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リュウガの罪悪感を他所に、騎馬隊は成果を上げ続けた。
歩兵ばかりの兵には効果的であったし、
バイクに対しても集団としての動きは鮮やかであったし、
同じ騎馬隊相手には兵も馬も差がありすぎた。

戦闘への参加が続くと、やはりある程度の欠員は出てきてしまう。
はその小物を一々集め、拳王府に戻るたび埋葬していた。
兵士の補充はされるものの、彼女は負担に感じているようだった。

リュウガは拳王軍の中でも特別な地位を築きつつあった。
個人の力で獲得した功もあったが、
が鍛え上げた兵馬の評価ももちろん含まれている。
また、その騎馬隊の力を測るためなのか、
他の部隊に比べて出撃回数が多かったことも理由の一つだろう。

しかしさっぱり分からない。
のような人間がなぜ拳王軍に所属しているのか。
人に対して甘く、暴力を好まず、死に責任を感じている。
はっきり言って浮いている。
考えてみても見当もつかなかったので、
リュウガは直接尋ねてみた。

「なぜは拳王軍に入ろうと思ったのだ」

事務的な処理の話の後の、少し緩んだ隙間の時間である。
はその質問に、分かりやすく眉間に皺を刻んだ。
気分を害したというよりは、質問の意図が分からない、という風に。

「一日でも早く混乱状態を制圧してもらいたいからです」

それはまったく同意できるし、
ラオウがにはその素質があると思ったからこそ客将をしている。
だが、彼女のその暴力を嫌う姿勢は全くそぐわない。

「力と恐怖で制圧することになってもか?」

「統治とは別物であると考えることにしました。
 とにかくまずは秩序の回復を一刻も早く行うこと。
 その後は努力次第で何とかなるのではないか、と思います」

拳王様の力って圧倒的すぎますよね、とは苦笑した。
それもまた、同意できる。
そういうものか、と思ったときだった。

「リュウガ様のお心は決まりましたか?」

の突然の質問にぎくり、とする。
まるで心を見透かされたような気分だ。

「いや……」

「すみません、急かしたい訳ではないんです。
 そう命じられた訳でもありません。
 ただ、少し気になっただけなんです。
 申し訳ありません」

は書類をケースに入れて部屋を出て行った。
一人残されたリュウガはイスにもたれて天井を見上げた。
己の道も定まらぬまま誰かを助けようとはおこがましい。
拳王軍に所属する人間として、
自分などよりずっとの方が腹をくくっているのだった。





それから暫くして、
リュウガは再びラオウ直々の遠征に帯同することになった。
軍が安定した今こそ、彼の戦いを己の目で確認するつもりであった。

いくつかの町を制圧し、ラオウは満足げであった。
ラオウ自身の戦闘には情けや容赦は全く感じられない。
その化け物じみた圧倒的な力で天災のごとく敵をなぎ倒していった。

は相変わらず戦場を駆けずり回っていた。
新人の兵士が居る辺りをフォローしたり、
押され気味の場所に加勢したり。
馬の扱いはやはり群を抜いて上手いし、
彼女に叱咤されると兵も奮戦する。

そうして進むうち、おかしな村に行き当たった。
無抵抗を主張しており、宣戦布告しても、
実際に攻め寄せても、応戦することは一切無かった。

「争うことは愚かしいことです」

へらへら笑う町の一人はそんなことを言っていた。
リュウガは心の底から「それで良いのか!」と思ったが、
無抵抗の人間を殺したいほど憎く思うこともなく、
抵抗しないのであればそのまま捨て置けば良い、とも思った。
彼らが要求を呑むかぎり、争うことなく統治下におかれるだろう。

順調な進軍に上機嫌だったラオウは、
その町に到着した途端に額の皺を深くした。
一人の少年を人質にとり抵抗しないのかと迫る姿に、
狂っているのはラオウの方ではないのかとも思ったが、
町の代表はそれでも無抵抗と笑顔でいることを訴え続けた。
狂っているのはどちらなのか。
少年は必死で抵抗していた。

結局、ラオウは代表を殴り殺した。
抵抗した少年は命を長らえた。

リュウガはラオウには敵わない、と思った。
暴力から遠ざかるために、虐げられても笑い続けること、
それでは人間なのか家畜なのか分からない。
ラオウは人間でありたいと思う少年を生かし、
家畜に成り下がろうとした代表を殺した。

それに引き換え、自分はどうか。
リュウガは彼らが家畜に成り下がりたいと主張するのを、
ただ傍観していた。
それは果たして人の上に立つべき人間の行いなのか。
リュウガは己を恥じ、ラオウに臣従することを告げた。

その町があまりに気に入らなかったのか、
拳王軍は町の近辺にキャンプを張ることになった。
被害状況や今回徴収した物資の総計などの報告と共に、
リュウガが正式に拳王軍の将となったことが公表された。

「リュウガ様、正式に上司になってくださったんですね」

会議が終わった後、が嬉しそうに言った。

「よろしく頼む」

「こちらこそ、改めてよろしくお願いします」

リュウガは覇者への希望を手放した。
寄るべき大樹を見つけたという達成感と共に、
喪失感とも虚無感とも言えない感情がじわじわと胸に広がる。
しかし、嬉しそうに笑うを見て、
仲間を得たのだと思うと少し救われたような気がしたのだった。






は疲弊してきていた。
周囲の協力もあるが戦続きなことにも疲れていたし、
己の手から零れ落ちるように仲間が死ぬことにも疲れていた。

自分がもっと強ければ。

そう恨んだこともあるが、恨んだくらいで強くはならない。
リュウガは強い。
苛烈な攻勢をしかけるが、無闇矢鱈な差配はしない。
冷静で、穏やかで。

「男前なんだよなあ」

はため息とともに吐き出すように言った。
自室に一人だから、独り言くらいは許されよう。

リュウガは呆れるくらいに無駄に男前である。
女官の人々から「お近づきになれて羨ましい!」と言われるが、
じゃあお前が戦場に立てよ、と思ってしまう。

冷静で、穏やかで、そして平素は人間らしいリュウガが、
あの白を基調にした衣装を返り血に赤く染め、
整った顔に感情の欠片も見せず冷徹な青い瞳で敵を探す、
戦場に立つあの姿を見て気軽にただの男前と言えるものか。
は戦場のリュウガには恐怖しか感じない。

しかし、が埋葬をしていると知ってから、
死んだ兵士の小物を集めるのを手伝ってくれるようになった。
暇があれば、という程度であるが。
そして毎度しかめっ面で渡してくれる。
手伝わなくて良いと言ったら、
死人を出すような差配をしてしまった、と。

『謝罪はできないが』

そう言ったときの苦しげな顔。

兵を鍛えるのはの領分である。
それを叱責もせず。
リュウガの誠実さと優しさと、戦場での冷酷さの差が苦しい。

この副官にあるまじき邪念を悟られるのが嫌だ。
は手に持っていた反故紙をぐしゃぐしゃにしてゴミ箱に投げた。