sanctuary


ラオウはの部屋にリュウガが出入りしていることを知っていた。
別に止める理由も無いし、
かまわないのだが、
なんとなく不愉快だった。

以前、が文官が育っているという話だったので調べてみると、
確かにここ数回の遠征で後処理をした人間は複数人いた。
は別の用事があると断ってばかりいた。

まずいな。

そう思って、何がまずいものか、と思った。
文官が育っている。
勢力は拡大している。
リュウガが臣下の礼を取った。
何がまずかろうか。

リュウガの助けもあって、
目ぼしい城や土地はほとんど制圧した。

あとは聖帝サウザーくらいなものだが、
以前の戦闘では、彼に秘孔が効かなかった。
ラオウの拳は物理的な強さもあるので、
互いに消耗しきる前に講和を結ぶことになったが、
あまり気分の良いものではない。

『二度と無理はしないでくださいね』

と、に怒られた。
怒られるという事がまず、驚いた。
そして、何と答えてよいのか分からなかった。
そもそも、無理をしなければならない相手はほとんど居ないのだが。

は悪事には手を貸さないと以前宣言していたので、
遠征の後処理をした人間から一人を選んで、
刑務所を建設させた。
レジスタンスや、他の拳法家を放り込むためである。
そこの所長も適当に軍の中から選んで据えた。
とは面識の無い者である。

はよく働いてくれている。
しかし、そろそろ潮時なのかもしれなかった。

ラオウがそんなことを考えながら玉座で一人瞑想していると、
珍しくがやってきた。
辞めさせてくれ、と今度言われたら、
断る理由はもう無かった。

「どうした」

「ちょっと、お出かけして良いですか?」

拍子抜けする言葉だった。
ラオウは苦笑しながら、「かまわん」と答えた。
別に城から出るなと命令したことは無い。

「では、三ヶ月ほどお休みいただきますね」

「三ヶ月だと?」

つい、口調が強くなってしまったらしい。
がびくり、と体をこわばらせる。

「ええ、あの、そろそろ他のお城の様子とか、
 領地とか見てみないと……最近こもりきりだったので」

それもそうか。
いや、は食料や商売のことも考えるから、
最初の頃は街中に出ているときもあったのではなかったか?
ラオウはそれに付き合ったことはなかったが。

「俺も行こう」

「え、大丈夫なんですか?」

「今、すぐに動くべき事案は無い。
 リュウガに任せればよかろう」

そこで、は「そういえば」と話の腰を折った。

「リュウガさんに、
 今後仕事を移していっても大丈夫でしょうか?」

それこそ寝耳に水だった。

「リュウガに?」

「はい、私以外の人間も、
 そろそろ信用してもらえる程度に働いたと思いますし、
 何より、リュウガさんはラオウも信頼してるみたいですし、
 良い人選だと思うんですけど」

どうでしょうか?
という顔でがこちらを見てくる。
ラオウは眉間に皺を寄せた。
確かに、リュウガは信頼に足る人物だろう。
だが、しかし。

「あ、別に今すぐ返事していただかなくても大丈夫です。
 他に良い人がいたら教えてくださいね」

では、出発はいつにしましょうか?
と話を戻してしまった。
ラオウはに一任した。
が見るものを、一緒に見てみたいと思った。






一月ほど準備にかかって、
ラオウと、と、少数の供回りの者を連れて城を出た。
が黒王号を撫でようとしたので、
暴れそうになるのを止めるのに苦労した。

は城の設備や兵士の状態を見て回り、
村を巡って生産の状況を聞いてみたり、
また生活の様子を確認していた。

特に興味は無かったが、
地域によって生活の困窮具合は異なっていた。
はそれらをメモしていた。
そうやって税だの何だのと考えているのだな、
という程度のものである。

その途中でラオウは感謝されることもあった。
秩序が回復されたのだと泣くものもいれば、
恨みがましい目でこちらを見るだけの者もいた。
に問うと、「城主が厳しいかどうかでしょうね」と、
苦しげな顔で答えた。
挿げ替えるべきかと尋ねたら、良し悪しでしょうと返ってきた。

途中、南斗孤鷲拳のシンが作った街があるという噂が聞こえてきた。
そこに、ユリアが居るとも聞いた。

ユリア。

「何かあるんですか?」

と、に問われた。
動揺が顔に出ただろうか。

「野望の一つだ」

と、ラオウは答えた。

「では、行って下さい。
 どこからでも出撃できるよう、
 整えてありますから」

と、にこやかに返された。
居心地が悪かった。

がそこの城主と連絡を取り、
すぐに軍が編成された。
近くの城からも応援が来る。

ユリア。

天を掴んだとき、傍に居るのはユリア。
そう心に決めたのは、どれほど前になるだろうか。
一度決めたことは貫く。
そう決めていたが、昔ほどの焦燥感なかった。
力を手に入れたからだろうか?

ラオウが攻めると、シンは予想以上の抵抗を見せた。
部下にもそれなりの人間を揃えていたらしく、
一部の部隊は苦戦を強いられたようだった。

しかし、ラオウを止められるような者はどこにもおらず、
ラオウが居る部隊だけが突出して、
シンと対峙することになった。

久しぶりに、血が沸くのを感じた。
ゴミのような敵をなぎ払うのと、
拳の力を試すことができるような相手では、
充足感が違う。

しかし、ラオウの高揚とは反対に、
シンは悲しみとも、苦しみともつかぬ顔をしていた。
まあ、シンがケンシロウから奪ったユリアを、
今まさにラオウが奪おうとしているのだ。
無理からぬことだった。

悪あがきのような戦いをするシンを下し、
ユリアはどこかと問うた。

「ユリアは死んだ。
 俺が殺した」

シンは、笑い出した。
この街は、ユリアの墓標だと。
お前は来るのが遅かった、と。
壊れたような笑いだけがこだました。

急速に、熱が冷めた。
興味を失ったので、シンにはとどめを刺さずに捨て置いた。
ユリアの墓場ならば、ずっとそこで笑っていろ、と。
この街にもう、用は無かった。

軍を撤退させて、城に戻った。
ラオウの来訪に戸惑い続けている城主は、
一番良い部屋をラオウに、二番目の部屋をに用意していた。
はその部屋でのんびり御茶をすすっていた。

「おかえりなさい。
 どうでした?」

「……もう、あの街に用は無い」

そう答えると、は「そうですか」と短い返事をくれた。
それでよかった。
それ以上の言葉をかけられると、
苛立ちをどこにぶつけて良いのかわからなかった。