手料理
その日、ラオウは珍しく厨房に居た。
勿論料理をするためではなく、
ものめずらしいイベントが開催されたからである。
「りょ、料理はあんまり得意じゃないから……」
が居心地悪そうに顔を歪める。
ラオウは「そうか」と相槌を打った。
確かに、
が料理をしているところを見たことは無い。
レーションのような食料をかじっていることが多かったように思う。
もしくは、その他大勢の兵のために用意されたものを、
部屋に運ばせていたような。
「俺はできぬ」
そう言うと、
は呻いた。
ラオウは自分が味にうるさい方ではないと思っているし、
この非常事態にそんなことを言えるとも思えなかった。
非常事態。
それはつまり、料理人の急病である。
現在、調理を担当していた者がそろいもそろって風邪をこじらせている。
さすがに彼らに調理を任せて伝染されるのもかなわない。
他の者は非常用の食料に手をつけると言っていた。
もそうしようと言ったが、調理を押し付けてみた。
嫌がるそぶりを見せたので「回復が遅れる」と言ってやると、
は言葉につまった。
嘘である。
一日粗食になっただけで回復が遅れるほど、ヤワではない。
が、
を説得できたので内緒にしておくことにする。
ただし、実際にラオウは料理ができない。
ステーキくらいならできるのではないかと推測されるが、
それも内緒にしておく。
ラオウが無言で眺めていると、
は諦めがついたのか、
深いため息をついて包丁をひっつかんだ。
「あ、そうだ。
その鍋に半分くらい水を入れておいて」
鬼気迫る表情でにんじんに向き合っている
が口を開いた。
厨房の中には、
とラオウの二人しかいない。
ということは勿論、
が頼んだ相手はラオウである。
「……うむ」
鍋に水を入れるくらい、と思ったが、
その後火にかけろだとか、
切った野菜を入れろだとか、
次々と指示が飛んできた。
ラオウは適当な椅子を厨房の中へ運び込んだ。
普段であれば食堂まで運ぶ人間がいるが、
ラオウが厨房に居座っていたのでそれも無い。
面倒なので厨房で食事を摂ることにした。
調理台には皿が並べられ、一応食卓らしき状態になっている。
椅子を二脚並べて、
あきらかに量が多いほうの皿の前に座る。
「本当に……料理は…苦手だから……」
今更どうにもならないのに、
はまだそんなことを言っている。
仕事以外のこととなると、
随分手際と往生際が悪くなるものだと感心する。
そして、それが面白いとも思う。
「かまわん」
並んでいるのは野菜がごろごろ入ったスープ、
分厚いステーキ、
パンである。
ステーキにすると
が言ったとき、
笑うのを我慢するのに苦労した。
「いただきます……」
意気消沈したままの
が、じろじろとラオウを見ている。
感想を待っているのだろう。
ここでステーキを食べては怒り出しそうな気配がしたので、
おとなしくスープを飲んでみた。
「……どう?」
どう、と言われても困る。
なぜなら、それはただのコンソメ味のスープだからだ。
欲を言うならば、少し薄い。
しかし、一応野菜には火が通っている。
「……不味くは無い」
は盛大なため息をついた。
「味見せずに作ったのか?」
「したけど、不安じゃない」
安堵したように、
はステーキを切って口に入れた。
どうやら最初の関門はクリアしたようなので、
ラオウもステーキに手をつける。
気になることといえば、
たったこれだけの作業で指先に絆創膏が巻かれていることである。
そういえばここに移ってからも、
縫い物の類や調理なんかは全くしていない。
もしかしたら。
は不器用なのかもしれない。
ばりばりと軍の金を増やし、
城や領土の運営の指示を飛ばし、
そして手負いのラオウの手当てをした
が、
不器用だったとは。
人には得手不得手があるものだ。
は内向きのことが苦手であるらしい。
「風邪の人に解熱剤出しても良いよね?」
がもぐもぐと咀嚼しながら言う。
ラオウは目の前の皿を眺めながら「そうだな」と頷いた。
とにかく量を優先しましたがなにか、と言いたげなほど、
分厚いステーキと、ボウルのようなサイズの皿一杯のスープ。
そして、その作業で傷をつくる
。
薬で全てが改善されるならば安いものだ。
味は悪いわけではない。
しかし、「美味い」と表現するわけにもいかない。
肉は肉の味のままであるし。
自分では肉とパンだけの食事になるところだったので、
感謝せねばならないだろう。
「良かった」
は心の底からほっとしたらしい声を出した。
このまま続けさせるのも可哀相なので、致し方ない。
「2,3日であれば続いても構わんが」
ラオウは思いついたままに言ってみた。
実際、続いてもあまり気にしない。
料理が苦手と分かったからには、
これが貴重な手料理になることに違いは無いのだし。
どちらかというと、続いてくれたほうが面白い。
「私は嫌!」
ラオウの提案は、他に類を見ない速さで却下された。
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