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騎馬部隊の試験運用でもあった戦闘はあっけなく終了した。
欠員の報告をすると人が充当されたので、
戦力として評価される程度には働けたということだろう。
新たに入った兵士にも馬に乗れるものは居なかったが、
他の兵士が基本的なことは教えているらしい。
一人下手な人間が混じるだけで、
集団としての質は下がることは明白である。
に対する恐怖が上手く機能しているようだ。
戦闘終了後の処理がひと段落したころ、
リュウガは
が一人で外に出て行くのを見かけた。
業務を終了して帰るという話の後だったので、
密通を疑いながら後をつけた。
はだだっ広い荒野の中では珍しい若木の所で立ち止まった。
無用心にも辺りを確認することなく若木の根元を掘り返す。
どうやら何度か掘り返しているらしく、
小さなスコップでなんとか出来る程度に土もやわらかいらしい。
は地面に穴を掘り終え、
抱えてきた紙袋の中身を穴にぶちまけた。
ピアスや指輪、小さなナイフ等々。
「ごめんなさい」
生き残って貰うために厳しくする。
リュウガに命じられ、自分に折り合いをつけて、
部下の兵士に手を上げることも辞さない態度で調練に挑む。
激昂して殺しに来た者もなんとか打ち据えるにとどめたかったが、
結果として殺すことになってしまった者も数人出た。
彼らも人の子なのに。
そう思うと腹が立つこともなく、
ただただ申し訳なく思うのだった。
拳王軍に入る以前の家族の連絡先など分からない者も多く、
家庭を持つに至らなかった者については葬る人間も無い。
そんな死んでいった兵士達の身につけていたものや、
大事にしていた雑貨を譲り受けて、
はこうして土に埋めることにしたのだった。
「ごめんなさい」
反抗的な視線を未だに向けてくる者もいるが、
食事やねぐらの保障があると概ね気の良いお兄さんなのだ。
見た目はいかつすぎるし、
何人も殺してきた恐ろしい人間ではあるが、
指導者として認めてくれた後は威嚇してくることもなくなった。
それだけに死んでしまった者に対して責任を感じている。
何度も言うが、死なせぬための調練なのだ。
その調練を命じておいて、死なせたのは責任は一体誰にあるのか。
「何をしている」
もう一度「ごめんなさい」を口にしようとしていた所だったので、
は「ごぅぇ!?」と妙な声を上げた。
振り返ると怪訝な顔をしたリュウガが立っている。
「ええと、その……」
埋葬の代わりに遺品を埋めています、
と答えると叱責される場面なのだろうか。
は上手い言い訳をなんとか考えようと頭をひねったが、
背後から突然声をかけられるというサプライズの直後のせいか、
まったく妙案は思いつかなかった。
「これは?」
冷たく、人を萎縮させるようなリュウガの声。
将として迎えはしたが、
は未だにリュウガに慣れない。
「死んだ者の私物です。
埋葬されることもありませんので、私が勝手に。
このピアスの人なんか、やっと上手く乗れるようになったのに」
「まさか全員のことを把握しているのか?」
リュウガが少し驚いたような声音で言った。
驚くこともあるのか。
「顔と名前くらいですけど。
私が至らないばっかりに可哀相なことをしました」
はそう言って土を戻して、持ってきた水を若木にかけて、
そして手を合わせた。
線香などといった弔うのに相応しいアイテムは無い。
黙り込んでいるリュウガの方をちらりと見ると、
彼も手を合わせてくれていた。
そこでようやく、
は彼も人なのだと思い直したのだった。
がこっそり兵の私物を埋葬しているのを見つけてから、
リュウガは彼女に練兵を任せきりにしていたことを反省した。
彼女は兵士達とどのように接していたのだろうか。
リュウガが命じたこととはいえ、
兵士を殺すことになったのはどういう状況だったのか。
リュウガはまだ話の通じそうな、武人らしい兵士達に声をかけた。
彼は苦笑しながら答えてくれた。
最初に死んだ一人は口先ばかりの輩で、
そのうち闇討ちしてやろうと仲間内で話していたそうだ。
彼は
に喧嘩をふっかけた挙句、落馬した直後に馬に蹴られたらし
い。
「
様は青い顔をされてましたよ。
『もう少し待てば戦争になる。何のための訓練か考えろ』
と仰られましてね。
まあその、人柄をそこでやっと理解した訳です」
つまり、誰も死なないようにしたいだけなのだ、と。
手を上げなかったのはこのような事故を起したくなかったのだ、と。
二人目はプライドの高い武人仲間の一人で、
彼は実践で使う武器の使用を
にも強要し、
そのために突き殺されたのだという。
「恥ずかしながら、陰口を叩いて居ったのです。
若いばかりのお飾りの将よ、女のくせに、
挙句新入りの客将に立場を奪われて、と。
良くも悪くも育ちの良いお嬢さんとは思わず」
「言葉で諭して教育しようとしていたのだからなぁ」
「気の長いお方です」
その場に居た全員が顔を見合わせて笑っていた。
元の彼女のやり方では、
力を尺度とする人間関係を築く人間と上手くいかない訳である。
「それに加えて先の戦闘では近くの者をフォローしつつ、
一体何人の首を刎ねたのか」
「馬術の師として、我らの上に立つ者として、
我々は
様の力も人柄も認めております」
「ですからリュウガ様。
様になにかありましたら、
我らはそれこそ命を賭してでも挑むつもりです」
じ、と三人の視線がリュウガに集まる。
「……俺に対して、か?」
「……その、深い意味は」
「年の離れた妹か娘のように話すきらいがありましてな」
と、ごにょごにょと言い訳が続いた。
その様子があまりに面白かったので、リュウガはつい笑った。
「これほど兄やら父がおっては、
も苦労するな」
「それは、まあ、ご本人の意思を我らも尊重するつもりです。
口を挟む立場にございませんし」
と、口を挟む気満々にしか見えない一人がしれっと言った。
「私は口以外は出すかもしれない」
そう別の一人が付け加え、「違いない」と二人が頷き、笑った。
くだらない話になってしまった。
「リュウガ様、何笑ってるんですか」
そこへ
がたまたま通りかかった。
リュウガが兵士と談笑しているのがよほど珍しいのだろうか。
「いえ、この男が嫁に逃げられた話をしておりましたので」
一人がしれっと嘘をついた。
は「そうですか」と素直に納得したので、
それこそ妹か娘を見ているような雰囲気になった。
リュウガはそんな彼女を戦場に引き回すことに罪悪感を感じた。
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