sanctuary


は山積みの書類の処理を終えて、
自分の部屋のベッドに倒れこんだ。

やっと終わった。
やっとひと段落!

リュウガからは近いうちに挨拶に行くという返事がきたし、
それが変な意味での挨拶で無い限り問題なかった。
そう、は自由だ。

この城は金を溜め込むだけの頭はあったようで、
文官がけっこう居た。
人柄を問われると疑問が残る者も多いが、
それなりに使えるはずである。

だが、ラオウはを解放してくれそうにない。
そもそも、商人だから金の動きに鋭いだけで、
そのほかはただのど素人である。
それでも上手く回っているのは、
みんなもラオウが怖いからである。

(誰でも一緒だと思うんだけどなあ……)

と、一人嘆息する。
これで実入りが良くなければ逃げ出していた所である。
暫くまじめに働いて、
お金がたまったら辞めて暫く遊ぶのだ。
そう決めて、さっさと眠ることにした。
明日もすることは山積みなのだ。






ラオウが“拳王様”をやっている間に、
は武器や防具を作る人間を自分の伝手で集めた。
拳王様の庇護の下商売ができる、と声をかけると、
何人かは気持ちが傾いたようだった。
報酬などの話をつめて、仲間に声をかけてもらうようにする。

「お前がそんなことやってるなんて、意外だなあ」

と、皆が口をそろえてそういった。
それについては、笑うしかなかった。
自身、そう思っていたからだ。

その間に、一度だけ“拳王様”が負けた。
正確には勝てなかったのだが、
サウザーという男と講和を結ぶことになった。
領土不可侵という簡単な講和だったので、
別にが処理に走らされることは無かった。

ただ、ラオウが傷だらけで帰ってきたことには驚いた。
二度とそんな無理はするなと怒ると、
機嫌を損ねたようで返事はいただけなかった。

その合間に「お城鎮圧後マニュアル」を作成し、
他の文官に読ませる。
これができれば昇進間違いなし、
と、人がよさそうなのを選んで囁きながら。

は後進の育成に着手したのだった。
そんなことをしているうちに、
リュウガがごく僅かの手勢を連れて城を訪れた。
戦う意思は無いようだ。
ラオウと何か話をしたようだったが、
「行動を共にする」ということで一致したようだった。

にはそれが意外だった。
リュウガがどのような人間なのか知らないが、
ラオウが名前を知るくらいには何かで有名なのだろう。
滅茶苦茶強い、とかなのだろうか。
今までの城主はことごとく殺されていたので、
何がしかの理由があったことに違いは無いだろう。

リュウガが拳王軍に合流したおかげで、
着々と反抗勢力の鎮圧は進んでいった。
今までなんとか拳の使い手、
という触れ込みには全てラオウが出向いたが、
それにリュウガという選択肢が増えたのである。
仕事が二倍になった。

軍として何とか形を成してきた勢力を引き連れて、
ラオウは精力的に領土を広げていった。

そこへは、「お城鎮圧後マニュアル」を渡した人間を送り込んだ。
何かあったらすぐにに知らせるようにする。
でなければ、問題があるとがラオウに叱られるからだ。

これは良い作戦だった。
はトラブル処理だけをして、
あとは他のラオウから降ってきた仕事を処理するだけである。

その日も、は御茶をすすりながら報告に目を通していた。
書類上はつつがなく処理が進んでいるようである。

(よしよし)

慣れてくれば、彼らにトラブルも処理させる。
そして、の仕事を投げる。
から仕事が無くなれば、晴れて自由の身。

そんなことを考えながらがほくそ笑んでいると、
ラオウがノックもなしに部屋に入ってきた。

「あれ、何かありました?」

「いや、無い。
 休憩だ」

応接用のソファにどっかりラオウが座ったので、
は御茶の用意をする。
別に食べないと分かっていても、
お茶請けも用意する。
もちろん、自分の分も用意する。

最近、ラオウは派手な鎧を着ている。
戦うときは不必要らしいのだが、
確かにそれを身に着けていると怖さ50%増し、といったところか。

「最近、他の文官も育ってきたんですよ?」

「ほう、名前も聞かんがな」

ラオウが意地悪くにやりと笑って見せたので、
やっぱりまだ自由の身には程遠い様子である。

「またやせたな」

「いえ、今度は太りました。
 最近お菓子、食べ過ぎてるみたいで」

「なぜだ」

リュウガが合流してから、
ラオウにも時間ができたらしくちょくちょくの部屋に来る。
遠征に出ている場合などは別だが、
城に居るときはよく来る。

そして最近、おいしいお菓子がなぜか手に入りやすい。
ラオウが来ると、ラオウにも一応お茶請けを出す。
しかし、食べない。
手がつけられていないお茶請けがかわいそうなので、
が食べる。

「ラオウがお茶請けを食べないからです」

と、は力説した。
ラオウは意地の悪い笑みを浮かべている。

「残り物を食わねば良い」

「もったいないでしょうが!」

は怒りながら、今日のお茶請けをおいしく頂いた。
それを見て、ラオウがまたにやにや笑う。
二度とお茶請けはラオウに出さない。
そう決めた。






ラオウにお茶請けを出さなくなってから暫くして、
リュウガがはじめての部屋を訪れた。
そういえば、挨拶に行くの忘れてた、
は己の失態に気がついた。

細心の注意を払って、御茶とお茶請けを出す。
自分用のではなく、来客用の良いものを出す。
リュウガは「お気遣い無く」と言ったが、
出向きもしなかったのはの方である。
気にするに決まっている。

「今日はどういった?」

「いえ、拳王様が女性の文官をいたく信頼されている、
 という話を耳にしたもので。
 一度お会いしてみたいとかねがね」

にっこり、と笑う笑顔は間違いなく男前だったが、
目が笑っていなかった。
怖い。

「こちらも雑事にかまけてご挨拶がおくれ、
 失礼いたしました。
 ラ……拳王様も、リュウガ様が来られてから、
 随分負担が減ったものと思われます」

「いや、私などはまだまだ」

あはははは。
乾いた笑いが二人の口から漏れた。
居心地が悪い。

「そうそう、話に聞くと、貴女はただの商人だという。
 女性で、更に拳の道からも遠い方が、
 と珍しく思いましてね」

それはが一番疑問に思うところだ。
そして、彼はわざわざこの質問を聞きに来たらしい。

「うーん、きっかけは拳王様に命を救ってもらったので、
 期限付きでお手伝いします……だったんですけど、
 中枢に据えられかけているので、
 誰かに押し付けたい気持ちでいっぱいです」

別に隠すことでもないので、そのまま言ってみた。
リュウガは一瞬間の抜けた顔をしたが、笑い出した。

「笑わないでください、本気なんですから」

「いや、正直な方だ。
 私にも根無し草の弟がいるが、よく似ている」

酷い話だ。
根無し草とは。

「すみません、でも、やはり心に決めました。
 私が貴女のお力になりましょう。
 軍などというところは、女性が居るところではない」

リュウガは最初の笑みとは違う、優しい笑みを浮かべた。

「え、良いんですか?」

「拳王様はやはり、この乱世を収束に導く大樹。
 私はそう見定めて、臣下となると決めました。
 何でも言ってください」

ラオウが中途半端を許した唯一の男。
彼が臣下になるというのは本当なのだろうか?

「拳王様に確認しますね」

「ご随意に」

それから暫く彼の根無し草の困った弟の話をして、
リュウガは帰っていった。
漸く、は自由の糸口を見つけた。