のソファに座り、
寛いだ様子で水を飲んでいた。
「ただいま」
リュウガと目が合うと、
はふ、と笑みを浮かべてそう言った。
久しく耳にしていない言葉だった。
自分でも使っていない。
「おかえり……で良いのかな」
なんとなく、気恥ずかしい。
それを感じ取ってか、
はにやにやと意地悪く笑った。
居心地が悪くなったので、
咳払いをしつついつもの質問に入る。
「体調は?」
「全然平気!
馬がいたら、遠駆けにでも出たいくらいよ」
こういう冗談にも慣れた。
口の端を持ち上げて、やり過ごす。
「今日から手伝いの人間が来たそうだが?」
「うん、良い感じ。
続けて来てくれそうで、本当に良かった」
嬉しそうな顔を見て、
ついリュウガの顔も綻ぶ。
「私だけじゃ、期間限定だからね」
はそれまでと全く同じ口調でそう続けたので、
リュウガは表情が強張った。
「……そうだ、な」
そう答えるのが精一杯だった。
自分がどんな顔をしているのか分からないが、
はリュウガの表情に対しては無反応だ。
きっと妙な顔をしているに違いない。
本人が自覚しているのだから否定するのもおかしいが、
肯定するのはもっと妙な気がする。
酷くもどかしい気持ちになった。
「私もリュウガみたいに強かったら、
戦って華々しく散ってみたりしたいんだけど」
はリュウガの葛藤に構わず、そう続けた。
彼女が男であればそれも勧めたかもしれない。
「やめてくれよ?
俺の寿命が縮む」
「それは大変。
平和が遠ざかるわ」
が何気なく言った一言が、ずしりと重かった。
先ほどの会話に気を取られていたので、
ノーガードの所へ打たれたような、そんな気分である。
天狼星は北斗を導く星。
決して、天を掴む星ではない。
「……買いかぶり過ぎだな」
リュウガは、その一言だけをどうにか吐き出した。
「そう?
天狼星は孤高の星なんでしょ?
群れて、世を乱すような人間じゃないってことじゃないの?」
カクはどんな説明をしていたのだろうか。
荷が重い。
何故、自分は天狼星など背負っているのだろうかという疑問が、
再び湧いてくる。
しかし、そんなやり取りで一つ得たものがあった。
が本当に望んでいるものを理解した。
平和。
リュウガには手に入れることが出来ぬもの。
自分の宿星を恨めしく思った。
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