sanctuary


リュウガがの家を訪れてから数日、
ラオウは現れなかった。
の家の周りは、人も無く、閑散としていた。
向かいにリュウガの使いの人間が居るはずだが、
ひっそりと静まり返っている。

は疲れて、
客間のベッドでまどろんでいた。

ふと、ドアをがりがりと何かがこする音で目が覚めた。
跳ね起きてドアを開けると、黒王号が居た。
背中にはラオウを乗せている。

ラオウは血まみれだった。

「ラオウ!」

が悲鳴に近い声をあげて近寄ると、
ラオウは黒王の背中から滑り落ちた。
とにかくベッドまで運ぼうと持ち上げてみたが、
ぴくりとも動かない。
重すぎる。

気を失っているようだったが、
自力ではどうにもできないので頬を叩いた。
何度叩いても気がつかないので、
腹立ち紛れに強く殴ると、
やっとラオウが意識を取り戻した。

……?」

「重過ぎるのよ、自分で立って」

「……そうか、悪いな」

ラオウは苦笑して、自力て立ち上がった。
黒王が心配げに鼻をこすりつける。
おかげでラオウは数歩よろめいた。

「黒王、暫し待て。
 俺は休む」

ラオウはそう言って、壁伝いに歩いて家に入った。
はその間に、黒王号の鞍を外してやった。
以前撫でたときは嫌そうだったのに、
今は暴れる素振りもみせない。

「暫く、自由にしておいで。
 ラオウが治ったら、また呼ぶから」

知っている、とでも言わんばかりに黒王は鼻を鳴らし、
遠くへ走っていってしまった。
鞍を倉庫に放り込み、
は家の中に戻った。

ベッドの端に倒れているラオウを死ぬ気で引っ張り、
真ん中へ動かす。
鎧を外す。
ブーツや服も脱がす。
脂肪の少ない、トルソーのような体中に、
血と泥がこびりついていた。

足には剣でも刺したのか、酷い傷があった。
応急マニュアルにあったとおり、傷口の消毒を始める。
それが終わったら水を手桶に張って、
こびりついた汚れを洗った。

足の傷は見よう見まねで縫った。
吐き気がしたが、化膿するよりはマシだと自分を励ました。

ラオウはぴくりとも動かなかった。
処置している間も、呻いたりしなかった。
胸が少し上下しているから、眠っているのだと分かる。

「どこまでこき使う気なのよ」

はベッドの縁にもたれかかり、
眠るラオウの横顔を眺めた。
額のタオルを変えてやる。
拳王のいつもどおりの顔で、眉間に深い皺が刻まれている。

「起きてよ、馬鹿」

特に何の夢ももたない自分に、
目標にむかって全力で進むことを教えてくれた人。
過去の野望に、愛しい人に悩まされている人。

大切な人だった。
ここへ来てくれたことは、素直に嬉しい。
しかし、こんな不安な気持ちで居るのは嫌だった。

「お願いだから、起きて」

自分はラオウの馬鹿話をする友人の一人で良い。
もうそれくらいの価値しか無い。

ラオウには圧倒的な強さでそこに居て欲しかった。






ラオウは目が覚めた。
ケンシロウに負けた。
自分がトキとの戦いで消耗していなければ。

否、それは言い訳である。

成長したものだ。
あの甘く、弱い末の弟が。
そう思うと、苦い思いもあまり無かった。
どちらかというと、今後が楽しみになった。

ふと、見慣れぬ天井だと思った。
近くで寝息が聞こえる。
そちらを見ると、
ベッドの縁にもたれてが眠っていた。

の家か……)

どうやって来たのか分からない。
黒王はどうしたのだろうか?
には懐いていなかったはずだ。
起きようと思ったが、体が思うように動かなかった。
無理に動かそうとして、全身に痛みが走った。

「ぐ……」

ラオウが呻くと、が跳ね起きた。
ひどい顔をしている。
目が赤く、はれている。
泣いていたのだろうか。

「ラオウ?」

「……ひどい顔だな」

「なにそれ、誰が手当てしたと思ってるのよ」

が怒り出したので、
本当に酷い怪我だったのだと思い直した。

「不安だったんだから。
 無茶しないって言ったのに」

「俺は嘘つきだからな」

「本当にね!」

ぴしゃりと言って、はキッチンの方へ消えた。

ようやく部屋の中を見渡す余裕ができた。
いつも使っていたソファとテーブルが隅に寄せられている。
本棚が無い。
元から物が少なかったのに、更に減っている。

鎧がソファの上に置かれていた。
の力では、一つ一つが重かっただろうに。
苦労をかけた。
今までかけた苦労を考えれば、
些細なことかもしれなかったが。

そう思うと、笑えて来た。
いつも、と居ると笑う。
彼女自身が間抜けだということもあるが、
それを楽しんでいる自分が居る。

大切な、誰にも代えがたい人。
共にあってほしい人。

が戻ってきたら、はっきりと伝えよう。
一体どんな顔をするだろうか。

「まだこき使うつもりなの!?」

とか言うかもしれない。
失敬な。
余人であれば殺している。

でも許す。
それは、ラオウに一番最初についてきてくれた、
一番信用できる人間だから。
一番心が許せる相手だから。

の反応を考えると楽しくなってきた。
まだ、できる。
が居る限り、拳王としてもやっていける。

くぐもった嗚咽が聞こえてきた。
は泣いているらしい。
どんな言葉で伝えよう、とラオウは考えながらもう一度眠った。