chained
「
に訓練は任せる」
リュウガはそう言って一人日陰に座りこんだ。
自分で教える気は無いらしい。
は倒れている兵士を端に退けるよう命じ、
場内を馬でゆっくりと一周するように命じた。
すんなりと進み始める者から、
四苦八苦してもなかなか進めない者も居る。
「手綱の持ち方はこう」
が隣に馬を進めて説明するが、きちんと返事があった例は無い。
別に馬鹿にしている訳でもないのに、
なぜ人の話を聞かないのだろうか。
漸く全員が一周し終わったので、
今度は陣形を取るよう指示を出す。
いつのまにか隣に居たリュウガは、
その整いすぎた顔に憂いをたたえて言った。
「悠長に指示していてもまったく進まんぞ」
全くその通りである。
「しかし、殴って教え込む必要は――…」
「ある。
俺が来たからにはそうしてもらう。
早く実践に投入したいという話だったからだ。
俺も悠長に待てぬ」
冷たい双眸が
を見下ろした。
とて武芸をするりと身につけられた訳ではない。
殴られもした。
それが理解を早める場合もあるということは一応理解してはいるが、
あまり好きな方法ではない。
「……では、そのように」
すべては、彼らを死なせないようにするために。
いい大人を相手にしているのだからと思っていたが、
は心を鬼にしなければならないようだった。
に槍と同じ長さくらいの棍を渡し、
リュウガは様子を見守った。
別に自分で教えても良いが、
それよりも甘すぎる副官をどうにかしなければならない。
最初は完全に舐めてかかっていた兵士達も、
に軽々と落馬させられ、
その後に懇切丁寧に技術指導をされていた。
反撃を試みる輩も複数いたが、見事に返り討ちにあっていた。
そんな彼女の実力を目の当たりにして、
あからさまに逆らう者も随分減って落ち着きつつある。
指導が軌道に乗ったことを確認して、
リュウガは兵の調練を完全に
に任せ、
自分は拳王軍の陣容の偵察に専念することにした。
から青い顔で時折兵士の数が減りましたと報告があるたび、
彼女にはきっと戦いは向かないのだろうな、と思った。
暫くぶりに練兵場に顔を出すと、随分と様子が様変わりしていた。
皆
の指示を聞くようになっている。
死んだ兵士の中にはそれなりの腕前の者もいたらしく、
漸く彼女の実力が知れ渡った、ということだろうか。
武人の集団は彼女を上司と認めたようだったし、
ならず者の集団は己の身を守ることに必死だった。
「随分マシになったな」
と
に声をかけると、
「最近は声をかけるだけで聞いてくれるようになったので、
随分と楽になりました」
と微笑んだ。
「子どもではないのだから、言葉を尽くして無理ならば無理なのだ」
「いい大人なのに、と思っていたんですけれどね」
はそう嘆息した。
甘すぎるのだと指摘しようかと思ったが、やめた。
その日、
は槍をいつもと反対の手に持っていた。
自分の肩に傷をつけた手とは違うために気が付いたのだが、
「リュウガ様の副将なら戦場に行くかもしれませんし」と、
は苦笑していた。
どうやら、彼女は戦場で生き残るための訓練をしているようだった。
拳王軍の陣容も、状況も大方把握した頃、
兵の調練も
に任せきりにして、
空いた時間でリュウガは一人で型の稽古をするようになっていた。
に突かれた肩の打ち身はすっかり完治しており、
実践に備えて拳がさびぬようにしなければならない。
稽古をすると言っても天狼拳の使い手は拳王軍に自分一人だし、
まともに組手の相手ができるような人間は片手で数えられる。
そう易々と声をかける訳にもいかない。
おのずと一人でできることに限られてしまう。
用意された丸太を深く抉り取ると、
準備してくれた兵士の顔がさっと青くなった。
本来の対象を思い出し、
その本来の対象の一部が抉られることを想像したのだろう。
時折リュウガも兵士の様子を見に行く。
のスパルタ教育は功を奏しているのか、
殆どの者が武器を持って馬を走らせることが可能になった。
つまり、ある程度実践に耐えうるまでに成長したということだ。
そのままラオウに報告したのが二日ほど前のことである。
そして今朝、部隊の実践投入を命じると、ラオウが言った。
「リュウガ様、少しよろしいですか」
と、
が紙切れを片手に執務室に入ってきた。
彼女が部屋に来たのは最初の説明のときだけだったので、
リュウガは手を止めて顔を上げた。
「どうした」
「戦争になるという通達がありましたが」
彼女の顔は普通だったが、声に非難するような調子がある。
不満なのだろう。
「丁度良い頃合だろう。
客将としてそろそろ働かねばならん。
お前が育てた兵の強さを証明するときが来たのだから、
もっと喜んではどうか」
リュウガはそう言って
を黙らせた。
実際リュウガもラオウに力を試されているのであり、
いつまでものんびりと兵を鍛えている訳にもいかないのである。
そうして戦争が始まった。
拳王が後詰にいるので兵士の士気も高く、
リュウガの騎馬部隊もそれなりの功績を上げることが出来た。
相手方もまとまった数の馬をそろえていたが、
兵士以上にその馬に随分な差があった。
「この馬はどこから調達したのか」
リュウガは兵士達が馬の世話をしているのを眺めながら、
被害状況等の報告をしていた
に尋ねた。
このご時勢にこんな駿馬ばかり、どうやってかき集めたのだろうか?
「黒王号を御覧になったかと思いますが、
拳王様があの馬を手に入れた際に、
群ごと拳王軍に入ったと聞いています」
「聞いています、とは?」
珍しく歯切れが悪い。
「私はそれまで本部で雑用をしている人間でしたので」
と、苦笑が返されただけだった。
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