sanctuary


ラオウが「野望の一つ」とまで言った何かを取りに行った戦いは、
何故だかわからないが呆気なく収束した。
街は要らないという。
何があったのか分からないが、
感情をもてあましているようにも見えたので放っておいた。

の前ではラオウであっても、
人前で“拳王様”であれば問題は無い。

そこからは予定通りに巡視を終えて、
本拠地に戻った。
戻る頃には、増築の命令を出していた部分の工事が終わり、
城はより一層巨大になった。

戻ってきて、事務的な打ち合わせをリュウガとする。
ラオウからはリュウガ以外の推挙が無いので、
このままリュウガに決裁権を移してしまえば終わりである。

「予定より遅くなったが、何かあったのか?」

「え、ああ、
 拳王様が突然街を取りに行って。
 でも何も無く終わって、
 兵力の回復に時間がちょっとかかりそうです」

はげっそりと伝えた。
あそこで相手がもう少し粘らずにすぱっと終わらせてくれたら、
あの界隈の兵士の数も減らずに済んだのに。

「街の名前は?」

リュウガの問いに、は記憶を浚って、答えた。

「サザンクロス」

その答えに、リュウガの顔色が変わった。
にはその意味が分かりかねた。

「……拳王様は、何を取りに行ったんだ」

「さあ、“野望の一つ”とは聞きましたけど。
 何だったんでしょうね?」

そう答えると、リュウガは深いため息をついた。
いつもきりっと締まった表情の彼の顔が、
今は苦痛に歪んでいる。

「何か、あったんですか?」

「ユリア……そうか、ユリアは……」

「ユリア?」

が復唱すると、
リュウガはさっといつもの顔に戻った。

「妹が居るはずだったのだ。
 ラオウが来る前にユリアは……
 それで、良かったのかもしれないが」

ユリア?

ちくり、と痛みを感じた。
何が痛いのかは分からない。

ラオウが隠し事をしていたこと?
ユリアという女性のこと?

馬鹿な。
私は今すぐ自由になりたいのに。
関係なくなるのに。

「それは……知らずに、すみません」

「いえ、このご時勢に仕方あるまい」

そこからはスムーズに話が進んだ。
二人とも、サザンクロスのことには触れなかった。
触れる必要も無かった。






その後、は巡視の結果をまとめた。
懸案事項と対応策を書いてリュウガに渡す。
これで事務の引継ぎは終了だ。

ラオウが居る謁見の間に入ると、
他に人はおらず、
ラオウはを見つけると、
よりいっそう険しい表情になった。
彼の顔はもう見慣れたが、
不機嫌な顔はやはり恐ろしい。

「どうした」

「いえ、そろそろお暇いただこうかと思って」

ちくり、と胸が痛む。

「何故だ」

「巡視に出る前にお伝えしましたけど、
 ラオウからは別にリュウガさん以外の推薦も無かったですし」

「あの男が一番適任であろう」

「でしょう?
 だから、徐々に引き継ぎもしてたんですけど、
 それもほぼ終わったんです」

だから。

「だから、私、辞めさせてください」

がそう言うと、
ラオウはため息をつきながら目を閉じた。
今までの「辞めさせてください」は冗談だった。
だからラオウもにやにやしながら断ってきた。
だが、今回は違う。

「お前を引き止める理由は無い。
 だが、一つ頼みたいことがある」

苦しげな声。
『あの街に用は無い』と言ったときの顔に似ている。
ユリア。
リュウガの整った顔から思うに、
きっと美しい人だったのだろう。

「何ですか?」

頭がごちゃごちゃだ。

「この城の近くに、滞在してほしい」

「へ?」

「俺は、どこで休めば良いのだ?」

その言葉は、搾り出されるようにつぶやかれた。

「どこって、どこででも大丈夫ですよ。
 拳王様な――…」

「その名を呼ぶな!」

ラオウが怒鳴った。
きん、と耳が痛んだ。

「……ラオウなら、どこででも。
 だって、この城も、この辺り一帯も、
 全てラオウが制圧したんでしょう?」

「そうだ。
 世紀末覇者拳王が、天を掴むその途中なのだ」

「私はただのしがない商人です。
 ちょっと、数字に強かっただけ。
 ラオウが信頼できる人が来たからには、
 その人に譲るからって居座ってたんですから」

「俺はお前に残って欲しい。
 、それは無理な話か?」

今まで見た中で、一番情けないラオウ。
それほどユリアのことを気にかけていたのだろうか。
そして、その死に動揺しているのだろうか。
だから気弱に?
はため息をついた。

「もう仕事はしません。
 でも、しばらくこの辺りで暮らすくらいだったら良いですよ?
 のんびりしたかったんです。
 近かったら、引越しも楽ですからね」

そう言うと、ラオウは「頼む」と言った。
俯いてしまったので、表情はよくわからなかった。

は謁見の間を出た。
これで晴れて、お役御免の自由の身である。

引越し先のあてはある。
そこでしばらく、なにもせずぼんやり過ごすのだ。
ラオウのおかげで生活に不自由しないほどの財産が貯まったし、
ちょっとくらいわがままを聞いてあげても良い。

何せ自由な隠居の身なのだから!

さて、何からしようかなあ、
と、は引越し作業を頭の中でリストアップした。
その中に、しっかりとラオウがきたときに出すための御茶を買う、
というのも入っていた。

他に心配することは何も無かったからだ。
は自分にそう言い聞かせた。