chained
(まあ、こんなものか)
というのがリュウガの感想であった。
の攻撃は早いが膂力は無く、弾くことは難くない。
そう侮っていたので、
彼女が距離を取ったときも握力が切れたのかな、
程度にしか思っていなかったのが誤りだった。
の突進を見て、リュウガは内心しくじった、と思った。
彼女は槍、自分は剣。
落馬を狙ってくるに違いない。
確かにこれならば非力だろうが関係ない。
とりあえず当てて、突き落とす。
その一瞬だけ槍を落さぬようにすればよいのだから。
戦場で会えばそれが一番有効である。
リーチの短い剣で相手をするには、
彼女が近付いたそのときに槍を跳ね上げるか回避するか、である。
勿論簡単なのは回避することであるが、
この副官の信頼は得られないだろう。
リュウガも
に向けて馬を走らせた。
構えられている槍は、このままいけばリュウガにぶち当たるだろう。
馬の蹄が地面を蹴る音だけが聞こえる。
が近づく。
機を見計らって、リュウガは槍を跳ね上げた。
それとほぼ同時に、鈍痛が肩に走った。
「「あ」」
声が重なる。
槍はリュウガを突き落とすことなく、穂先を天に向け、
そして
の手を離れて落ちた。
リュウガは少しだけ顔を顰めながら、馬首を返した。
が地面に刺さった槍を引き抜いている。
「落馬させられませんでしたか、残念」
少し不満げな顔。
「なかなかの腕だ」
リュウガは思ったことを素直に伝えた。
リーチの差はあれど、リュウガに当てるだけの技量はある。
「これでも一応将をしておりましたので。
武器を用意したのもリュウガ様が拳の使い手とのことでしたので、
少しでも自分に有利なようにと考えたのことでしたが、
無意味でしたね」
は馬を下り、リュウガの前に出て跪いた。
「失礼をいたしました。
上官としてリュウガ様をお迎えいたします」
彼女もまた、一人の武人なのだろう。
実力を示すことで、上役として本当に迎えるつもりになったらしい。
リュウガは苦笑した。
「よろしく頼む。
馬上の戦いとしては、素晴らしいと思う。
暫く私の肩も痛むだろうな」
「お褒めに預かり光栄です」
はにっこりと、今まで見た中で一番良い笑顔を浮かべた。
翌日、予定通りに部隊の様子を確認することとなった。
は自嘲気味に、
「言うことを聞いてくれないんですけれど」
と言っていたがどうなのだろうか。
彼女の腕前ならば有無を言わさず従わせることも可能だろう。
それも不可能な手練れが在籍しているとも思えない。
練兵場に集められた兵士達からは士気の高さは感じられなかった。
その兵士の中にもどうやら二種類の人間が存在するようだ。
一つは
の実力を知らないのか、
機会があれば直接確かめたいと考えている武人らしい者たちで、
もう一つはそういう確たる意見の無い下衆である。
更に、彼らは一様に新たに来た上官を値踏みするように眺めている。
そういう視線に晒されること事態は覚悟していたので何も思わない。
と同じように腕っ節を認めるまでは従わぬ、
という最低限の条件が存在するのだと理解するだけである。
そんな小さな矜持を持ち合わせているらしいのに、
彼らが連れている馬とはどうにも馴染んでいない様子である。
これまで指導してきた
は完全に馬を操る技術を持ち、
かつ説明の手間を惜しむタイプではなさそうなのに、である。
「暫くこの部隊を預かることになったリュウガだ。
今後――・・・」
「やっぱり女は男の下に居るべきだよな!」
リュウガの一応の挨拶を遮って、一人が下卑た笑い声をあげた。
つられて周囲がゲラゲラと笑う。
その態度や身のこなしからは何らかの心得があるとは思えず、
どうやら馬鹿なのだろう。
口元に薄ら笑みを浮かべた
が鋭い視線を向けたが、
悪びれる様子は無い。
「今後は一切私の指示に従ってもらう。
従えぬ者は遠慮せずかかってくると良い。
処遇は任されている」
「優男が何か言ってら」
先ほどの集団が笑う。
つられて似たような男たちも笑った。
全体に伝播する前にたたかねばならない。
「従えぬならば来い、と言ったろう。
それともお前は口だけの臆病者なのか?」
リュウガは馬を下りてやり、挑発するように両腕を広げた。
別に馬に乗っていても良かったが、
自在に乗り回せぬ輩を倒しても何にもならない。
「それはお前ぇだろうが!」
売り言葉に買い言葉、ということだろうか。
その男も馬を下りて進み出てきた。
さっさと口ごと抉り取ってやりたい衝動にかられたが、
それを何とか押さえる。
「好きにかかって来い。
貴様程度、目を瞑っていても勝てる」
とにかく煽る。
「んだとぉ!?」
単細胞らしい男はトマホークを抱えて近寄ってきた。
威嚇のつもりだろうか。
その緩慢な動作ではあくびが出てしまう。
(そろそろか)
リュウガは一瞬で間合いをつめて、男の頭を片手で掴んだ。
視界を突然奪われた男は「ふがぁ!?」と無様な声を上げる。
そのまま頭を押す。
丁度ラリアットの要領で男を後頭部から着地させる。
「・・・・・・俺の気は長くない。
次は天狼拳を受けたものだけが知る冷気を感じさせてやろう」
笑ってやったが、上手く笑えたかどうか。
結果として場が静まり返ったので、おそらく失敗したのだろう。
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