sanctuary
はラオウが来ない日は、一日ごろごろしていた。
気が向けば家の掃除をし、
庭の手入れをし、
料理は適当にこなし、
本を手に入れては読み、
お菓子をつまんだ。
悠々自適だった。
が、暇だった。
毎日寝る間が欲しいと嘆いていた頃は、
あれもしたい、これもしたいと思っていたが、
こう毎日時間があってはどれもどうでもよくなってしまう。
掃除からするか、という気にはなるので、
家の中はどこも磨き上げられていた。
広くもないので、すぐに掃除も終わってしまう。
なんとなく購入した本の中に、
銃の構造について書かれている本があった。
核戦争後は技術の多くが失われ、
銃は貴重品である。
これが量産できれば、
拳王軍はラオウが前線にでなくとも勝てる!
と、考えて、馬鹿らしくなって本棚に押し込んだ。
もう何もしなくていいのに、
習慣とは恐ろしいものだ。
ラオウの軍はもう、誰もが認める最強の集団だった。
ラオウが最強だった。
このまま座して静観していれば、
もうラオウが天を掴むのは間違いないと思われた。
(そのあと、何しようかなあ……)
ラオウが天を掴んだら、今度こそ
は自由だ。
リュウガの不肖の弟のように、念願の根無し草生活だ。
が、思いつかなかった。
ぼんやりとした理由で旅に出た
を、
ラオウは強烈な目標を掲げた道行きに巻き込んだ。
そのおかげで、毎日限界まで頭をフル回転させられた。
それを止めてしまった今、
何を考えるのもぼんやりとした元の
に戻っていた。
(まあ、急ぐことでもないか)
ここでラオウの相手をしているのも、それなりに楽しい。
ラオウが来るので他の誰も立ち寄らないが、
それはそれで気楽だった。
そんな風にぼんやりと、毎日が過ぎていった。
ラオウが遠征に出たという噂を聞いて、数日後。
の家にラオウ以外の人間が初めて訪れた。
リュウガだった。
「あれー、久しぶり。
元気だった?」
がそう言うと、リュウガは少し困った顔になった。
「少し事情が変わった。
中に入れてもらえるかな?」
その声音が深刻なものだったので、
はどうぞ、と中へ招いた。
もとより、掃除は完璧だ。
客間でラオウが座るソファを勧めたが、
リュウガは固辞した。
他にソファは無い。
リュウガは
が座るよう勧めた。
が自分の椅子に座ると、その前に跪いた。
「落ち着いて聞いて欲しい。
拳王様が、負けた」
雷に打たれたような衝撃だった。
意味が一瞬理解できなかった。
ラオウが、負けた?
「今、拳王軍は指揮系統が乱れている。
この街は私が拳王様に取って代わったことになっているから、
治安に関しては安心して欲しい。
これから暫く、私は外征する。
何かあったら、ここに指示を仰ぎに来るよう伝えて良いかな?」
はこくこく、と頷いた。
「私で役に立てるならば」
「ありがとう。
連絡役の人間を向かいの家に詰めさせておこう。
それから、この医療品を預かって欲しい。
拳王様は今のところ、行方不明だ。
ついていた部下は、その場で四散して状況が掴めない」
だって、そりゃそうだもの。
ラオウの部下はもとはゴロツキだったから、
ラオウが負ければ四散するに決まっている。
信用の置ける人間など、ほぼ居ない。
「もし拳王様がここに戻られたら、貴女が手当てをしてほしい」
リュウガの目は真剣そのものだったが、
にはそれは信じられなかった。
「ラオウは、ここには来ないと思う」
「いや、来る。
というか、他に頼める人が居ない。
拳王様が頼るとなれば、貴女以外に思い浮かばない」
は悲しくなってきた。
いくら考えても、
ラオウが頼ろうと考える相手が思い浮かばなかったからだ。
もちろん、自分もそこに入れない。
「嘘」
「もちろん、私が思うだけだ。
だから、来ないかもしれない。
だが、来るかもしれない。
そのときは、頼む」
リュウガはそう言い残して、出て行った。
おそらく、ラオウという重しが外れて、
浮かれている人間を処罰でもしに行くのだろう。
もしかすると、本当に取って代わろうとしているのかもしれない。
は椅子の背もたれに体重を預けて、
深いため息をついた。
今は何も信じられない。
が、できることをするしかない。
ともかく、ラオウが来たときのために、
家の中を模様替えしておく必要があった。
ベッドが一つしかないし、
そのベッドにラオウが収まるとは到底思えなかった。
混乱している。
落ち着かなければ。
以前ならば、こんなに動揺しなかったはず。
あのサウザーと戦った後も、
何をしなければならないかもはっきり考えられたはずだ。
深呼吸をして、頭の中を整理する。
問題は一つ。
深手を負ったラオウが来るかもしれない。
受け入れる態勢を整えておかねばならない。
「……よし!」
はラオウが収まるサイズのベッドを用意した。
それを置くために、家の中のいらないものを捨てた。
客間に大きすぎるベッドがすえつけられたが、
暫く我慢することとする。
街中からは、拳王が倒れたということで人が流出していた。
確かに、この街はラオウの力があってこその隆盛だった。
悲しいが、致し方ない。
おかげでベッドは格安で入手できた。
それから、リュウガが置いていった応急セットを確認した。
ラオウが敗走というくらいだから、
よほどの深手を負っているはずである。
サウザーとの戦闘の後でさえ、けろりとして動いていたのだから。
足りなさそうだと思われる医療品を城から分けてもらった。
それからもう一つ。
は応急処置の方法が掲載された本を開いた。
昔、まだラオウに各地を引きずりまわされていた頃、
自分のために目を通していたが内容が抜けている。
確認しておく必要があった。
無事でいて欲しい。
とにかく生きていて欲しい。
は心の底から祈った。
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